学校一の美少女に一方的に惚れられた俺は、彼女に守られながら異世界を生きていく

m-kawa

告白から始まる異世界転移

「あ、あの……、好きです! わたしと付き合ってください!」


 放課後になって呼び出された校舎の屋上に来た俺は、学校一の美少女と噂される相手から告白を受けていた。


「……へっ?」


 とはいえ俺自身、彼女はたまに学校で見かける程度で今まで会話すらしたことがない。名前は確か、田倉たくら望結みゆだったか。同学年ということは知ってるが、クラスも違うのだ。単純な興味はあるが、赤の他人である。こんな間抜けな声が出てしまうことはしょうがないだろう。


「ダメ……ですか?」


 肩で切りそろえられたストレートの髪に、小顔でかわいらしい顔立ちをしている。膝丈のスカートのセーラー服をきっちりと着こなしている、正統派ともいえる見た目だ。

 そんな田倉さんが、胸元に両手を合わせながら上目遣いで一歩俺の方へと近づいてきた。見惚れるよりも不信感が勝った俺は思わず一歩後ずさってしまう。


「いや……、というかですね」


 何とか反論しようとするも、田倉さんはどんどんと距離を詰めてくる。両手を前に突き出して何とか押しとどめようとするも、触れそうになって思わず顔の手前まで引っ込めてしまう。つまりどういうことかというと、田倉さんの顔が俺の目の前まで迫っているということであって。


「どうしてもダメですか……?」


 うるんだ瞳でそっと俺の両手に自分の両手を合わせてくる。ゴクリとつばを飲み込む音がやけに大きく聞こえてくる。頭をフル回転させるが、真っ白になっている思考を回転させたところでカラ回るだけだ。


「ダメというわけじゃないけど……」


 なんで俺なんだろうか。まったくもって納得は行かないが、納得しないといけないわけでもない。だってすげー可愛いし。手のひらから伝わってくる体温が、なんとも言えない彼女の温かさを伝えてくる。さすがにここまでされると俺も我慢というものが……。


「じゃあ」


 俺の言葉にぱあっと笑顔を見せると、お互いに合わせた手を広げて俺たちの顔の間にある障害物がなくなった。ゆっくりと田倉さんの顔が近づいてくるとともに、その瞳が閉じられていく。

 長いまつげに少し色づいた頬が可愛さを引き立てる。その小さな唇が徐々に近づいてきたかと思うと、何が起ころうとしているのかと疑問を持つ前に腹部が熱を持った。


「えっ?」


 思ったのと違う感触に戸惑っていると、俺の左手から彼女の右手がすでに離れている。どこに行ったんだと視線を巡らせると、俺の腹部へと伸びていた。その手にはなぜか小ぶりの包丁が握られている。


「な、何を……」


 理解すると同時に激痛が走る。理由はさっぱり理解できなくて田倉さんの顔を見ると、そこにはすがすがしいまでの笑顔が張り付いている。


「うふふふふ」


 ずるりと腹部から包丁が抜かれると、もう一度勢いよく振りかぶられる。左手が背中へと回されると同時に、腹部に衝撃とともに激しい痛みが襲う。


「あ……、ああああああ……!」


 激痛に耐えられなくなって膝が笑っている。


「これであなたはわたしのモノよ」


 言葉と一緒に顔が近づいてきて唇をふさがれるが、そんなことに意識はさっぱり回らない。とうとう膝をついて学校の屋上へと倒れこんだ。


「わたしもすぐに追いかけるから、待っててね」


 徐々にかすんでいく視界に、血まみれになった包丁を持つ彼女が映る。

 まったくもって意味が分からない。田倉さんに屋上に呼び出されたかと思ったら、告白されて包丁で刺された。なんだコレ……。痛いじゃないか……。なんで俺がこんな目に。


 高揚した気分が一気にどん底まで落とされた理不尽な現実を呪っていると、田倉さんが動き出した。

 持っていた包丁を逆手に持ち替えたかと思うと、自分の腹に突き刺したのだ。二度三度と自分の腹を突き刺すと力尽きたのか、そのまま俺の上へと覆いかぶさってきた。


「あははは。これでわたしもあなたと同じだね」


 ずるずると俺の体の上を這ってくると、唇を重ね合わせられる。舌が入ってきた気がしたが、血の味しかしない。朦朧とした意識の中で田倉さんの背中に手を回す。訳も分からず刺してきた田倉さんは怖かったが、それよりもこの寒さをどうにかしたかった。急速に冷えていく自分と田倉さんの体温を感じながら、やがて俺は意識を失った。




 □■□■□■




 ぴちゃぴちゃと近くから音が聞こえてくる。

 何の音だろう……。


 ……んん?


 訝しんでいる間に感じた口元の感触に、一気に思考が覚醒する。

 目を開けると目の前に女の子の顔があった。上気した頬に艶めかしい表情で俺の唇をついばんでいる。


「んん!?」


 目を見開いて声を上げると、彼女もどうやら意識が戻ったことに気が付いたようだ。


「あ、気が付いたんだね」


 安堵の声とともに笑顔を浮かべると、もう一度俺に口づけを落とす。よくわからないが、草原にあおむけで寝転がっている俺の上に、彼女が両手を地面についてのしかかっているようだ。


「ひぃっ!」


 しかし彼女の顔を認識した瞬間に悲鳴が漏れた。屋上で呼び出されて告白されたシーンがよみがえってくる。……そうなのだ。目の前にいたのは、自分を刺した田倉望結みゆだったのだ。

 思わず彼女の下から這い出すように抜け出すも、田倉さんは四つん這いになったまま俺に手を伸ばしてくる。ここがどこだかわからないが、何よりも彼女から逃げるのが先だろう。


「あ……」


 後ずさっていると、短い声とともに田倉さんの表情が悲しみで覆われていく。同時に俺も動きを止めた。追ってこない彼女を見てちょっとだけ冷静になる。

 改めて周囲を見回してみるが、草原が続くだけだ。すぐ後ろは森になっているようだが、どこなんだここは……。さっきまで学校にいたと思ったのに。

 次に視線を自分の下の方へと向けてみると、そこには血まみれになって穴の開いた制服があった。


「なんじゃこりゃ」


 思わず腹に手を当ててみるが特に痛みはない。刺されたと思ったけど夢だったのかと安心しかけてたのに、制服に着いた血が夢だと言ってくれない。


「ごめんね、痛かったでしょ」


 申し訳なさそうな表情で謝ってくるが、だったらなんで刺したんだと言いかけた言葉を飲み込む。やっぱり怖い。いやホントなんで刺してきたんだ……。

 でも謝ってくるってことは反省してるのかな。


「……それにしてもここはどこ?」


 とはいえあんまり刺されたことには触れたくない。田倉さんの言葉はスルーして話を変えることにする。きょろきょろと辺りを見回していると、背後の森の茂みからガサガサと音が聞こえてきた。


「んん?」


 田倉さんも音に気が付いていたのか、そちらに顔を向けている。俺も一緒になって顔を後ろに向けると。


「グギャゲギャ」


 ボロボロの腰みのを纏った、緑色の皮膚をした人型の何かが姿を現した。身長は120センチくらいだろうか。灰色に濁った瞳に、黄ばんだ乱杭歯の隙間からはよだれが垂れている。


「な……、ナニコレ……」


 思わず言葉が漏れてしまう。


「グギャギャギャ」


 そしてさらに後ろから似たような姿の人型がさらにもう二体出てくる。どう見ても俺たちに友好的には見えない。ニタリと歪めた口元からは、さらによだれが垂れてきていた。もしかしてこれは、ゲームでよく見るアレだろうか。ということはもしかして、やっぱり俺は死んで、よくわからない世界に来てしまったということだろうか。

 あまりのおぞましさにありえない思考をしつつ震えていると、後ろにいた田倉さんが俺の前に出てきて立ちふさがった。


「えっ?」


「わたしの拓海くんには……、指一本触れさせない」


「ギャギャギャギャー!」


 田倉さんの言葉と同時に、緑色の肌をした小人が鋭い爪を振りかぶってくる。田倉さんも駆け出したかと思うと、左側に半身をずらして爪を躱す。そしてカウンター気味に右ストレートを繰り出した。

 拳が直撃した小人の頭部がのけぞったかと思うと、そのまま数メートル後ろへと吹き飛んでいく。


「おいおい……」


 学校一の美少女と言われていた細腕から繰り出される予想外の拳の威力に唖然とする。田倉さんは小人を吹き飛ばした勢いのまま、後ろにいた近い方の一体へと蹴りを叩き込んで吹き飛ばすと、最後の一体に両掌をかざして掌底を叩き込む。まばゆい光が生まれ、次の瞬間に小人が爆散した。

 その間に起き上がってきた一体に右の貫き手で腹を貫くと、左の手刀で最後の一体の首を跳ね飛ばす。


 あんぐりと口を開けて視線を向けていると、田倉さんは大きく息をついてこっちを振り返る。緑色の返り血で両手と制服を染めながら、花もほころぶような笑顔を俺に向けた。


「拓海くん、大丈夫だった?」


 なんでもないように人型の生物を惨殺した田倉さんは、あまりの出来事に言葉も出ない俺にゆっくりと近づいてくる。


「わたしが守ってあげるから、心配しないで」


 地面にへたり込む俺の前まで来ると、視線を合わせるように屈みこんで俺の顔を見つめる彼女。


「誰にも拓海くんは殺させないから、安心して」


 そう呟くと両手を広げて俺を抱きしめ、彼女は唇で俺の唇を塞ぐ。そのままするりと舌が入ってきたかと思うと、俺は恐怖のあまりに意識を失った。


 ――こうして俺の生活は一変した。

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