第14話 光源氏殺人事件?

 まさかあの光源氏が、殺人なんて。

 わたしは、しばらく部屋の中で呆然としていた。


「そこまで悪い人じゃ無さそうだったのに……。それは、ちょっとだけ変態かもしれないけれど」

 思わず口にしていた。

 はあー、とため息をついて庭を見る。


「あれ、そういえば」

 最近、見かけなくなったな。


「ねえ、婆1号」

「なんでございます、お嬢さま」

 しまった。つい婆1号なんて呼んでしまった。しかも普通に返事されたし。


「庭先でよく見かけたじゃないですか。10才くらいで、稚児装束でおかっぱの、少年っぽい子。この頃、見なくなったと思いませんか」

 三婆の顔が険しくなった。

「庭に、でございますか。私は見た事がございませんね」

「以前から壊れかけていると思っておりましたが、ついにそんな物が見え始めましたか、お嬢さまは」

 と、婆2号。

「まったく。腐女子のうえにショタとは、なんと業が深い」

 婆3号が、やれやれ、と首を振る。


 あの、自分ではショタっ気は無いと思ってるんですが。


 どうやら、あの男の子だか、女の子だか分らない人影は、このお婆さんたちには見えていなかったらしい。

 やはり安倍晴明さまが送り込んだ式神だったようだ。


 その式神も行方不明……。なんだか雲行きが怪しくなってきた。


 ☆


 夜半、障子が音も無く開いた。

 これはこの前、光源氏が直してくれたのだ。開け閉めが静かになって本当に助かる……って、そんな場合ではないようだ。


 部屋に漂う芳しい匂い。そしてその奥に、まぎれもない血のにおいがした。


「やあ。また来たよ、末摘花」

 闇のなかに、光源氏の白い顔が浮かび上がった。瞳が紅く輝き、唇からは二本の牙がのぞいている。

「今宵こそは、君をいただくぞ」


「もう今頃は安倍晴明さまに報せが行っているはずです。だって、この邸の周りには式神が……」

 ふふっ、と光源氏は嗤った。

「そうか、あの女童めのわらわはやはり式神だったのか」

 うんうん、とひとり頷く。

「だったら晴明は来ないよ。なぜなら報せる者がいないからね」


 あの式神は女の子だったらしい。

「なにやら私につきまとっているので、てっきりその気があるのだと思ってね。この前、彼女の思いを遂げさせてやったのだ」


 思いを遂げさせてやったのだ、って。何だか良い事をした風なのは、どうなんだろう。

 それで、一体なにをしたというの。

「うん。私の屋敷に引きずり込んで、あんな事や、こんな事を」

 うわー、少女相手にそんなことまで?! 


「よほど気持ち良かったのだろう。逝くぅ、とか叫んでそのまま消滅してしまった。あれがまさに昇天、というのだろうな」

 自身が式神みたいなものの癖に、何をやっているんだ、この男は。


「私も式神を抱いたのは初めてだったからな、珍しい経験だったぞ」

 ……それはそうだろうけれど。恐るべし、光源氏。


 藤原道長さまと安倍晴明さまをモデルに、若紫ちゃんが造り上げたキャラクターだ。平安朝最強なのは当然だが、なぜここまで外道になってしまったんだ。

 若紫ちゃんの趣味が入ってるのか?


 ☆


「ところで、光源氏さま」

「何かね。私のかわいい、ブスの末摘花」

 ブスは余計だ。


「あなた、人を殺したらしいじゃないですか」

 はて? 光源氏が目をそらした。

「おお、なんと今日はいい月夜だねぇ」

「しっかり曇ってます。しらばっくれないで答えて下さい」

 胸ぐらを掴んでつめよる。


「す、末摘花。今日は積極的だね。そんな君も嫌いじゃないぞ」

 狼狽えながらもウインクを返すところは光源氏だ。

「うるさい。さっさと言いなさい。誰を殺ったの?」


「あれは事故なんだ。殺す気は無かったし、お互い同意の上だったのだ」

 はあ、同意の上?

 えーと。それって、どういう意味だ。


 てへへ、と気弱に笑う光源氏。少しは罪の意識があるらしい。


「あれは、生け垣に夕顔の花咲く、古い屋敷に住む女性ひとだった……」

 遠い目になる光源氏。


「彼女は心霊スポットが大好きで、連れて行ってくれとせがまれたのだ」

 嫌な流れになってきた。わたし、そういうの苦手なんだけど。


「そなたも知って居るであろう、源のとおるさまの旧宅だ。住む人もいなくなって、良い感じに廃墟感が出ているからな」

 この時代の人の名前を出されても知りませんけど。

「そこで私たちは幾夜も過ごしたのだ。何とも言えず刺激的であった」

「キャンプみたいなものですね」

 不健全極まりないキャンプだが。


「かわいい女だったよ。ある朝、顔を洗うため覆面を脱いだ私の顔を盗み見て『なんだ、噂ほどじゃありませんわね』とか言う、小癪な娘だったがな」

 いや。そんな思い出し笑いしてるけど。

 何それ、覆面?

「だって、顔を知られるのはマズいだろう。浮気の証拠になるからな」


「あ、まさか顔を見られたから。ええーっ、極悪!」

「勘違いするな、そんな事ではない。事故だ、と言っておるだろ」

「はあ。でも、一体なにをしてたら人が亡くなるような事故が起きるんですか」


 うむ。光源氏は頷いた。

「じつはもう一度、今度はそなたで試してみようと、ここに持って来たのだ」

 狩衣のふところが膨らんでいるのはそのせいか。


 ……これはこの当時の言葉で『張り型』とかいうのではなかったか。つまりは男性器を模したものだ。それに、荒縄。短いむち。その他、使用方法すら分らない器具がいっぱい出て来た。

「あなたは、いつもこんな物を持ち歩いているんですか」


「勿論だとも。『備えあれば憂いなし』というからな!」

 得意げな顔に腹が立つ。


「もっともあの時は、縄で縛って首を絞めながらだったから、ここまでの物は使っていなかったけれどな」


 さらっと、首を絞めながら、って言ったぞ。いやそれは、そういうプレイ、が有ることは風の噂に聞かない事もないけれど。本当にやってる人たちがいたんだ。


「で、それで夢中になりすぎた、と」

「いやあ、お恥ずかしい」


 恥ずかしい、で済むか。


「ほら、だからその件については、只の事故だったんだよ。連続殺人なんて濡れ衣もいいところだ」


 まあ、他人の性的な趣味に立ち入ろうとは思わないけど……。でも平安時代とはいえ、これを事故で済ませていいのだろうか。


 それに、ちょっと待て。


「いま、連続殺人、って言わなかった?」






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