第4話 意味が分かると両思いな話(解答編)

 ファーストアタックとは、恋愛物語で最も重要となる出会いシーンのことです。


 例を出すと、『パンを咥えて走っている最中、相手とぶつかる』などで有名なシチュエーションですね。


 私も晴れて、群青くんという素敵な相手と赤い糸が結ばれたことで、物語が始まったと言えますから、後は彼と出会うだけです。

 でも、ここで焦ってはいけません。


 ファーストアタックは、出会い方一つ間違えるだけで、最悪の事態を招いてしまうトラップでもあるんです。

 出会うタイミングが最悪だった場合、二人の関係は好感度マイナスの状態から始まることになってしまうのです! なんて恐ろしい! 


 そうなれば散々遠回りをしたあげく、大事な青春イベントを逃すことになってしまいかねません。


 不憫なファーストアタックをしてしまった歴代のヒロイン、ヒーローと同じ鉄を踏まないよう、ここは群青くんとの出会い方を慎重に見極める必要があります。


 それからと言うもの、私は群青くんの後を追いかけるようになっていきました。

 いずれ、最高の出会いのチャンスを掴むために。



◇◇◇


 

 高校一年生、五月月。

 群青くんが図書委員会になったと聞き、彼が当番の曜日は決まって図書室に通い詰めることにしました。

 流石にいつもの容姿でいけば、周りと同じく群青くんも私のキモさに卒倒してしまうかもしれません。

 前述の通り、ファーストアタックは大切だ。焦って迂闊に会えば、せっかくの赤い糸も台無しになってしまう。

 だから、図書室に行く時は必ずトイレに立ち寄ってから、中学校時代の地味モードの顔していきました。

 ブルーライト防止用の黒縁眼鏡もかけたので、これでバッチリです。どこからどう見ても地味で空気だった中学生時代の頃の私です。これなら、万が一彼と遭遇してもバレる心配もありません。

 図書室では本を探す振りをしつつ、私は横目でチラチラと、受付に座る群青くんの姿を盗み見ました。


 彼は受付に座っている間、ずっと静かに本を読んでいました。

 個人的にポイントが高いです!

 『紙の本』を読んでいる点も、好感が持てます。

 そうですよね。最近、電子書籍とかも流行ってますけど、やっぱり読むなら絶対に紙の方がいいに決まってますよね! 彼にもそれが分かっているようで、とても嬉しいです!

 同じ趣味をの人を見つけたときに近い喜びを感じてしまいます。


 しかも読んでいたのは、あの小難しいでお馴染みの『ファウスト』! ますます好きになりました。


  

 高校一年生、七月。

 群青くんが演劇部の手伝いをすると聞き、私も迷わず参加することにしました。もちろん地味モードのままで、名前も偽名を名乗りました。

 どうやら人手が足りないとかで、臨時の人でも役者もやらしてもらえるらしいとか。

 それを聞いて、私は胸躍らせました。 


 群青くんのお芝居……?! なにそれ、すごく見てみたい!


 勝手に期待していた私でしたが、群青くんはなんと役者ではなく裏方仕事を選択しました。 

 

 なんで!? 群青くんなら外形も悪くないし、立ってるだけで絵になるのに!?

 

 彼が演技をしている姿をどうしても見たかった私は、裏方仕事で一緒になった際、試しに彼をこう唆してみたのです。


「群青くんって整った顔立ちしてますよね。今からでも、役者に立候補してみてはどうですか?」と。


 するとは彼は、なんとこう答えてきたのです。


「別に役者だけが劇の全てじゃないだろ? 裏方だって重要な仕事の一つだと、僕は思うよ」


 彼の解答に、私は思わず雷に打たれたような衝撃を受けました。

 そうだ。彼の言うとおり、総合芸術とはあくまでも様々な人が関わって作り上げていくもの。

 役者の方が、裏方よりも目立つのは当たり前だけど、だからと言って、どうでもいいわけじゃない。誰がすごいとか、偉いなんて関係ないんだ。


 群青くんは私と同い年なのに、そんな大事なことをちゃんと理解していたんです。


 なんて謙虚で、聡明な人なんだろうか。

 外見だけでなく、中身までいいなんて、本当に漫画の中から出てきた人みたい!

 この時のことがきっかけで、私は本格的に彼にノックアウト。ますます群青くんに夢中になってしまったのです。


 やはり、彼とのファーストアタックは慎重に考えなくてはいけない。失敗したくないと、いう気持ちがより強くなりました。 

 彼の演技が見れなかったのは残念だったけど、裏方で一緒として一緒に準備できたのでともて楽しい時を過ごすことができました。やったね♪



 高校一年生、八月。

うちの高校の野球部が甲子園兵庫予選の決勝戦に進むということで、学校の生徒全員強制参加で応援をしにいくこと。


 いつもみたく変装して群青くんを見に行きたかったけど、席がクラスで固められていたので、別のクラスだった群青くんとは離ればなれに……。

 トイレ以外席を離れることも許されないので、いつもみたく容易に変装することもできません。


 しかも! 何故か私が即席の応援団メンバーに加えられていたんですよ!?


「碧空さんが応援するんだったらもう勝ったも同然ね!」


 私の顔って、相手野球部を壊滅されられるほど酷いの!? 兵器レベルって言いたいんですか!?


 自ら進んで醜態を晒すのは心底嫌だったけれど、やらなかったらやらなかったで、後でいじめられそうで怖かったので、仕方なくやりました……。


 もうやけだ、どうにでもなれ! 私の顔見て全員死滅しろ!!


 太陽降り注ぐ猛暑の中、私はデタラメで名状しがたい応援を披露して、どうにかしてその場を納めることができました。

 結果、その年の夏。うちの高校は初の甲子園出場を果たしたそうです。

 私の顔を見て、相手方チームが全員ぶっ倒れたからだそうですよ。ぐすん……。

  


 高校一年生の九月。

 文化祭の出し物決めで、私のクラスはメイド喫茶をすることになった。

メイド喫茶、いいですよね。最近だと、色んな漫画の文化祭でも頻繁に出てくる定番の出し物の一つです。とても楽しみです! 


 私もメイド服を着なくちゃいけない、罰ゲームさえなければ……。


 どうして女子全員着る必要があるんですか!?

 外見に自信のある人だけ着ればいいだけの話しじゃ無いですか!

 裏方仕事がやりたい人だっているんですよっ!? 


 文化祭は外部の人も見に来ます。

 色んな人が来る場所で、私のブサイクなメイド服姿なんて見られて、あげく倒れられたら、私は確実に立ち直れません。不登校を余儀なくされます。


 そうなってしまえば、群青くんと青春を送ることもできなくなってしまう。それだけはなんとしてでも阻止しなくてはいけません!

 ここは、あの作戦をとるしかありませんね。


 私は当日、伝家の宝刀『仮病』を使い、泣く泣く文化祭を休むことにしました。

 これも、全て群青くんと青春を一緒に謳歌するための苦肉の策。いくら楽しみだったとしても、我慢しないと……。


 でも……それでも!


「できることなら、文化祭楽しみたかったよ~!! 出来ることなら、群青くんと! 誘う勇気なんて無かったけど~っ!!」


 家で一人、もだえ苦しみはしました。くぅ……来年こそは……っ!

 


 高校一年生、十二月。

クリスマスといえば、一年に一度のビッグイベント。

 そう! スマホゲームの限定イベント配信日です!

 

 温かい家で、期間限定ガチャを回しつつ、イベントを進めるに限りますね!

 あ~、極楽極楽~!

 クリスマス限定イベントなだけあって、親密度をマックスまで上げたキャラクターが聞かせてくれる告白イベントは、悶え苦しむくらいに甘いです! あ~本当にいい! いつか私も群青くんと……なんて! なーんて!!


 一気に飛んで、高校二年生の四月。

 大事件が起きました! 

 な、な、なんと! なんと!!

 

 私と群青くんが同じクラスになったんです!

 これでわざわざ休み時間に変装をして、彼の様子を見に行く必要もありません!


これも赤い糸の効力なのかは知りませんが、その日の夜、私は喜びのあまりに自分の部屋で喜びの舞を踊りました。それくらい嬉しかったんですよ。決して、気が触れたわけじゃないですからね。

  

 年は変わっても、群青くんを観察する日常は変わりません。

 口数が少なくて、どこかミステリアス。そんな彼に、私はますます惹かれていったのです。

 彼を追えば追うほどに、日を重ねていくごとに私の想いは強く、より強固なものとなっていきました。


 だからこそ、ファーストアタックをどのタイミングでするか。どうやって彼との最初の関係を築くか。慎重に慎重に、伺っていたんです。


 早く彼とお話ししたいのに、色んなことをしてみたいのに、それができない。

 歯がゆい気持ちもありましたが、彼を遠巻きから眺める日々は、私にとってとても楽しい時間でした。本当に幸せな半年間だったと断言できます。


 この期間が、今までの私人生の中で、一番青春らしい時を過ごしていたました。


 あの時までは――。


 

◇◇◇



 事の発端は、高校二年生の五月初旬。

 とある放課後から始まります。

 

 その日、私は黒縁眼鏡をかけた地味モードの状態で、クラスの物陰から残っている群青くんを眺めていました。クラスが同じといえど、放課後にいつもの格好で残っていたら、どうしても目立ってしまうので、しょうがなくです。


 群青くんはその日、友人である快晴晴明さんと何かお喋りしていました。

 遠くからだったので話しの内容までは聞き取れませんでしたが、群青くんは何やら真剣な表情をして聞いています。


何について話しているんだろう……気になる。

 そう思った矢先、快晴晴明さんがいきなり、こんなことを叫んだのです。

 

「恋塚神社で恋人を願ったんだよ!」


 ガンッ!!


 思わず頭を打ってしまった。

 なに? 恋塚神社って言いました、あの人?


 え、待って。恋塚神社の話をしてたってことはつまり……!

 

話しが終わった途端、群青くんは席を立ち上がりクラスを出て行きました。

 こうしてはいられません! 彼の後を追わなくては!


 急いで校舎を出たときにはもう、群青くんは自転車に乗ってものすごい勢いで坂道を上がっていきました。


 方向は恋塚神社に向かう経路と同じです。私も自分の自転車に跨がり、彼の後を追いかけます。


 もし私の予想が正しかったとしたら、彼は恋塚神社に恋人を願うはず。


 ということは、さっき話していたのは、恋人が欲しいという話題に違いありません!


 ここに来て、ようやく最大のチャンスが巡ってきました!

 群青くんが恋人を願った瞬間に、私と出会う。

 

 なんて完璧なファーストアタック! 理想的な冒頭シーンです!

 これなら必ず、彼のハートをわしづかみにできますよ!! 


 そうと決まれば急がなくてはなりません。

 

 私は重い自転車のペダルを、持ち前の細い足で踏んでいき、どうにかして恋塚神社まで辿り着くことができました。

坂道を自転車で駆け上がるのは、なかなかに一苦労でした。体力がないので余計です。


 頑張り過ぎて、足が生まれた子鹿のようにぷるぷるしますが、時間がありません。


 恋塚神社の石段前には、予想通り、彼の自転車があったからです。


 やっぱり群青くんは、恋塚神社で恋人を願うつもりです。間違いありません!


 私は震える足を叩いて、恋塚神社まで続く長い石段を駆け上がっていきます。


全てのことが上手くいったら、今日、私と群青くんはいきなり恋人になれるかもしれません。

 そうなったら、今まで考えていたあんなことやこんなことが……えへへっ♪ 


 妄想膨らむ展開に、身体から力が湧き出ましたが、同時にある考えが頭をよぎり、足が止まりました。

 

急いで来たので、今の私の容姿は地味モードのまま。誰からも気づかれないモブキャラのままです。

 頑張ってお洒落をしても人が倒れてしまうくらいブサイクな私なのに、大事なファーストアタックを控えてこれではいけません!!


 そのことを考えると、途端に不安が襲ってきました。

群青くんも私を見て倒れたりしないだろうか……?

幻滅したりしないだろうか……?

 

 『こんな不細工が僕の運命の相手? うっわ、最悪だわ』


 無理無理無理無理! そんなこと言われたら、私今度こそ死んじゃうよ! 


「か、確実にしないと……絶対に群青くんを堕とせるような美少女にしてから行かないと……っ!!」


 私は学校鞄の中に忍ばせておいたメイク道具を全て掻きだすと、草木の物陰で急いで顔を整えました。

 制限時間は、群青くんがお参りを終えるまで。長くても二、三分といったところでしょう。

 下地は既に出来てる。後はどれだけ完璧な顔に仕上げられるのかのみ!! 

 私の技術を、この一瞬に賭けるッ!!


そして、完成しました。

 今まで私が学んできた全ての使い、完璧な顔になったと思います。

 これなら、絶対に群青くんを堕とせるはず。自信を持とう!


「待っててね、群青くん。今行くから」


 準備を整えて、私は静かな足取りで再び石段を登り直す。

 動きにも注意します。おしとやかで女性らしく魅力的に。

 チャンスは一度しかありませんから、細部まで気を使わないと。


 今日から私は変わるんだ。

 群青くんに告白して、今度こそ憧れだった青春を始めるんだ。


 その想いと共に、鳥居の真下まで上り詰めると、賽銭箱の前には憧れの群青くんがいました。

 そして、彼に声を掛けようと私は――。

 

 「あ~~~~っ!! そうだよ、僕だって彼女がほしいんだよ! 甘酸っぱい日々を送りたいんだよ! 青春を謳歌したいんだよ! おっぱいだって揉みたいんだよっ!!」


 ………………え?


 今まで私が抱いていた群青くんからは、とても想像できない台詞が聞こえ、私の頭はフリーズしました。

 直ぐに状況を飲み込むことができませんでした。


 だって、今彼が言った言葉の中には、私が最も気にしている場所の名前が含まれていたから。

 それは。


 おっぱい……おっぱい……おっぱい!?


自然と、私の手が胸を押さえました。


 そう! 私は胸はど貧乳なのです!


 まな板! 鉄板! 板! な名前が二つ名がお似合いなフラットな胸の持ち主だったんですよ!!

 

そんなそんな!! まさか群青くんが、そんな下品な単語を恥ずかしげもなく叫ぶだなんて……。しかも、よりにもよって……おっぱいが揉みたいだなんてっ!! 


 我が家の女性は、血筋故か、私含めて全員全員、揃いも揃って貧乳!

 おばあちゃんだろうが、お母さんだろうが、お姉ちゃんだろうが、みんなまな板家族だったのです!


 私も中学生の頃に、お洒落勉強の一つとして、胸も大きくしようと考え色々と試しましたが、一ミリとして増えることはありませんでした。

 ここまでくると呪いです。貧乳の呪いが、我が家にはかかっているんです。


 自己肯定が少ない私が、特に気にしているのが、この胸なんですよ!

 本当に女性らしさの欠片もない! 

 その鉄板装甲な私に向かって、おっぱいが揉みたいだなんて……ぐぬぬぬっ!! 

 

 もう、群青くんには幻滅ですよ。

 百年の恋も冷める勢いですよ。本当。


 なんかもうどうでもいいです。はい。

 今まで乙女脳だった私、どうにかしてたんですよ。

 こんなおっぱい星人の何処が好きだったんでしょうか?

 数秒前の私が理解できませんね。


 その後の展開はもう最悪も最悪。

 

 群青くんに、根暗で面倒くさい人間として認定されちゃったし。売り言葉に買い言葉で険悪な雰囲気になっちゃうし。期待していた展開一つなく、険悪ムードに。


 しかし、赤い糸で結ばれてしまったため、お互いに関係を断ち切りたくても断ち切れない地獄のような惨状に、私は頭が痛くなりました。

 

 私がこれまで見てきた中でも、もっとも最悪なファーストアタックです。

 あまりにも悲惨で、雨乃くんがいなくなった後、私はこんな言葉を零してしまいました。


「本当……どうして私の人生って……こうも上手くいってくれないの……っ!?」 


こうして私の初恋は、始まることもなく終わり。そして望まない形で始まってしまったのでした。



◇◇◇



「はぁ……もう最悪……。よりにもよって群青くんが、おっぱい星人だったなんて……」


 あの後、おばあちゃんと一緒に家に帰ってきて、夕食を終えてシャワー浴び、何もせずにベッドに倒れ込んだ。

 憂鬱で、何の気力も湧かない。気がつけば、群青くんのことばかり考えてる。


 ただし、前みたいな好意的なものでなく、悪態めいたことばかりだから、糸は伸び縮みを繰り返すだけで影響はない。


 彼は本当に私が半年間も憧れていた男の子だったのだろうか?

 私が思っていた彼は、もっと知的で、真面目で、紳士的な人だったはず。

間違ってもあんな、境内の真ん中でおっぱいと叫ぶようなセクハラ男ではなかったはずだ。


 いや、そもそも私が勝手にそう解釈してただけか。

 いくら期待しても、漫画に出てくるようなヒーローはこの世にいないんだ。

 期待した私がいけなかったのか……。 

 そう考えると、目の端から滴が零れそうになったので、両手で枕にしがみついた。


 いや、そもそも群青くんも群青くんだ。

どうして私が見ているときに限って、あんなに素敵な態度なわけ?

 てっきり勘違いしちゃったじゃん。漫画のヒーローみたいに思っちゃったじゃん。

 半年間も夢中にさせておいて、こんな仕打ちするなんて、酷いよ……本当。

 胸なんて……パッドとか付けたところでどうしようもないのにさ。 


 あーあ、もう本当に最悪だ。よりにもよってあんなおっぱい星人なんかと赤い糸が繋がってるなんて。


 私は天上に向かって右手を伸ばし、赤い糸の付いた小指を眺めた。

 赤い糸は、照明の光を透かし、水の中で漂うように左右に流れている。

 それを見ただけで、糸の先に繋がっている、あの男の顔が嫌でも頭に浮かびしかめっ面になってしまう。

 

「……あの言葉さえ聞かなかったらな、また違ってたのかな?」


もしも群青くんがあんなことを叫ばなかったら。

 私が少しでも遅れて、もしくは早く神社に辿り着いていたら。


 何か違ったのだろうか?


 そうすれば今頃、私の望んだ形で恋人同士になれたのだろうか? 青春が始まったのかな?


「……もう分かんないよ」

 

 そんなことを呆然と考えている内、目蓋が重くなった。

 今日はとにかく疲れた。気分も重い。とにかく眠りたかったから、私は身を任せるように目を瞑った。

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青春ツンデレ野郎の運命の赤い糸は、物理的に離れられない 黒鉄メイド @4696maidsama

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