第6話 彩乃の母か。
野崎は、喫茶店で仕事前の彩乃に会っていた。
「足の調子、大丈夫か。」
「なんて事無いよ。」
「何なの用って。」
彩乃は、苛ついた様子で、煙草に火をつけた。
「退院したの知らなかったよ。いやね、山の中まで、なんで、あんたをつけたか、まだ言ってなかったから。」
「そんなもん、忘れてたわ。で。わざわざ、どうも。それで。」
「桜貝のストラップって持ってたか?」
「持ってたけど、なんで。」
「持ってたって、今は無いのか?」
「割れたから、使ってないだけ。どっかにあると思うけど。だから、それが何だっていうのよ。」
野崎は写真を見せた。
「これ、ある人が持ってたんだ。能登の土産にもこういうの、あるそうだが、君は、そっちの方の生まれか?」
彩乃は、写真を見て、すぐ目を逸らした。
「そうだけど、何?」
「じゃあ、この女性は知ってるか?」
野崎は、身元不明で入院中の女性の写真を見せた。
彩乃の表情が明らかに変わった。青ざめたと言ってもいい。
「知ってるって顔だな。この女性は誰なんだ。」
野崎は彩乃の眼から視線を外さずそう言った。
「忘れた。」
彩乃は野崎の視線から外した。
「頼む、思い出してくれ。」
「思い出せないものは、無理!」
彩乃は、この場所にいるのが、限界かのように表情をこわばらせ、店を走って出て行った。
あれは、絶対知ってる顔だ。それに『知らない』ではなく『忘れた』だった。野崎はその日のうちに、橋本に話をした。
「おまえ、威圧感あるしな。もっと、女性の気持ち考えて聞かないと。 上から物言っても、思い出すものも思い出せんぞ。」
「そんなのやってられるか。彩乃はな、優しく言っても、微動だにしないやつだ。」
「野崎、明日にでも自分が聞いてみるよ。 貴重な情報ありがとな。」
「どうだかな。上手く聞き出せると言いがな。」
翌日、彩乃に電話やメールをするも、何の返信も来ない為、野崎と橋本は、彩乃の店の前で待ち伏せした。
「野崎、お前は来なくていいよ。」
「橋本刑事さんの、お手並みを拝見させて頂こうと思ってね。」
「ふん、嫌味か。」
彩乃の姿が目に入った。
「あ、来た。櫻井さん。ちょっと待って。」
「あんたら警察に用は無いよ。」
彩乃はそう言い捨て、店の中へ入って行こうとした。
橋本は、慌てて彩乃の腕をつかんだ。
「櫻井さん、写真の女性、もしかして、櫻井さんの母親なのか?それだけ聞かせてくれ。」
橋本が単刀直入に聞いた。
「離せ!」
彩乃の顔色が変わった。
「その顔が返事だな。」
「違う、母はずっと前に死んだんだ。だからあの写真は別人なのよ。」
「じゃあ、亡くなったお母さんの名前教えてくれるか?いつ亡くなった?」
「忘れた。」
「そんなはずはないだろう。母親だぞ。」
「忘れたって言ったでしょ。しつこい!」
「なんだと?」
彩乃は橋本の手を振り切って、店内へ入っていった。
「橋本、だから言っただろ。なかなかの子だよ。」
「でも、多分、母親だな。櫻井彩乃を調べてみるよ。」
―数日後
橋本は、調査した結果を野崎に知らせに、自宅を訪れていた。
「くさっ、加齢臭満々の部屋だな。」
「文句あるなら、入るなよ。」
「まあまあ、彩乃の母親の事が分かったんだよ。残念ながら、彩乃の言う通りだった。母親は確かに15年前に亡くなっていた。櫻井加奈子、34歳。火事が原因だったようだ。」
「いや、橋本、彩乃に写真見せた時は、明らかに反応したぞ。」
「母親ではないにしても深い関わりがあるんだろうな。」
「あ、そうだ、何か偽造してた?って言ってたよな。って事は、焼死したのは別人で、自分が死んだ事にして、その焼死した人に成りすましてたとか。だから母親の可能性はあるぞ。」
「野崎、いまどき、焼死でもDNAでわかるだろ。やっぱり彩乃の母親は亡くなっているよ。」
「じゃあ、誰なんだよ。」
「やっぱり、カギは彩乃だな。もう少し粘れば、何か、わかるかも知れない。」
「それより、その火事の事、もう少し調べてみたら良いんじゃないか?彩乃の母親が亡くなっていると言うが、あの顔は何なんだ。火事も放火の疑いもあるし、何か引っかかるんだ。何かしら、今の爆発事故と関わりがあるかもしれないし。」
「15年前の火事がか?無理やり、くっつけるなよ。15年前かぁ。」
「面倒くさいってか。そんなこと、言っていいのかな~あの事奥さんにばらすぞ~」
「いきなりなんだ。関係ないだろ。おまえ酷いやつだな。卑怯だぞ。」
「怒った顔もいいじゃない?瑛士ちゃん。」
「ったくもう、わかったよ、調べてみるよ。」
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