第20話 意外な真相

 迎えた、中間試験の最終日。


 こう見えて守恒もりつねは成績優秀だった。好き勝手にやらせて貰っている責任として、やるべきことはきっちりこなしていた。


 学校は午前中で終わり。昼食を摂りつつ自己採点。上々だ。その足で、咲久たちが住まう一軒家に向かう。


「あれ、ツネっちじゃん。ひさしぶり」

奥野おくのさん」


 インターフォンを鳴らそうとすると、玄関から見知った女性が出てきた。


 奥野さやか。坂ノ上さかのうえ姉妹の幼馴染で、咲希さきとは同級生。現在は会社員で、彼女の義足を作った企業に勤めている。大変な激務で、何度かこの家にお邪魔した守恒も、数回しか会ったことがなかった。


「今日は幸先が良さそうです」

「人をレアキャラ呼ばわりすんな」


 とはいえ、気の置けない関係ではあった。


「今日はお休みですか」

「おっきな仕事が片付いたかんねー。無理やり休んだ。有給取得の理由欄には『休みたいから!』って書いてやった」

「さすがです。過労死なんてモブの極みですよ」

「相変わらず語るねー。でも、割とツネっちもこっち側の人間じゃない?」

「僕はモブじゃない」


 二人は、ワーカホリック仲間だった。


「入りなよ。一奈かずなと、その友達しかいないけど」


 真緒まおのことだろう。坂ノ上姉妹は、彼女たちの母親が経営するスポーツクラブに行っているはずだった。


「ツネっち、ありがとね」


 家に上がる守恒に、どこかへ出かけて行くさやかが言う。


「咲希も咲久も、楽しそうだったよ」


 今日は、姉妹の母・香子かこの誕生日だった。去年は祝えなかった。一昨年も。


 咲希が左足を失ってから、坂ノ上家は、微妙な低温状態を保っていた。


 母は元日本代表で、現代表コーチ。

 咲希ちょうじょは選手生命を絶たれた元天才。

 咲久じじょは体格と素質に恵まれるも、優しく、非アスリート的な性格。

 そして、父は競技サッカーをまったく分からない。


 四人にとって、サッカーは、長らく、家族を縛る呪いのようになってしまっていた。


 硬直した試合を打開するのは、混沌カオスを生み出す選手だ。


 坂ノ上家にとって、守恒こそが、凍りついた局面打開のスーパーサブだった。


「僕が何をしたんでしょうね」


 苦笑する守恒は、咲希を部の監督兼コーチにしようと、香子に直談判しに行っただけだ。そうしたら父親も登場し、咲久も含め家族四者面談が始まり、あれよあれよという間に、何らかの問題が解決していた。


「ふふ。今度会った時に、飯でも奢ってやるよ」

「それはどうも」


 良かったのだろう。そう思うことにしている。


 少なくとも、


※※


 女性四人のシェアハウス。守恒にとっては、勝手知ったる他人ひとの家。


 服や皿が散乱する生活感満載なリビングを抜け、一奈と咲久が使っている二階の寝室へ向かっていく。


「……んっ……んんっ……!」


 階段で、異常を感じた。

 何かが揺れる音。

 苦しそうな声。


 ―――まさか。


「一奈……!」


 大切な幼馴染の名を呟き、守恒は足早に彼女の部屋に向かう。ノックなどしている暇はない。勢いよくドアを開ける。


「大丈夫か!」


 十畳ほどの部屋に、ベッドと机が二つずつ。長身の咲久の為に、ダブルベッドをシングル使用しているため、手狭だ。


 その咲久のベッドの上に、一奈と真緒がいた。


 半裸で。


「なんで?」


 思わず口をつく。

 妙に着乱れた制服。

 スカートや靴下は床。

 さらに思った体勢とは逆。

 仰向けの真緒に、重なる一奈。


 両手を頭上のところでギュッと繋ぎ、剥き出しになった足も、艶めかしく絡み合っている。


 性格的に、こういう煽情的な光景の苦手な守恒。


 だが、一周回って冷静な声が出た。


「一奈、薬利くずり


 呼ばれた二人が、そっと離れていく。


「ああ、あの、ええっとね、守恒……?」


 紅潮した顔で、一奈が選び出した言葉を放つ。


「―――混ざる?」

「服を着ろ」


 ―――数分後。守恒は、超速で着替えを終えた二人を正座させ、見下ろしていた。


「二人は付き合ってたんだね」

「うん……」

「はい……」


 異口同音に肯定が得られ、守恒も頷く。


「薬利はいいとして、一奈は全然気付かなかったな」

「そうなの? 普段からあんなに百合おんなずきムーブしてたのに?」

「お前は誰に対してもあんな感じだからなぁ」


 ネタかガチかマジで分からなかった守恒。


「モールに薬利がいたのも、一奈が目当て?」

「うん。こっそりデートしてた」

 倉本くらもと違いだった。


「そしたら、ちょっとムラッときちゃって」


 守恒は、嫌な予感の赴くままに、スッと一奈の方へ手を伸ばした。


「真緒と、トイレでいたしちゃっててててて!! 痛い痛い! あんた、乙女にアイアンクロ―とはどういうこと! レッド! レッドカード!」

「黙れ脳内ピンクカード。なにしてるんだ、兄がアイカツしてる現場で」

「私だってアイだよぉ。ラブの方」

「性愛だろ」

「はぁ。があった日、忘れられるわけありませんでした」

「そっちか! 薬利アンタもアンタだ。商業施設で淫行に及ぶ生徒会長がどこにいる!」

「大丈夫だよ守恒、先っちょだけだったから」

「やかましいわ!」


 百合カップルのダブルボケ波状攻撃に、さしもの守恒も守勢だ。


「で、聞きたくないけど、馴れ初めは」

「結果的に咲久が退部させちゃった女子サッカー部の先輩と真緒は付き合ってたのね」

「なるほど分かった」

「もうちょっと語らせなさないよー」

「僕は既にいろいろお腹いっぱいだよ。つまり、薬利は彼女の逆恨みに付き合ったと」

「それは、少し違います」


 真緒は首を横に振った。


「私が勝手にやったの。あの人のためだと思って」

「真緒ってば、尽くすタイプだから」

「なんとなくわかる」


 頷く守恒に、一奈は続ける。


「でも、結局去年の秋くらいに捨てられちゃって」

「むごい」

「でしょ。幽霊みたいな顔で授業受けてて。「なにかあったの?」って訊いたら、ひくほど泣き出して」

「それを、一奈が慰めてたんだ」

「そ。で、今度は私のこと好きになっちゃったらしくて。ねぇ、真緒、なんて言ったんだっけ」

「一度だけ、一度だけでいいから、抱いてくださいって言いました」

「急にハンドル切るのやめろ」


 話がドリフトした。突然のエロ展開に、守恒は付いていけない。


「まぁ、可哀想だったし、一回だけならって」

「……」

「で、ヤッてみたら案外良くってさ」

「聞きとうなかった」

「それで、結局ここまでズルズル」

「知りとうなかった」

「墨さん、勝手なお願いですが、誰にも言わないでいただけますか?」

「言いとうないわ」

「守恒、それひょっとしてレズを差別してんの?」

「違う。親友が女にだらしのないスケコマシだったなんて言いたくない」

「そんな人として基本的な倫理観で責めないでよ! 何も言い返せないじゃない!」


 女たらしな幼馴染のおかげで、守恒は確信した。


 薬利真緒は、白だ。

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