魔王はこの中にいます
「それでは、皆さんこちらにお集まりください」
能力を手に入れたところで、少女が全員を集める。いよいよ異世界への転送を始めるらしい。慌てて丸薬を飲んだ。
「これから皆さんを異世界にお送りしますが、先に一つだけ言っておくことがあります。魔王は、すでに皆さんの中に潜んでいます」
最初に集められたときのように皆がざわつく。倒すべき相手がすぐ近くにいると言われたのだから当然だ。
「私はすでに何度かこの形式で人々を異世界に送っていますが、魔王は毎回その中に紛れ込んで、送られてくる人間を観察しています。おそらく今回もいるでしょう。注意しておいてください」
口ぶりから察するに、この場で襲われるようなことはないらしい。
僕は周りの人を見渡す。先ほど話した男と目が合う。男は何も言わずに頷いた。
「それでは、転送を――」
少女の言葉が止まる。いや、止まったのは言葉だけでなく、少女の体だ。バインドの能力の効果だ。
「今だ!」
僕は叫びながら火の弾を打ち出す。ぶっつけ本番になったが、上手く飛ばすことができた。
火の弾は真っすぐ少女に飛んでいく。それに続くように、水や雷など、様々な能力の攻撃が少女に向かっていった。少女の周りが煙で覆われるほどに攻撃が続く。
やがて攻撃が止み、煙が晴れる。そこには倒れた少女の姿があった。
「これで満足か、魔王」
僕の言葉に少女がピクリと反応する。まだ息はあるようだ。
「なぜ、私が、魔王だと分かった……」
その言葉に、後ろの人々がどよめく。僕が自分の考えを全て伝えていたのはバインドを使える男だけだ。他の人には、その男から伝えておいてもらったが、半信半疑だったのだろう。
「お前は食料となる人間が足りなくなったからこうして人間を送り込もうとしたんだろう。魔王を倒すように仕向けることで、自分や魔物の元へ人間が勝手に向かうようにした。この場で全員食べないのは、他の魔物にも分けてやるためか」
「それだけで、私が魔王だと判断したのか。それだけで生き返る可能性を捨てたのか」
魔王はまだ納得していなかった。周りの人も同様だ。
「あ、ああ。あんたがあいつと話したのは見ていたが、何を聞いたんだ」
「話しただけであいつが魔王だと分かったのか」
疑問が次々と投げかけられる。協力してもらった以上、ちゃんと説明するのが筋だと思い、話を続ける。
「そもそも、ガチャの割合が悪いと思わないか。本当に魔王を倒させたいなら全員に強い能力を与えればいい。奴は戦える可能性を与えながら、本当に危険な能力者を生み出さないようにした。それにさっきの言葉で、互いを疑心暗鬼にさせた。協力しづらい状況を作ったんだ。この中にスーパーレアの能力を手に入れた人はいるか」
問いかけるが返事は無かった。やはり、入っているのはほとんどノーマル、あってもレアまでだろう。
「それから、さっき奴自身も言っていたが定期的にこうして人間を送り込んでいるらしい。送り込まれた中で今生き残っているのは小数だとも言っていた。本当に魔王を倒したいなら何度もそんなことをしていないで、もっと強い奴を連れてくるなり、一気に大勢送り込むなりすればいい。奴は単純に食料が減ったから増やそうとしただけだ」
話は終わりだ。複数の攻撃を同時に当てれば倒せるという話は本当だったようで、魔王はすでに消えかかっている。
「くそ……、私が、こんなところで……」
その言葉を最後に魔王は完全に消滅した。同時に、この空間も震え始める。元から崩れかけていたが、みるみるうちに足場が無くなっていく。
健康な身体での復活は魅力的だったが、提案してきたのが神ではなく魔王だったのでどのみち無理な話だったのだ。
周りの人はいつの間にか減っていた。きっと眠りについたのだろう。
結局異世界に行くことすら無かったが、代わりに助かった命があると信じよう。
満足した気持ちを抱いて、僕も眠りについた。
最速で異世界を救ってみる 暗藤 来河 @999-666
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