第13話 中宮、彰子さまと顔合わせ
中宮、
「よほど前世で不幸な事がお有りになったのですね、可哀想に」
……まあ、確かに殺されましたけど。
「でも気にする事はありませんよ。ほら、わたくしも、若紫もそんなに容貌が優れてはいませんが、ちゃんと強く生きていますから」
いや別にわたし、彰子さまが思うほど世を
うーむ。そこまでヒドイのか、わたし?
この当時、
その点、それを兼ね備えたわたしは、とんでもなく前世の行いが悪かったのだと誤解されても仕方がなかった。
一方、彰子さまは、やや南方系のはっきりとした顔立ちで、現代なら間違いなく美少女と言っていい。これが不美人だと云うのだから、平安時代とは美人受難の時代のようだ。
☆
部屋の外で男の声がした。
でも女房たちは顔を見合わせたまま、誰も応対に出ようとしない。
(あなた行きなさいよ)
(嫌よ、恥ずかしい)
とか小声で話している。
若紫ちゃんがため息をついた。
見ると、彰子さまの表情も曇っている。何なんだ、この状況。
「じゃあ、わたし出てみますね」
わたしは立ち上がった。同時に若紫ちゃんも席を立つ。わたしの顔を見て頷いた。
「一緒に行きましょう」
表の間に出てみると、若い男が立っていた。
用件は特に何ということもない。ただの事務連絡だった。
「なるほど、あなたが
その事務官僚の男は、一瞬驚いた顔になったが、すぐに柔らかな笑顔を浮かべた。若いのに、なかなか良くできた人らしい。
「ここの女房たちは、いくら呼んでも出て来てくれないので困っていたんですよ。じゃあ、これからもよろしくお願いします、末摘花さま」
そう言って爽やかに笑い、帰って行った。
「どういう事です、これ」
そっと若紫ちゃんに訊いてみる。あの女房たちはそういう役目なんじゃないの?
若紫ちゃんは頭を振った。
「本来はね。そうなんだけど」
そして気になるのが。
「あの女房さんたちは、いつも一体なにをされているんですか」
今みたいに来客の応対をする訳でもなく、彰子さまとも距離をとって、まるで話し掛けられたくない、みたいにしているのだ。
彰子さま付きの女官にもランクがあり、あの女房たちが上級。物語担当の若紫ちゃんはちょっと特殊だが、中級にあたるだろう。さらに下仕えの人たちもいるが、そんな格下の女官に来訪者の対応をさせる訳にはいかないらしい。
「あの人たちの事は諦めるしかないんです」
それこそ吐き捨てるように若紫ちゃんは言った。
「後宮に上がっている、という事だけで本人も満足してるのでしょう。なにかをしなければいけない、という自覚はお持ちじゃないのです」
なるほど、まさに貴族だ。
☆
事務官に言われた通りに、彰子さまに伝える。中には意味不明な単語もあったが、どうやら分かって貰えたようだ。若紫ちゃんも隣で頷いてくれている。
(まあ、目立ちたがりだこと。あんな不細工なくせに)
(ほんと。あれでよく平気で殿方の前に出られるものよね、あの二人)
(わたしだったら恥ずかしくて、ねぇ)
女房たちはこっちを見てクスクス笑っている。
わたしは制止する若紫ちゃんの手を振り払って立ち上がった。
罵倒の言葉を叫び散らそうとしたその時。
「お座りなさい、末摘花さん」
優しい声が、わたしを引き留めた。
彰子さまだった。
「今日はあなたの物語を聞かせて頂けませんか。異世界という場所のことを」
にっこりと笑う。
「最初に言っておけばよかったんだけれど」
自分の
「あの人たちは朝廷の有力者の娘なんだ。だから彰子さまも強く言えなくて……」
それが彰子さまの
まったく平安時代も、
☆
「
後宮を出て
「晴明さま、それは止めてください」
平安最強の陰陽師、安倍晴明さまだった。
色白の顔に紅い唇は妖艶さまで感じさせる。実際に唇を重ねたこともあるから、その感触まで覚えている。いまでも思い出すと胸がときめくほどだ。
でも、もう一度キスすると式神にされてしまうらしいので、目を逸らし、ちょっと身を退く。
「こんなところを、女性が一人で歩いていては危ないですよ」
あ、心配してくれるんだ。
「え、でも。わたしこんなブスだから大丈夫です」
わたしがそう言うと、晴明さまは眉をひそめた。
「そんな事を言っているのではありません。やや古いとはいえ上等な衣装ではありませんか。身ぐるみ剥がされたら勿体ない」
そっちの心配かっ。
ということで、邸まで送ってもらえる事になった。
「あなたを、ずっと待っていたのです」
歩きながら晴明さまが小声で言った。
ええっ、ちょっと、それって。これが世に言う、待ち伏せ?
「照れないで下さい。そういう話ではありませんから」
なんだ。
「これは、重要なお話しです」
晴明さまの顔が急に真剣になった。いっそ冷ややかな表情と言ってもいい。
「な、何でしょう?」
怖い。ごくりと喉が鳴る。
「実は……、光源氏に人殺しの疑いがかかっているのです」
なんと、光源氏が殺人事件を?!
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