第18話 真緒と守恒

 五月になった。


 大型連休中は、忙しさが苛烈を極めた。


 守恒が、いよいよ「マクゴナガル先生、逆転時計タイムターナーが欲しいです。疲れが吹き飛ぶ魔法の粉でも可です」とうわ言を述べ始め、店主ロバートも「僕ンところなら、アレが合法なのに……スッキリするのに……」などとほざいていたが、どうにか乗り切った。


追加時間アディショナルタイムが毎日五時間ですよ」

「うん、それは分かる。けど守恒くん、お店の残業を追加時間アディショナルタイムって言うのやめよ? なんかゾッとしちゃうから」


 その間、女子サッカー部は市の大会に出場し、無論守恒もマネージャーとして献身的に選手たちをサポートしていた。多忙を極めた喉は荒れ、声援は普段以上にディストーションが効いた。相手チームはプレッシャーを感じていたという。


「これからは、試合も多いです。代表合宿もあるから、厳しい日程ですけど」

「やるよ。もちろん」


 頼もしいを超えて、凄みすら覚えるほどあっさりと、咲久さくは言った。


「私以外のモブは、全部倒しちゃうから」

「意気込みは良いですけど、その“モブ”の使い方は違います」

むっずかしいなぁ~」

「おつかれお二人さ~ん」

「一奈、遅かったね」

「うん」


 部室内のベンチに、守恒と一奈で、咲久を挟み込むように座る。いつもの体勢。


「クラスで付き合ってた連中がドロッドロの三角関係だったみたいでさぁ。さっき超絶修羅場ってたの。それ見てたら遅くなっちゃった」

「そんな最低の理由で昼飯の時間を削ったの」

「守恒も気を付けろよ~? そんな顔で意外と女子友多いから」

「やかましいわ」

「咲久も、男が浮気したからって刺すなよ」

「うわ……私にきた、気配消してたのに……。っていうか、一奈には私がそんなキャラに見えてるの?」

「う~ん、いや、やっぱり違うかな。咲久はウジウジしてても、ジメジメはしてないから、捨てられてもメソメソ泣いて済ませちゃいそう」

「先輩も、ゲスゲスな一奈おまえにだけは言われたくないと思うよ」

「私だったらどうするかなぁ。モブモブはどう思う?」

「僕はモブじゃない」

「守恒くん、そんな地獄みたいな低音出さないで怖いから。あと一奈は、一発食らわせて、さっさと別れるんじゃないかなぁ」

「あ、一発はやっちゃうんだ」


 一奈が、楽しそうに言う。


「そんなにカラッとかっこいい感じにできるかな。私まだ処女だから分かんない」

「その辺にしておけよ一奈」

「一緒にボール蹴ってれば分かるよ。一奈は真っ直ぐで、とてもいい子だから」


 いつものオチを突っ切って発された咲久の言葉に、一奈が大きく息を吐く。


「ふぃ~、アンタといると毒気抜かれちゃうわ。なぁ、守恒」

「さりげなく僕をゲス仲間に加えるな。でも、確かに先輩は、ペナルティエリアで転んでPKになったのに、「足はかかってなかった」って審判にわざわざ言って取り消して貰う人だからなぁ」


 これは実話である。しかも、昨年敗れた全国大会の試合中の出来事だ。NHKのスポーツニュースで取り上げられていた。


「あの試合、結局ノーゴールだった」


 咲久の目に、火が灯る。


「次は、絶対に決めようね、一奈」

「おう」

「全力でサポートします。今年は、僕だけじゃないですから」


 主将とエースとマネージャーが決意を新たにしたそのとき、思わぬ来訪者が現れた。


「失礼します」


「あっれー、真緒まおじゃん。おつかれー。どしたの、こんなところに」

 一奈がフランクに挨拶する。


薬利くずりさん、こんにちは」

 咲久はどこか他人行儀だ。


「クズ……げほっ!げほっ!」

「墨さん! そのタイミングでむせないでいただけます!?」


 生徒会長の薬利真緒だ。


「わざとじゃないよ」

「わざわざいうところが怪しい……まぁ、いいです」

 真緒の視線は、弁解する守恒に注がれている。


「墨さん、あとでまた生徒会室に来てください」

「お、真緒ちゃ~ん、生徒会室に後輩連れ込んでなにするつもりぃ? あそこのソファ柔らかいもんね~」

「ふぇっ!? く、薬利さん、そんな、守恒くんと……」

「やりませんっ! かず……倉本くらもとさん、変なことを言わないで!」


 真っ赤になって言い募る真緒。守恒が言った。


「よし分かった。薬利、後とは言わず今すぐろうよ」

「へ? あ、あの、なんとなく、字がおかしい気がするのですが……」

「たっぷり話そうか。

「なんでわざわざ黒点をいれるのです!?」


 ほかの者には見えない“何か”が見えている真緒が怯える。


 対する守恒は臨戦態勢だった。あの“モブレイヴ”についてのことだ、と思っていたのだが―――


※※


「ごめんなさい」


 謝罪だった。

 深々と。

 平身低頭。


「何のことだか分からないけど、まぁ顔を上げなよ。そんなに見事な最敬礼じゃ許すしかない」

「ソファに深く腰掛けて、まったく立ち上がる気配すらないあなたも、なかなか見事ですけれどね」


 顔を上げた真緒は嫌味を言うが、やはりこの“変人”にはぬかに釘だ。


「墨さんの退学を求める下らない署名は、先ほど破棄しました」

「うん」

「その前に、署名した人たちを生徒指導部に報告しておきました」

「グッジョブ」

「あと、署名活動をしていた校内の裏グループアカウントを通報しました」

「さすがにやることがオーバーだ」


 誰がそこまでやれと言った、という表情の守恒に、真緒は笑顔で言う。


「勘違いしないでくださいね。これは、私の自己満足です」


 真緒が語り出すのに合わせて、守恒が体勢を変える。


「転校生のモオさんから伺いました。今回の、文化交流会への招待、とても素晴らしいことだと思います。

 そして、自分が恥ずかしくなりました。何をやってるんだろうって。思えばあなたは、いつだって間違えなかった。対して、私は間違ってばかり。……そろそろ、正しいことをしたかったんです」

「なるほど、よく分かったよ。つまり半分くらい自分で蒔いた種を摘んだってことだね」

「……理解して頂けたようで何よりです。ソファの上でタイの涅槃像のように堂々と寝転がっている墨さん」

「それほどでも」

「ぐぬぬ」


 悪人ではない、それはよく理解している。でも……! でも……!


「まぁ、いい加減座りなよ、グズり会長」

「クズです! 違う、薬利です!」


 涙目になっていた真緒は、いじられながらもおとなしく座る。守恒も普通に腰かける。そして、こう言った。


「僕からも一つ話がある」


 張り上げているわけでもないのに、部屋中に響く低音が真緒の身体を震わせる。


「あの日、ショッピングモールで何をしていた」


 守恒の事情聴取が始まった。

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