第21話 和解と新たな訪問者

一奈かずなの性的指向、坂ノ上さかのうえ姉妹は知ってるの?」

「あの咲久おこちゃまが気付くわけないじゃん。まぁ、咲希さきさんには感づかれてる気がする」


 守恒もりつねの問いに答える一奈は、そこで、思案深げに付け加える。


「―――っていうか、さや姉との関係見ると、咲希さんもこっち側の人間っぽい気が」

「その辺にしておけよ一奈」


 オチをつけられた。ようやく、一奈真緒かずまお大暴走の時間が終わった。


「二人とも、先輩に謝罪することが増えたね」

「ナンノコトカナー」

「ワカリマセンネー」

先輩ひとが普段寝てるベッドで、何をしようとしてたんだおのれらは」

「くっ、守恒こいつ、今からでも共犯にしてやろうかいだだだだだ!」


 守恒の、人生二度目のアイアンクローが同じ人物に決まった。


「保小中高とほぼ一緒に育ってきて、なんでお前はそうなった」

「ガチで憐れむのやめて」

「それに、さっきから貞操観念の欠如したことばかり言ってるけど、僕は一応男だよ」

「うん。そうだし、男となんて考えただけでも最悪なんだけど。でも、相手が守恒アンタだと思ったら、気持ち悪くないんだよね。むしろ真緒でも無理だった処女くれてやるならこいつかな、的な」

「こっちはきっちりドン引きだよ。このやりとりを部内セクハラで訴えるかどうかは、僕のさじ加減だからね」

「ふん。こっちには生徒会長がいるんだよ。いくらでも握り潰してやるっての」

「うわ、壮絶な裏切りだよ。幼馴染が完全に闇側の人間だ」

「だからさ守恒ぇ、坂ノ上シスターズが戻ってくるまでまだ一時間はあるからさ。ちょちょいっと3××ピー!をいだだだだだ!!」

「伏字がまったく意味をなしてないだろう!! いい加減にしろ!!!!」

「あのぅ……墨さん?」


 幼馴染同士、気の置けないドツキ漫才におろおろするばかりだった真緒が言う。


「一奈さんのこと、嫌いにならないであげてくださいね」

「ふん、そんなこと、お前に言われるまでもないよ」


 守恒が手を離す。


「痛いぃぃぃ~」


 どさりと部屋に落とされ、頭を押さえつつ呻き声をあげる一奈。


「僕にとっての敵はモブだけ。ちゃんと自分の意思を持って動く人間を否定したりしない。

 薬利くずりだってそうだよ。その人のためだと信じてたなら、胸を張ればいい。それができなくなったら、本当にただのクズでモブになるよ」

「墨さん……」

「まぁ、それはそれとして、そこまで尽くしてフラれたのには笑っちゃうけど」

「一奈さん! 私この人嫌い! 何があっても絶対混ぜない!」

「おーよしよし。アンタもかなり私に染まってきたなぁ」

「さて、薬利とも和解したところで、あとは先輩への謝罪だな」

「私はしたつもりはありませんけど」

「アンタたちも、意外と相性いいんじゃない?」

「「それはない」」


 一奈の問いにユニゾンで応える守恒と真緒。そのとき、一奈のタブレットに着信があった。表示された名は『貝塚絵斗那かいづかえとな』だ。


「エトからだ。珍しいな」


 ワイヤレスイヤホンを付けて、通話に出る。


「―――もしもし、どしたの?……え?うん、いるけど」


 一奈はイヤホンを守恒に寄越す。


「アンタに用だって」

「何で一奈に」

「アンタが携帯も何も持ってないからでしょ」


 通信網が発達の極みを見せている2030年にあっても、守恒のようなデジタル原始人を捕まえるのは困難な作業だった。一奈の小言を無視して、電話を代わる。


「エト。僕だ。まだ学校にいるのか」


 絵斗那とは先ほどまで昼食を共にし、テストの自己採点をしていた。


『うん。皆が帰るまで息を潜めていたら先生に捕まってしまってね』


 どこか責めるような口調。陽が高いうちは元ひきこもり曰く「溶けそうで怖い」そうで、一緒に帰宅してやるのが常だった。


はまだできないのか。可愛い奴だな」

『かわっ―――~~~!!うるさいっ!』


 喜色を抑えられない声の後に、一つ、咳払いがあった。


『先生から言伝だ。―――いや、そうじゃない。う~ん、と……墨、ちょっと込み入ってるんだがね』

「込み入ってる?」

『先生は、君の居候先から連絡を貰ったらしい』

「ボブから? 店に何かあったのか」

『いや、そうじゃない。店長さんは、君の実家から連絡を貰ったんだそうだ』

「え? それは、僕の父親からってことか」

『どうやらそれも違うみたいなんだ』

「はぁ? なにそれ?」

『私に訊くな。そもそも、墨が尻尾を掴ませない透明人間なせいでこうなったのだろう』


 指名手配犯のような言われようだが、反論のしようがない。


『まるで伝言ゲームだ。しかも、最初の発信者が君のお父さんに連絡したのは昨日のことらしい。二十四時間だぞ。21世紀にあるまじき伝達速度だ。反省したまえ』


 重ね重ね、何も言えない。


「で、その巡り巡るメッセージの内容は?」

『『明日のこの時間、伺います』だそうだ。訳が分からないよ。一応、私の役は果たしたからね』

「ちょっと待て。『この時間』っていつだ」

『知らないよ。昨日最初の連絡があった時間じゃないのか』

「それって、今じゃないか。エト、最初の人の名前は?聞いてないのか」

『心当たりがないのか。ええっと……ひ、ひづ―――』


 そこまでで守恒は合点がいった。


 そして、シェアハウスのインターフォンが鳴った。


「やぁ、墨守恒しゅじんこうくん。久しぶり」


 氷月だった。


「“モブレイヴ”の“震源”が分かった。木瀬川ここだ」


※※


 数時間前。


 木瀬川の隣町、H市街にて。


 ゴールデンウィーク前後からニュースを度々騒がせていた、若月志朗わかつきしろうが、地元で目撃された。


 彼は引退した政治家で、元財務大臣。


 そして、容疑者。


 高校生を轢き逃げした罪に問われ逮捕されるも、拘留からあっさりと釈放。現在も政界に隠然たる権力を持つ御仁に、捜査が弱腰なのではないかと批判が噴出していた。


 ある者が言った。


「このままだと、あいつは罪を逃れることになる」


 その言葉が、“扇動”になった。


「我々が、あの極悪人を裁かなければならない」


 またある者が、“感化”された。


 モブレイヴ。

 

 揺動ようどうする世界の中心に、守恒はいた。

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