第32話 東亜という国

 五月下旬。快晴。土曜日。


 東亜とうあ民族支援事務局主催、日亜にちあ交流会に向かう一行を乗せた列車は、順調に名古屋へ向かっていた。


 守恒もりつねは三人掛けシートの真ん中。

 窓側に咲久さく

 通路側に真緒まお


「先輩、薬利くずり、サンドイッチ作ってきたんだけど食べます?」

「あ、ありがとう守恒くん」

「私のことは頑なに呼び捨てなのですね。いただきます」

「お茶も淹れますよ」


 馬鹿に大きなリュックサックから次々と出てくる弁当やら魔法瓶やら抗菌ティッシュなどを見て「女子力の化身ですね」と真緒がやや慄きながら言う。包みを開けると、カフェ・シューメイカーのモーニングメニューでもある柔らかなパンが姿を現す。挟まっているのはベーコンレタス。


「美味しそうですね。いただきます」

「あ、私、卵はちょっと」

「すみません、渡すのを間違えました。薬利、返して」


 どうやらBLサンドはアレルギー体質の咲久用だったらしい。真緒が「はいはい」と雑な物言いの守恒に返事をし、咲久と一瞬目を合わせ―――すぐに逸らした。サンドイッチを守恒に渡し、それが咲久に渡る。


 沈黙。


 ―――気まずい。


「守恒様、両手にお花畑でございますね」


 前の座席から、ランがひょっこり顔を出して言った。


「なんだか良い意味に聞こえないんだよなぁ」


 無論、当人に悪気はないのだろうが、両サイドから来る神妙な空気に当てられ続ける守恒は、そう述べた。


「守恒くん、カーテン、閉めた方がいいかな。眩しくない?」

「だってさ。薬利くずり

「私は構いませんよ、すみさん」

「大丈夫です。先輩」

「うん」


 両者ともに、相手を直接呼ばず、必ず守恒を経由する。万事がこうだ。


「ラン。席変わらないか」

「いいですけど、少し狭いですよ?」

「そうなんだよなぁ」


 ランの方には、東亜民援から来た事務員の二人が座っている。フセインとマコウ。両方大柄な男性だ。


 新生東アジア民主共和国、略して東亜民国は、その名の割に東南アジアの海に浮かぶ島嶼とうしょの独裁国で、多民族国家だ。誰が呼んだか、極東のユーゴスラビア。悪い冗談だ。


 ランのような中華系。フセインのような褐色肌の南アジア系。そして、マコウのようなオセアニアから渡ってきたポリネシア系。主に、その三民族が多数派を占め、国家元首はそのすべての血をひいた独裁者の四代目だ。誰が呼んだか、極東のチトー。洒落にならない。


 第二次大戦、その後の東西冷戦が産んだ、忌み子。それでいて、実に面白い国だと、守恒の高校の世界史教諭が言っていた。


「移動されますか」


 ポリネシアらしい、肉厚の身体を持つマコウが、丁寧かつ流暢な日本語で言う。


「いえ、やっぱりいいです。マコウさんも、から離れたらいけないでしょうし」


 守恒の言葉に、端正な顔をした黒人・フセインの方から苦笑した声が上がる。


「あの、そのはずっと最後までやるおつもりですか」

「だって、その筋骨隆々の身体でビシッとスーツでサングラスまで掛けて、完全にボディガードじゃないですか」

「「……」」


 普段は事務局のオフィスでデスクワークをしている、日本生まれ日本育ちの東亜人二人が黙ってしまう。両人とも、荒事や喧嘩などとは無縁の人生を送ってきた。図体の大きさは単なる不摂生。少しはスマートに見せようと掛けたサングラスは、逆効果だった模様。


「フセイン様もマコウ様もマフィアみたいでございますね。東亜がと名指しされるだけはあるのですよー」

「お嬢! じゃなくてランちゃん! そういうアナーキーな自虐ネタはやめて!」

「駅からは近いんですか」

「事務所って言わないでくれますか墨さん、です!」

「東亜の代紋が掲げられてるんでしょ」

「国旗です!」

「確かにおじいさまの御尊顔はヤクザ屋さんみたいなのですよー」

「はっきり言うな! 僕らもそう思うけど!!」

「お二人とも、サンドイッチ食べます? 僕の働いてるお店のなんですけど」

「「食べます!」」


 両外国人の怒涛の突っ込みに守恒とランが笑い、咲久と真緒も、守恒越しに顔を見合わせ、少し笑った。


 和やかな道程だった。


※※


 2019年の東京超直下型地震から、(※1)。首都機能がN県に移転され(※2)、十一年。変わり続ける日本の中、名古屋市はいろいろ(※3)ありながら、堅調な“超大型地方都市”であり続けていた。


 中区さかえに辿り着いた一行は、フセインから「交流会は、この近くの広小路広場で行います。雨天だと、お泊りになるホテルの地下一階。これからご案内します」と言われた。今日はリハーサルと観光がてら栄で一泊だ。


 守恒だけは、マコウの案内で、名古屋支部の―――に行くことになった。


「ランはいいのか」

「おじいさまと会うと、すぐにでも誘拐されそうな額のお小遣いを押し付けられてしまいますので」

「羨ましい苦労してるね」

「それに、明日のお召し物について坂ノ上さかのうえ様と薬利くずり様と入念な打ち合わせをしたいですし。ぐふふふふ」

「笑い方」


 キャラ付けではなく、本当に楽しみなようだ。


「別に私はいいよぅ……。大きいから、サイズもないだろうし」

「東亜の民族衣装を侮っていただいては困りますよ、坂ノ上様。体型はラガーマンなマコウ様や、涼風様のお父様の女性版のような方だってお召しになられるのですからねっ」

「あぅ」


 多人種多民族国家パワーで反論を封じられる咲久。隣の真緒も、覚悟を決めるか、という顔をしている。


「先輩、僕も楽しみにしてますよ」

「はい。行こうランさん、薬利さん。すぐ。く」


 俄然やる気が出たらしい咲久に手を振り、守恒は東京からやってきた“東亜の男”に会いに行った。


※1 作者の捏造作品世界史にて語られた。詳細はいつか書かれるだろう。読む必要はないが、読んでくれたら嬉しい。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054889474496/episodes/1177354054893402981


※2 『おマツリ少女とSCP!アフター!!』にて、東京と呼ばれる街の現状が描かれている。特に読む必要はないが以下略。 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884295565


※3 『リリリリ-Re:Re:Re:Re:-』にて、名古屋がドンパチ、騒がしくなっていた。以下略。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883338299

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