「MEMORY」
低迷アクション
第1話
薄暗い部屋で1人の少女が蹲り泣いていた。少し離れた先には彼女の両親2人が倒れ、傍には、少女そっくりの顔をした、もう一人の少女。やがて泣き止んだ彼女は
手にした両親の拳銃を、もう一人の少女に向けた…
漆黒の夜を目線の上にして“ザック”は、手にした榴弾器付きスカー突撃銃の
照準サイトに視線を託す。サイトを通して臨む眼下は、まるで地獄の釜だ。
ごくありふれた小都市群、何の変哲もない週末の夜を迎えるべき“そこ”は、
至るところに飛びかい、暴れ回る怪物群に占拠されていた。
幽霊みたいに漂ったり、怪獣みたいに建物を壊す魑魅魍魎の群れ。一般市民の避難と安全の確保は“迅速かつ強大な力”を持つ者達によってほぼ、100パーセント、
犠牲も僅かで終了していると聞く。
サイトに映った異形の数匹に、ふいに光り輝く光弾が撃ち込まれ、四散する。
発射主に照準を移動させれば、ベレー棒を被った、アイドルのような衣装と、
たなびく金髪の少女が装飾銃を構え、怪物達に攻撃を仕掛けている。
その後ろや周りにも同様の少女達が空中を飛びかい、町の外に出ようとする
異形のモノ達を水際で食い止めていた。
人智を超えたモノと戦う同じくらいにあり得ない存在、人々の希望、夢、あれが
「魔法少女か…」
思わず呟く。こんな存在がいるなら、自分達など“お払い箱”だ。最も傭兵として暴れ回り、
散々非道を尽くし、正規軍から外され、同じくらい“のろくでなし共”に
拾われた自分は言われなくても、お払い箱か。
思わず剥き出しの肩に彫られた“同人”のタトゥーをなぞってしまう自分がいる。
「あの子達、まだ中学生らしいっすね。黄色の子、発育良くてたまんねぇっす。」
隣に来た、この国出身の同僚“スギ”が
ガリル自動小銃のブルパップタイプ(ストック部分にマガジンが刺さっているもの)を
揺らし、隣に立つ。
目の前で起きている“最近、頻発の異常現象”以外で、戦争経験のない国出身の身としては、ザックも舌を巻く程の戦いぶりを見せる奴だ。加えて外国の言葉に堪能している部分も
異邦人の自分としては、とてもありがたい。
「他の連中は?スギ。」
「皆、計測器やら、撮影やらで忙しいっす。まぁ、ここで起こっている出来事と、彼女達の戦いぶりを記録し、こちらの活動に使うのが、ウチ等の任務っすから。
この眺めの良い、安全地帯にいるのは俺とアンタ、それと隊長の中尉さんっす。」
喋り、指さす先には、空を飛びかい、戦う少女達と恐らく同年代の少女、特別にあしらえた
ボディーアーマーと装備を着こなす“中尉”が先程のザックと同じように、
手に持つ短機関銃に付けられた照準サイトを覗いている。
自分より、10も20も年上の男達を従える彼女だが、冷静な思考判断と戦闘能力は
ずば抜けて高く、指揮官として異存はない。
少し冷たすぎる中尉の横顔を見つめるザックの視界を、
空からふいに降り立った“発育のいい魔法少女”が覆った。
「こんにちは、連絡のあった、同人?えーっと(自身の胸元から小さいメモを取り出し、
確認する)私達を手伝ってくれる兵隊の方達ですね。一般の方では近づけないよう、
結界を張っていたのですが、抜けてくるとは凄いですね。」
「ハ、ハイ…ドーモ…デス」
「?」
強面のザックが、何とも情けない声を出したので、不思議そうな顔をする魔法少女。
横から慌ててスギが入り、補足した。
「すいません、彼は日本語がまだちょっと、不慣れでして!自分が代わりに。
何か手伝える事はないっすか?」
スギの説明に、申し訳なさそうに頷くザックを、楽しそうに見つめる魔法少女。
ふと自分が今までやってきた事を、この子が知ったら、
どんな顔をするだろうか?と考えてしまう。
笑顔を見せた少女が眼下に広がる光景を見つめ、こちらに向き直る。
「ありがとうございます。ですが、一般の方達の避難は終了しましたし、
結界を張り、魔物達は外に出れませんので、大丈夫ですよ。」
「そうっすか、ちなみに発生した原因とかは?まぁ、多分素人の俺達が聞いても
わからないと思いますけど。正直、町まるごとアウトブレイクみたいなの初めてっすから。」
「現状では、ハッキリ言って不明です。能力者が起こしたモノか、人の思念や怨恨が
集まり、彼等を呼んだのかも…、原因究明はまもなくだと思うのですが…」
喋る彼女の言葉のほとんどは理解できないが、表情からは深刻さが伝わってくる。
どっちにしても、自分達に出来る事はない。無意識の内に彼女から逸らす視線が、
この安全地帯から、今まさに“飛びおりる”中尉の姿を捉えた。
「ルナテン!?(ザックの中尉の呼び方)」
飛んだ彼女は降下用のファストロープを付けていない。
叫ぶザックは自身の腰に手早く装備を撒きつけ、地面を蹴って宙を舞う。
下方に勢いよく落ち、小さくなりつつある中尉に止めを効かせない猛スピードで
追いつきをかけ、なんとか抱きしめた。
柔らかい感触と品の良い匂いに酔う場合ではない。ロープを握り、調整しようと、見上げた視界に、黒い翼をはためかせた鳥型の怪物が被さった。
「くそっ!」
肩のストラップに吊るしたスカーを腰だめに発砲する。5.56ミリの高速ライフル弾が
怪物にめり込み、吹き飛ばす。弾が効く事を喜んだ矢先に、貫通性の高い、銃弾が自分達の
命綱を絶った事に気づく。
「うおおおおおおっ」
咆哮を上げたザックは小柄な中尉をしっかり抱きしめ、混沌の奈落へと落ちていった…
落ちた地面に魔法少女達が倒した敵の残骸が積もっていたのが幸いだった。
落下の衝撃で、中尉が自分の手から離れた事に気づくが、少し先で伸びる彼女の
形の良い胸の隆起が静かに動いている事に安心する。
生臭いクッションから立ち上がったザックは、装備を確認し、再度、中尉に視線を戻す自身の顔が強張るのを感じた。先程とは明らかに違うモノが存在している。
「君は?」
中尉の傍に立ち、覗き込むような仕草の少女がいた。髪の色といい、少し中尉に似ている?
そもそも市民はいないはず?何故?
驚愕のザックに気づいた少女が、こちらを見て、ニッコリと微笑んだ。
こちらが声をかける前に、少女の姿が薄くなり、あっという間に消える。
「一体、何が?」
異常事態にパニック寸前だが、戦場では常に冷静を保ち、行動する鉄則を思い出す。少し頭を振った後、中尉に駆け寄り、揺り起こす。やがて薄目を開けた彼女が周りに視線を、
さ迷わせた後、ザックを見る。
「すまんな…伍長(ザックの階級)」
「いえ、そんな事より、どうしたんです?アンタらしくない。」
こちらの言葉に少し目を閉じた中尉が呟く。
「悪夢だ。悪い夢を見た…」
「ハッ、その悪夢は今も継続中ですよ。」
普段の彼女らしくない様子と寸前に迫る脅威に、思わず皮肉交じりな言葉を返し、
銃を構えた。目の前の路上を人型の怪物達が走ってくる。真っ黒な全身を震わせ、
目無しの顔面一杯に大口を開ける連中に、どうみても友好的な感じは受けない。
銃のセレクターを3点射(3発ずつ撃つ仕様)にセットし、一番手前の頭を撃ち抜く。
倒れた奴を乗り越えた2匹を同様に片付けるが、敵の勢いは収まらない。不味いな…
放心状態の中尉に声をかけようと、動かした視界一面を金色が覆う。
「敵が多い…移動するぞ。伍長。」
短機関銃を敵にばら撒きながら、隣に並ぶ中尉が、手榴弾のピンを抜き、
今や群れになりつつある黒いモノ達に放る。数秒の間隔後の大爆発が、
異形のモノ達を吹き飛ばし、進路を作った。
蠢く死にぞこないに弾丸を見舞い、トドメを決めていく中尉に
続くザックは空を見る。自分達が落ちたのは了解済みの筈。
助けがこないのは何故だ?疑問はすぐに解ける。
「あれが…結界か?」
初めて見るが、すぐに理解できた。
黒い空の至る所に、紫と朱の膜のようなものが混じり、ビルの上から先が見えない。
これを破って彼女達が、助けに来てくれるイメージが全く作れない。
すぐの救援は恐らく無理だろう。銃弾を撃つ中尉も納得の様子か、細い路地に転がりこむ。
そのおかげで、敵の入った空間を制限し、攻撃に集中できる…
と思ったのは常識戦闘の範疇だったようだ。
「クソッ、壁の間を抜けてきますよ!中尉。」
商店や雑居ビルの裏側の窓や、配管、僅かな隙間から黒い影が吹き出していた。それらは
蛇のように全身をくねらせ、距離を詰めてくる。あれに捕まったら、どうなるのか?
考える余裕はない。
スカーの下部に取りつけられた発射器をスライドさせ、40ミリ榴弾を装填し、
発射する。狭い空間内で起きる爆発に、一瞬、敵の動きが静かになったのを見逃さない。
短機関銃の掃射を再開する中尉、敵を蹴散らしながら、程よい退路を探しているようだ。
ザックも射撃に加わるのは言うまでもない。異なる銃声がリズミカルに響き渡り、
音の分だけ、敵の数が減っていく。
「これが国のカーニバルじゃぁ、山ほど景品がもらえるのにな。」
「伍長、冗談言ってる場合じゃない。道が開けたぞ。」
「了解」
中尉が敵の少なくなった通りの一つを指さす。素早く走り込みをかけるザック。弾倉を交換した銃を先に向け、安全を確認した。薄暗く汚れているが、化け物はいない。
彼女に振り返り、安全を伝えようとした目が見開かれる。
「ルナテン?」
射撃を止めた中尉がボンヤリと一点を見つめ、佇んでいた。見つめる方向には先程の少女が立ち、微笑んでいる。ザックにはサッパリ理解できないが、中尉の周りを
黒いモノが囲み始めている事実に気づく。
「ええい、ままよ!」
叫び、腰のホルスターからベレッタ自動拳銃を引き抜き、弾丸を発射しながら、走る。
ボンヤリとした中尉の前に立つと、腰に手を回し、抱え込む。
「伍長!?」
中尉が驚きの声を上げるが、それを無視し、近づいた敵に銃弾を叩き込み、退路に進む。
「離してくれ。頼む、あの子が、あの子が。」
背中で嘆く中尉の声はとても弱々しい。いつもの指揮官ではなく、年相応の少女に
戻っている。ザックはヒドイ日になった事を改めて痛感し、ため息をついた…
「一体、どうしたっていうんです?今日のアンタは?まるで別人だ。」
膝を抱え、座り込む中尉に語り掛ける。破れたガラス越しに外を窺う。住宅地の一軒家、
ここなら退路は何処にでもある。ひとまずの休憩場所としては最適だ。
しかし、庭や通りには依然として、異形の化け物共が蔓延っている。
減るどころか増える一方、ここが見つかるのは時間の問題。
何も答えない中尉に苛立ちが増す。弾の数も少ない。偵察用に持ってきた装備では、
たかが知れている。ここから出るのに後、何発必要だ?
とにかく今は、こちらの年相応思春期少女を何とかして、
元の戦闘抜群のタフガールに戻さないと…可哀そうだが…止む得ない。
「あの中尉そっくりの女の子が関係してるんすか?」
どうやら、当たりらしい。中尉が顔を上げ、こちらを見ている。
「見たの?」
「貴方がノビている時、近くにいて、ニコニコしていましたよ。さっきの路地でも
見かけました。中尉がビルから落ちたのは、あの子を見たからなんですね。
一体誰なんです?」
「妹。9歳の時に亡くなった…」
「・・・・・」
オチはわかった。後は彼女の言葉から、聞くとしよう。
「私が12歳の時だった。ある夜に、妹が突然、両親を殺した。父はロスの警官。自衛用の
拳銃を使ったの。突然だった。部屋に入った私に彼女が微笑んだ。その目は赤く、今にも
飛びかかってきそうで、気が付いたら私は銃を握って…握って…」
「もういい、もういいです。ルナテン。」
「妹を殺したの。」
「・・・・・・」
室内に沈黙が流れた。おおよその検討はついていたが、当たっていたか。
「それが理由で、この部隊に?」
「ええっ、家族が殺され、自衛のために撃った。それ自体は罪にはならなかった。
だけど、私の心は罪の意識に苛まれ続け、答えを求め続けた。あの日、妹の身に何が
起こったのか?
教えてくれたのは、ここの指揮官。そして私の知らない世界と戦いを知り、
身を投じる事に決めた。」
中尉の目に、いつもの光が戻ってくる。いいぞ、どうかそのまま、そのままを保ってくれ。
こちらも言葉をかける。
「なら、わかっているでしょう?妹さんがもう生きていない事を。」
俺の残酷すぎる指摘に目を伏せる彼女。勿論、わかっている。だが、受け入れ切れないのだ。
目の前で笑う、死んだ筈の妹を見てしまえば…
「ルナテン!」
「いたんだ。私の前に、あの時と変わらない姿のままで…」
「だから、それはこの異常空間が見せる幻覚です。俺だってわかりますよ。貴方の
後悔の念、いや、妹さんに生きていてほしいという強い願望が空間内で実体化されたんですよ。アンタを闇に引き摺る餌としてね。」
家の周りが騒がしくなってきた。不味いな。ザックは銃の安全装置を静かに外す。
中尉の座る壁際が徐々に黒みを増してきている。
「ルナテン、移動しましょう。ゆっくり壁から離れて。」
気配を察したのか?動き始める中尉。だが、その動きより早く、壁が砕け、巨大な腕の形をした“黒”が室内に飛び込んできた。
「これでも喰らえや!」
中尉が脇に逸れたのを目で追いつつ、ザックは榴弾を叩き込む。爆発が起き、
手が外に引っ込むが、遅い。今や、室内の至る所から黒いモノが飛び出し、
人の形になりつつある。近距離から銃弾をばら撒き、窓から外に出た。
「ルナテン、無事ですか?」
隣にいると思った中尉は、自身の短機関銃を撃つ訳でもなく、フラフラとぶら下げ、
何処かに歩いていく。彼女の進む先には…
「くそったれ…」
白い服を着た少女、妹がいた。
「ごめん…ごめんね。レナ。お姉ちゃんのせいだ。やっと会えたね。」
少女は微笑み、両手を広げる。嬉しそうに笑う彼女に中尉は涙を流し、喜ぶ。
「許してくれるの?お姉ちゃんを?ありがとう。本当にありがとう。
今、今!そっちにいくからね!!」
歓喜、というより狂喜を孕んだ表情で、中尉が武器も装備も捨て去り、異形の群れに中に
歩いていく。怪物達が道を空け、少女に続く道を作る。
「馬鹿野郎!!」
ザックは叫び、スカーを振り回し、銃弾を発射していく。20発装填の弾倉を何度も交換し、手持ちの榴弾で怪物達を四散させた。勿論、中尉には一発も当てずにだ。いびつに積まれた死骸を踏み越え、中尉の背中に距離を詰める。
後、もう少し…伸ばした手を本能的に引っ込めるのと、巨大な斧が目先を一閃したのは
ほぼ同時だった。
「野郎、邪魔するなぁっ!」
目の前に立ちはだかる敵は真っ黒の巨漢。頭は、丸いボールのような鋼鉄のマスクが乗っかり、手には巨大な斧が握りしめられている。高速のライフル弾を乱射するが、鋼鉄の顔面に
全てが弾かれた。
「くそっ」
替えの弾倉を交換する手に、いくつもの黒手が被さっていく。足元を見れば、先程の残骸達が芋虫のように地を這い、自身の体に纏わりついている。目の前に迫った巨漢の斧が
勢いよく振り上げられた。
「ウオオオオッ」
咆哮したザックはスカーを捨て、相手の体に飛び込む。真っ黒く、異様な臭気を放つ体は
ゼリーのように柔らかい。そこに最後の榴弾をめり込ませ、素早く離れ、引き抜いた
ベレッタを向ける。
「ぶっ飛べ!」
発射された拳銃弾は寸分の狂いなく、榴弾に命中し、爆発した。下腹半分を無くした巨漢がゆっくりと崩れ落ちる。それを確認したザックはナイフで残骸どもを振り払いながら、
今や、少女に抱きすくめられそうな中尉に叫び、ベレッタの銃口を動かす。
「ルナテン、その子から離れて!」
「伍長!?その銃は何だ?一体、何をするつもりだ?」
「その子についてっちゃ、絶対にダメだ。アンタが撃てないから、俺が…」
乾いた銃声が響く。ザックのベレッタではない。腹部に感じた衝撃に目が開く。
「ルナテン…」
「すまない、伍長、すまん。」
白煙にぶる銃口を掲げ“もうどうしようもない”と言う、顔をした中尉が、
地面に転がるザックを見下ろす。その細見の体に、小さな2本の手がしっかりと張り付き、中尉の全身が闇に包まれていく。
「馬鹿野郎…」
傍に落ちたベレッタを拾い、狙いをつけるが、撃てない。少女は中尉に重なり、当てる事ができない。やがて闇一色になった塊は何処かに移動してしまう。後に残されたのは、
腹を撃たれた自分と、闇の残滓共…
「死んでたまるか!!」
地面に腹ばいになりながら、その一匹、一匹に銃弾を見舞う。弾倉には15発詰まっていた。
巨漢に一発。残りは14、13、12、11…やがて銃口が後ろにスライドしたままになり、
弾切れの合図を伝えてくる。替えの弾倉を腰のポーチから取り出し、装填を開始…眼前に
敵!?間に合わな…
二本の腕を槍のようにとがらせた怪物が穴だらけになり、崩れた。周りにいた敵も
同様の様子となっていく。
「やっと見つけましたぜ。」
ガリルライフルを構えたスギが笑い、こちらに手を差し伸べた…
「アンタ方、二人が落ちた後、魔法少女さん達に許可を得て、結界に突入しました。
彼女達と他の隊員達は入口付近を守っています。俺と志願者数名で捜索しましたが、
5.56ミリの薬きょうを拾った時は、喜びましたぜ。それで中尉は?」
「行っちまった…」
ザックは答え、自身のボディーアーマーを外し、包帯を巻く。
防弾アーマーのおかげとはいえ、
肺の下骨2本は折れている。全くやってくれたもんだ。頭を撃てる腕なのに、
わざと外しやがったよ。あの隊長さん…
こちらの表情から察した風な様子でスギが喋り続ける。
「やはり、そうでしたか…魔法少女さん達の話では、この現象は特定の相手とか
能力者が起こすモノではなく、無差別タイプらしいっす。心に傷を抱えた奴を狙う類の…
町規模となりゃぁ、いっぱいいますね。それを糧として、大きくなっていく闇の現象。
中尉の体験の程度は知りませんが、余程のモノだったのでしょうね。平和ボケした、
この国の粘質的な傷や不平、恨みより、はるかに激しく、悲しいモンが。」
「だろうな…」
幼い少女が自分の妹を撃つ。生き残るために…こんな体験はそうそうないだろう。
スギが周りを警戒し始める。街の至る所から敵の姿が現れ始めていた。
「でしたら、とっとと、ここをオサラバしないと。さっき入った通信では、魔法使いの
女の子達でも抑え切れない程、結界の力が強まっているそうです。このまま行けば出口も
無くなるみたいですぜ?中尉を取り込んで、コイツ等もたらふく満腹ってところでさぁ。」
「だったら、ルナテンを救えば、コレも解決だな。」
「本気ですかぃ?支援はないんすよ?そんな中、中尉を救いに?行くんですか?」
「無線が付くなら、彼女達に闇がもっとも濃いポイントを聞いてくれ。後、銃も貸してもらえると、ありがたい。」
「伍長…」
「俺が、この部隊に入ったのは、異能や魔法、あの子達の技術を猿真似して、
どうにかしようって訳じゃない。同じ志“仲間を見捨てない”って想いを持った奴等と
戦いたい。ただ、それだけだ。だから中尉を救いに行く。行かなければならない。そうだろ?」
しばらくザックを見つめたスギが、ニヤリと笑い、背中に吊るした5連装型散弾銃
“モスバーグ・ブルドッグ”を放った。受け取る銃の吊り下げ式ストラップには
5発の予備散弾が据え付けられていた。頷き、礼を言うザックに小型の無線端末も
差し出してくれる。
「ポイントは聞いています。中尉を救ったら、すぐに連絡を!助けに行きます。」
「悪いな。後ろの奴等は任せた。」
「伍長、俺がここにいるのは“何でもいいから、殺したい”って願望をお役に立てればと
思ったからです。あんな化け物共、造作もねぇっすよ。」
ザックの声に、スギが眼鏡越しに狂暴な表情を見せ、ガリルを怪物達に撃ち込んでいく。
それを見届けた彼は、無線に表示されたポイントへと移動を開始した…
ポイントを教えてもらわなくても、すぐに場所はわかった。市街中心に立つ教会、そこが
黒一色に染まっている。窓や建物の壁から溢れ出す黒い泡のような塊は地面にへばりつき、
不定形な姿を晒す。空に巻き起こった黒煙は、そこから放射状に空中に広がっていく。
あまり時間は無い。
ザックは一呼吸を整え、黒の巣に突撃する。地面に広がる影が触手のように手を伸ばすが、
連続して発射された散弾によって薙ぎ払われていく。その隙に肩に吊るした最後の手榴弾を教会の扉に放る。爆発と共に教会の扉が砕け、黒い塊達が一瞬だけ後退し、
通行が可能となった。
傷の痛みに顔をしかめながら、ストラップから5発の散弾全てを装填し、内部に突入した。
そこに広がる光景を見たザックは思わず呻く。
「ヒデェ…」
まず初めに強烈な腐臭が嗅覚を駄目にした。次は耳。窪みだけの真っ黒な目元から、
大量の血を流し、絶叫に近い歌を歌うシスター風に象られた怪物の群れに鼓膜が破れそうだ。
最後は目、体中から黒い液体を垂れ流し、蠢く幾十もの塊、先程のシスター風もいれば、
犬、熊、巨大な昆虫のような姿が室内を所せましと犇めき、蠢いている。毒気が無くても、目が潰れそうだ。そして地獄絵図の中央、祭壇に中尉の姿を見つける。
妹の姿をした怪物の半身から伸びた黒い触手に捉えられ、虚ろな視線をこちらに向けているようだ。“今、助けてやるぞ。”狂乱に怖気づく足を奮い立たせ、
一歩前に踏み出させる。後は体が勝手に動いた。
祭壇へと続く通路にいくつもの怪物達が立ちはだかる。それらを散弾と
ベレッタの拳銃弾で蹴散らし、進み続けていく。左手の散弾銃は片手で次弾を装弾し、
右手はベレッタを休まず発射し続けた。
薬きょうと、化け物が地面に倒れる音に加えてシスター共の絶叫、
黒い液体が時々混じる赤は、怪物達の繰り出す触手や腕に体を裂かれたザックのモノだ。
まるで黙示録を歩く殉教者。5発の散弾は等に空となり、棍棒としての役割を担っている。
ベレッタは途中で弾切れになって、何処かに落ちた。祭壇一歩手前に立ちはだかる敵に
ナイフを突き立て、ようやく中尉の前に立つ。両肩から噴き出した血の量で
棍棒替わりの散弾銃が滑って落ちてしまう。
拾いたいが、後ろを見れば黒の化け物達が、拾う暇を与えてくれない。
これで武器は無くなった。追い立てられるように中尉と少女の前に引き出される。
破れかぶれ最後の説得を試みた。
「ルナテン、迎えに来ましたよ。一緒に帰りましょう。」
「すまない、伍長。私は行けない。」
ザックの声にボンヤリとした視線のままの中尉が、首を横に振る。喋る台詞も
さっきと似たり寄ったりだ。
「ここにいても、何も変わりません。ここは死者と恨みが積もる闇の坩堝。出口はない。
貴方の妹さんも帰ってはきません。」
「わかっている。でもいい。ここにいればレナと一緒にいられる。私は幸せだ。」
「そのレナちゃんにとってアンタはただの餌だ。死者は生者に何も恩恵をもたらしません。
特に今回のような所じゃね。無駄にその姿をチラつかせ、生きてる奴の心を惑わし、役得に預かろうっていう糞野郎の塊ですよ。コイツ等は!」
「何故だ?伍長?」
「?」
「お前に後悔はないのか?失った肉親に、親友、戦場で救えなかった命を思い出さないか?
後ろを見てみろ!お前の事を懐かしみ、姿を現した者達がいるかもしれないのだぞ?」
中尉の言葉に一応、振り返ってみる。ヘドロみたいな汁気タップリの糞野郎共が、
総大将である少女の号令を、今か今かと待つ光景が映る。勿論、懐かしい顔を見出す事は
出来ない。
「残念ですが、俺には見えません。俺は、いや、俺達は、死んだ仲間の灰を背負い、
前に進むだけです。新しい誰かを、仲間を救うために。」
ザックの頭にかつての戦場が蘇る。ヒドイ戦いだらけだった。避難民の子供1人を
救うために、勇敢な戦友達の多くが犠牲になった戦闘。逃げた敵以外の全てを倒し、
終わった後に、流れ弾で吹き飛ばされた少年の頭を抱え“何の意味があったのか?”と
嘆いた事もあった。
救いは必ずしもある訳ではない。お話しや映画の世界ではない現実では(目の前の光景も
とても信じる事は出来ない…)だが、それでも人は生きなければならない。
生きている限りは戦う。戦うのだ。前を進み続け、いつかは来るであろう、いや
来ないかもしれない、可能性すらない“救い”を信じて、歩く。
ザックの強い意思を読み取ったのか?中尉の目に少しだけ生気が戻ってくる。
元々、強い女性だ。彼女が正気になってくれれば、この地獄から抜け出す算段もつく。
だが、察したのは化け物共も同じだった。中尉の両手に触手が絡みつき、ザックの
ナイフを握らせた。中尉の顔が驚愕に染まる。
「どうして?レナ、止めて。」
レナと呼ばれた少女が微笑み、触手で中尉を前に押しだす。「逃げて」と叫ぶ彼女の顔面が
目の前に迫り、抱きしめる形となったザックの腹部に強烈な痛みが走る。
「伍長!」
悲鳴に近い声の中尉は完全に正気だ。これでいい。彼女の頭を掴み、自身の胸に押し付ける。
そのまま、中尉の腰のホルスターに手を伸ばし、自動拳銃を抜き取ると、
目の前で微笑む少女に向けた。ヒドイ瞬間は見なくていい。
仕上げは自分の役目だ。引き金に力を込める手に柔らかく暖かい手が添えられた。
「ルナテン?」
「私の役目だよ。伍長。」
「了解、なら、お願いします。」
決意を固めた表情の中尉と共に引き金に力を込める。
銃弾が発射され、少女の額に穴が空く。微笑んだ顔が僅かに歪み、またすぐの笑顔に戻り、見つめる中尉に向けて、口を動かす。
「レナ…」
中尉の一声と共に少女が崩れ落ち、そして消えた。一瞬の静寂の後、後方が騒ぎだす。
振り返れば、主力を失った怪物達が色めき立ち、こちらに殺意を向けてきた。
一難去って、また一難。もっと武器が必頭だ。
「動けるか?伍長。」
いつもの様子に戻った中尉が拳銃を構え、声をかけてくる。
さて、どうするか?椅子でも武器に使うかな?
ザックの考えは、入り口の外壁全てを叩き壊し、突入してきた装甲車によって遮られた。
搭乗ハッチからミニガンを構えたスギが飛びだし、二人の無事を確認し、歓声を上げる。
「連絡無いんで、こっちから来ましたぜ、お二人さん!さぁ、馬車におっ乗りになってぇ!」
叫び、銃弾を怪物達に乱射しながら、装甲車を前進させた。飛び乗る二人を迎え入れ、
一気に後退し、外に出る。
黒い雲が急速に晴れていく。怪物達の姿も徐々に薄くなっていった。ミニガンを撃つスギ、車内に乗る仲間達の声や銃声を聞きながら、ザックは目を閉じる。また生き残った。いや、今回は無理か…胸の痛みは耐えきれないレベルを通りこえ、何も感じなくなっている。
救護の隊員が傍に来て、手当と緊急アンプルを処方してくれたが、どうなる事やら…
もし、自分が生き残れたら、次の戦いが待っている。だが、その前に少しだけ、少しだけ、
目を閉じていたい。眠ってはいけないとわかりながらもだ。
傍に腰かけた中尉が、体を寄せてくる。暖かい肌と何処か良い香りが鼻をくすぐった。
意識が少し戻った。静かに彼女が喋る。
「さっき、妹が最後に何かを言おうと、口を動かしていた。聞こえた?」
「いえ…」
「“ありがとう”って言ってた。あたし達に。」
「そうですか…そいつは良かった。」
すっかり覚醒した意識に勢いづけられ、目を開けたザックは中尉に微笑む。
彼女もニッコリと妹のレナそっくりに笑い返した…(終)
「MEMORY」 低迷アクション @0516001a
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます