第19話 守恒の取り調べ

※登場人物の紹介文を書きました。https://kakuyomu.jp/works/1177354054889474496/episodes/1177354054893128692


※※


 モブレイヴ。


 昨年、咲久さくが味わった異常ともいえる疎外と嫌悪の正体も、それだったのではないか。


 守恒もりつねは、ショッピングモールの一件以降、そう考えている。


 自分を襲ってきた六人の者たちは、取り調べで一様に「記憶が曖昧だ」と語っている。


 罪を軽くするための偽証ではない。当事者の守恒には分かる。


 あの暴徒たちは、


 表情には憎悪があり、それ以外の感情が伺えなかった。


 暴力を振るう下劣な興奮も、後ろめたい哀しみもない。酷く一面的な感情。怒れる操り人形があれば、ちょうどあんな感じなのではないか。


 また、守恒には


 男もいた。女もいた。若い者もいれば、年配の者もいた。だが、それ以上の特徴や個性を見出せない。


 没個性の極致。意思なき行動。モブ。


 事件の数日後に面通しがあったが、誰が誰だかまったく分からない。気が動転していた、と警察には話した。


 氷月ひづきから話を聞いていなければ、あんな落ち着いて話すことはできなかっただろう。


 これが“モブレイヴ”。

 人間をモブに変える現象。

 守恒にとって、唾棄すべき存在だ。


薬利くずり、覚えてる?」

「はい、があった日ですし」

「あそこで何をしていたの?」

「か、買い物です」

「怪しい」

「う……」


 真緒まおが、守恒に詰め寄られ、顔を赤くしている。


 まさか咲久をストーキングしていたなどということはないだろう。しかし、何かを隠している。


「ひょっとして――――一馬かずまのファンか?」

「あ、いえ!?」


 途端に動揺が増す。


「なるほど、学校の女子たちも十数人いたけど、そのグループには入っていけなくて、遠くで見ていたってことか」

「なんで、そう思うんです?」

「だってお前、一人ぼっちだろ」

「ぼっちじゃありません!」

「なら、なんでこの生徒会室にはいつも会長おまえしかいないんだよ。人望が無いんだろう」

「失礼な! 私は、この学校を良くするために人一倍頑張ってるだけです! みんな私について来られないだけで、私がみんなに置いてかれてるわけじゃないもん!!」

「うん、分かった。お前はモブじゃないよ」


 またになった少女を、守恒は自分流の方法でなだめる。どうやら、いらぬ地雷を踏み抜いてしまったらしい。


「取り乱してすみません。確かに、あそこには倉本君を観に行くのも用事の一つでした。白状します」

「その夕方、坂ノ上さかのうえ先輩を吹き抜けの通路から見てたな」

「―――はい」

「僕が一曲歌い踊ったのも見てたな」

「はい」

「動画は撮った?」

「撮ってません。え? これ、そういうことを訊くためなんですか」

「僕の姿を“一人フラッシュモブ”なんて不届きなタイトルでアップした奴がいる。その犯人も別件で探してるんだ」

「……そうですか」


 一時脱線した話が戻る。


「僕の呼びかけに反応してたね?」

「それは、よく分かりません。墨さんが大声を出して、思わず逃げてしまいましたけど」


 “扇動者”に自覚はあるのか、ないのか。氷月の話を思い起こす。官房長官の発言が発端となった守恒襲撃事件をかんがみると、後者が有力だ。


 守恒は「お前が“扇動”したのか」と言いたいのをぐっとこらえ、こう訊いた。


「坂ノ上先輩のことを、どう思ってる?」

「本当に、申し訳なく思っています」


 即答、かつ、意外な答えだった。


「あのとき、私はどうかしていました。いえ、それは卑怯者ですね。……来週、中間テストで部活が休みになったとき、ご自宅に伺って、直接謝罪するつもりです」

「直接?」

一奈かずなさんが機会を作ってくれるそうです。ひょっとしたら、ご家族が揃っていて、なじられるかもしれません。覚悟の上です」

「そう。やっぱりお前は、僕の敵じゃないな」

「それは、また例の“モブ”が云々という話ですか」

「うん。アンタはさっき、覚悟があると言った。それが言える人間は、モブじゃない。まぁ、それはそれとしてお前のことは嫌いだけど」

「……」


 実のところ、守恒は、半ば以上結論が出ていた。


 この、目の前で涙目になっている真緒は、犯人ではない、と。


 日々の忙しさにかまけて、いつの間にか一カ月が経っていた。なのに、咲久と真緒が、毎日顔を突き合わせる機会がある学校で、何も起こらない。


 “モブレイヴ”の発動条件は不明。だが、真緒が“扇動者”である可能性は、限りなく『白』に近い『灰色』と言えた。


「これは絶対に信じて欲しいのですが、私は決して坂ノ上さんのことをどうこうしようと思っていません。ですが、その、いろいろ、ありましたし」

「お前が元部長と結託して、坂ノ上先輩を孤立させたことや、僕が部員を集めてるときにちょこちょこと横やりを入れてきたこと?」

「あなたの辞書にオブラートという言葉は―――ありませんよね」


 諦念の嘆息。守恒は構わず話を続ける。


「なら、僕もその現場に同席させてもらおうかな」

「私は、構いません」

「決まりだ。アンタがで謝るのを見て、僕も態度を決めるよ」

「……せめて、土下座くらいで勘弁願えると」

「それは先輩の態度次第だね」

「あなたの態度より、だいぶマシだということは想像できますけどね」


 そういうことになった。


※※


 同時刻。どこかの場所。


『“葬儀屋”氷月、緊急事態だ。『二色の神隠し事件(※)』直後ですまないが、やってくれるか』

「構わない。と遊ぶのも小腹程度は膨れたしね。用件は“モブレイヴ”だろう」

『耳が早いな』

「実はもう、現場に来ている」

『……』

「定職に就いているのに家賃が払えないワークプアホームレスが絶賛大暴れだ。カリフォルニアの格差は留まるところを知らないな」

『構図としては単純な「金持ちを殺せ」という類の暴動だが、シンプルなだけに“扇動者”が掴み辛い。大陸全土に波及したら、二百年ぶりの南北戦争になりかねん』

「止めてやるさ。そっちも仕事を進めておけ」

『分かっている。ほぼ絞り込めた。日本の中部地方だ』

「ほう」


 氷月は“組織”の珍しい手際よさに感嘆すると、こう言った。


「なら、一人、電話をかけたい相手がいる。繋いでもらえるか。墨守恒という少年だ」





※ 作者の前拙作『黄昏街と暁の鐘』(https://kakuyomu.jp/works/1177354054888196412)で起こった事件。割と世界の危機だった。読まなくても本作を読むのにまったく支障はありませんが、読んでいただけたら嬉しいです。

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