第6話 占い師の言うとおり 後編

 おばさんは足を引きずりながら帰っていった。

 お母さんは「怖いわね」と言いながら、とりあえずガムテープで穴を塞ぎ、業者さんを呼んだ。

 夕食はほかほかご飯に、焼き鮭、筑前煮、ナスの漬物、なめこのお味噌汁。栄養たっぷり。お母さん、いつもありがとう。

 いつもの様に部屋の前に食事のトレイを置いて帰ろうとしたら、中から声をかけられた。


「八千代、昼間の窓ガラスの事だけど」

「えっ?」

「あれって」

「犯人の姿を見たの?」

「・・・いや、なんでもない。ごめん。メシありがと」


 私の事を見たのに黙っていてくれるんだ。

 お兄ちゃん・・・やっぱり好き。

 絶対、絶対、助けるから。槍が降ろうと守ってみせるんだからね。


 +++


 日曜日、昨夜の残りのカレーを食べた途端に椅子から転げ落ちた。お腹を押さえてのたうち回る。

 家には他にお兄ちゃんしかいない。

 まずいまずい。

 おとなしく救急車だけ呼んで。近いからって自分で連れて行こうなんて思わないで。


「八千代、どうした」

「おなか痛いぃぃぃ、助けてぇ」

「すぐ救急車を、いやおんぶして連れて行ったほうが」

「やめてよ!」

「恥ずかしがってる場合じゃないだろ」


 近くのクッションを掴んで、お兄ちゃんに投げつけた。顔面にクリーンヒットする。

 肩で息をしながら睨みつけた。


「マジ死ぬから、アンタみたいなクソデブが兄貴とか!」

「八千代、早く病院に」

「誰にも見られたくないんだよ!一人で行くから放っておけって!」

「行けるわけないだろ!」


 私は足をもつれさせながら、ライターを持って外に飛び出した。玄関先に積まれた新聞紙の束に引火する。

 カチッと音がなり、メラメラと燃え上がる。

 その様子に気を取られて、うっかり逃げるのが遅れてしまった。

 中から現れたお兄ちゃんと鉢合わせした。


「おい何やってるんだ!」

「お兄ちゃんは家から出てはいけないの。何が何でも妨害するよ」

「はあ?」


 彼は後ずさりし、厚めの唇をブルブルと震わせた。


「訳の分からない事を言うな!誰だか知らないが、どいてくれ!

 妹の八千代が食あたりなんだ」


「もう何言ってるの?八千代は私じゃない」


 殴り倒したお兄ちゃんを部屋に引きずって連れて行き、ドアを木で打ちつける。

 出ちゃダメ、出ちゃダメ。

 出たら死ぬからダメなのダメダメダメ。



 後日、取調室。


「あの家には複数の盗聴器が仕掛けられていた。隣の家から双眼鏡で覗いて、不法侵入など、ストーカー行為をしていただろう」


「私は八千代。毎朝お母さんが美味しいご飯を作ってくれるの」

「お前は一人暮らしじゃないか」

「友達だっているの。何でも相談に乗ってくれるの」

「ネット掲示板でだろう?」

「お兄ちゃんは元気?ちゃんとお家にいる?」


 アキラは、しばらくストーカーの恐怖に怯えていたが、こんな生活こそが諸悪の根源だと思い直した。

 そして意を決して外に出る。

 見上げた空は眩しいぐらいの爽やかな青空。


 そこに、弧を描くように飛んできたサッカーボールが頭を直撃した。

 後ろ向きに倒れ込み、ドアノブに後頭部を強打し、そのまま、二度と目を覚ます事は無かった。

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死亡フラグが立ったお兄ちゃんを、絶対に引きこもらせる! 秋雨千尋 @akisamechihiro

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