第7話 古いお家には、つきものです。

「ヒマそうでございますねぇ、お嬢さま」

 嫌みたっぷりな声で婆1号が言う。


 これは心外だ。普通、お嬢さまと云えば常に暇を持て余しているものだろう。イケメンの使用人に羽扇であおがせながら、紅茶か何かを、おほほほ、と意味も無く笑いながら飲んでいるものではないのか。


「何を寝言を仰っているのです」

「この邸では、働かざるブス、食うべからずでございますよ」

 2号と3号に左右から責められる。

 なるほど、それでわたしが質素な食事をしているのに、何故か奥の方から、いい匂いが漂ってくるのか。


「これでも練習されてはいかがです」

 そう言って、三人が持ってきたのは大きな楽器、琴だった。

 わたしは、付け爪みたいなのを手に、途方にくれた。言うまでも無く、琴なんて弾いたこともないのだ。この婆たちも弾き方を教えてくれる気配はないし。


「まあ、どうせ暇だし……」

 わたしは、ため息をついた。

 付け爪の使い方も分らないので、取りあえず人差し指だけにはめてみる。

 弦を弾くと、ぽろん、と音がする。

 ほう、いい音だ。

 とりあえず、見よう見まねで弾いてみる。

 すると。


「おお、弾ける。弾けるぞ!」

 小一時間ほど経過した頃、わたしは歓声をあげた。

 あまりの達成感に、つま弾きながら、わたしはその曲を口ずさんでいた。


「ネコ、踏んじゃった♪……ネコ、踏んじゃった♪」


(ああ……)

 わたしは頭を抱えた。

 こんな立派な琴で、何を弾いているのだ、わたし。


 ☆


「ここが常陸宮邸のいわば宝物庫にございます」

 屋敷の一番奥まったところ、ほぼ打ち捨てられたような一画だった。

 かび臭い室内に、埃をかぶったガラクタが並べられている。


「次は、この部屋の掃除でございます。よいですか、くれぐれも丁重に扱いなされ。もし壊したら折檻ですぞ」

 そう言って雑巾を渡される。……できたらわたしの方も丁重に扱って欲しい。


 これじゃ、末摘花というより、シンデレラになった気分だ。


 これは汚い。もう何年も掃除してないのではないか。この壺なんか、指で字が書けるほど埃が積もっている。

 うんざりしながら奥に入っていくと、古い大きな人形を見つけた。

 実物大で、膝をかかえて座っている五歳児くらいの男の子の人形だ。


「あれ、これはホコリを被ってないな」

 古い人形と思ったが、顔とかはそうでもない。原因は衣装だ。あちこちツギが当っているのでそう見えたのだろう。でも、なんでこんなものが置いてあるのだろう。


 まあ、それでも一応拭いておくか。

 すると、人形がわたしを見上げた。まん丸い目だ。

「……え?」


「おまえ、オレが見えるのか」

 その人形は言った。

 見掛けに似合わず、横柄な物言いだった。揃えた黒い前髪に、大きな瞳。

 これは、もしかして。


「わかった! あなた、貧乏神さんでしょう」

 言った途端、張り倒された。

「アホか。見て分らんのか、このブスが!」

 う、また、傷つく。だって、そんな格好で、こんなボロ家に棲みついているなら、他に考えようがないじゃないか。


「オレは、れっきとした座敷童だ。冗談は顔だけにしろ」

 その子は立ち上がると胸をそらした。それでも身長は、わたしのお腹くらいまでしかないが。

「おまえは何だ。ブスのうえに怪しい。おそらくこの世のものでは無いな」

 それも、あなたに言われたくはないが。


 ☆


「ほう、なるほど。おまえは、この邸の娘と入れ替わったのか」

 となると、気になるのは本当の常陸宮の姫だが。

 びんちゃん、ではなくわらしくんは表情を曇らせた。


「不憫なものよ。あの婆ぁどもは亡くなった娘の生き人形を造って、それを五年もの間、ここの姫としてかしづいていたのだからな」

「怖いっ!」

 どんなホラーだ。


「まあ、冗談はさておき」

 おい、どこまでが本当で、どこまでが冗談なんだ。

「あの娘はいつも心ここにあらず、といった女だったからな。まあ、この不細工な容貌では現実逃避したくなるのも仕方あるまい」

 そう言って座敷童くんは、わたしの顔を見て、はあっ、とため息をつく。


「わたしの顔を見て言ったよね、いま。この不細工な、って」


「そんな折り、地獄に堕ちようとしているおまえの魂を見つけたのだな」

 それで入れ替わった、と。

「で、今、そのお姫さまは……」

「しらん」


 座敷童くんは答えてくれなかったが、わたしと入れ替わったと云うことは、つまりそういう事なのだろう。

「異世界に転生した途端、さらに別世界あのよに転送されちゃった、と」


 それが本当なら、まったく、異世界転生なんてするものじゃない。

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