After story 『人間に似て非なるものに捧げる詩』

 人間達が己の優劣を機械で決めていた時代。

 あなたはそれに利用され、破壊を余儀なくされて。

 そして私も巻き込まれ。

 周りは社会の歪みにやっと気が付いた。

 フェンサー。

 幼い私の心を、拙い機械の心で一生懸命癒し、守ろうとしてくれた、私の騎士様。

 やっと……人と機械の関係が、健全に回り始めたのよ――











 その女性は墓の前に立っていた。

 人工的な艶を持つ長い茶色の髪が、風にあおられて乱舞している。

 墓地に吹く冷えた風が、この場をすさんだ雰囲気にさせていた。

「とうとう施行されたな」

 マシンエフェクトのかかった、低い中世的な声が女性にかけられる。

 女性は視線を墓に向けたまま、「ええ」と答えた。

「長かったわ」

「十一年か」

「えぇ、十一年。私が中心に立ってからは四年だけど」

「高性能自律機械を保護し、管理する法律……」

 通称ロボット管理法。法律上、高性能自律機械に分類されるロボットは、製造する際には国の許可を必要とし、製造されるロボットは用途や性能を制限され、ロボット所有者には一体ごとに国に登録をして厳重に管理し、ロボットの活動に全面的に責任を負う義務が課せられる――といった内容に法律である。

 近年所有者不明のロボットが犯罪を起こす事件が増加しており、また高自律システム――つまり人の心に近い思考力を有するロボット達が、人の手によって理不尽な(ただの道具として当然の扱いも含む)扱いを受けて暴走する事件が後を絶たないことから、今後ロボット社会の平穏と安定を目的としてその法律が制定された。

 そして本日より、施行されることとなる。

「ロボットを実質的に人間の道具と位置付け、管理する法律……元人間のあなたにとっては、肩身の狭い世の中になるかしら、サルマン?」

 女性は傍らに立つアンドロイドを見上げた。

 ロボット管理法は、むやみにロボットに高い思考力を持たせないようにし、人が所詮道具として扱うことを保障するものである。現在の科学力では人間の人格と記憶を完全に電脳化できないことから、この法律によって人間が不当な扱いを受けることはないと考えられている。

 しかし時代の陰で電脳化させる研究は昔から行われており、非人道的な人体実験も幾度となく繰り返されてきていた。

 子供向けのアニメに出てくるような、真紅に輝く鋼の痩身を持つ、人型高性能自律機械、固有識別名サルマンは、電脳化実験で偶然成功した元人間なのだ。だが電脳化実験が国家機密ということもあり、生体脳を持たぬサルマンは法律上完全にロボット扱いされ、人ではなく物として見られることになる。

 それは人としてどれほどの苦悩となろうか。

 ――だがサルマンは肩をすくめるだけだった。

「この体になって人扱いしてくれた者など、数えるほどしかいない。別に何が変わるってことはないさ。それに私は自分を人とは思っていないし。ただ所有者が私個人を尊重し、責任をもってくれていれば、私が私であることに支障はない」

「あなたらしい答えね。元女性とは思えないけど」

 そういって女性は笑った。

「何十年前の話だと思ってるんだ……」

 サルマンは少し呆れ気味に返す。そして「お前こそ大丈夫なのか?」と尋ねた。

「噂ではフェディルトグループの御令嬢は十一年前に死んでいると言われているそうじゃないか。フィルト=フェディルトさんよ?」

「ロボット管理法を訴えていたのは、替え玉のアンドロイドだ……って? もしそれが本当なら、世論が黙っていないわね」

 フィルトと呼ばれた女性は立ち上がった。

「ま、仕方ないわね。私の体は脳以外全て偽物だもの。傍からじゃ判別できないわ」

 フェディルトグループ社長の娘フィルトは十一年前、ロボットの襲撃を受けて重傷を負い、サイボーグ化された。それを知ったロボット管理法を快く思わない者が、フィルトはロボットだと言い触らしていたのだ。ロボットは道具であるという認識が強い中、そのロボットが人間を装って運動を起こしていたとなれば、人間の尊厳を損なうとして、フェディルトグループへの信頼はガタ落ちだ。

 実際はもちろん、フィルトは生体脳を持ったれっきとしたサイボーグであり、国からも保証されている。

 運動の先駆者であるフィルトの父は、娘がロボットに傷付けられたから立ち上がったのだ。一般的なアンドロイドに親子の愛は理解できない。理解できなければ、志半ばで倒れた父の跡を継いで、法案を制定までこぎつけられない。運動には並外れた熱意が必要なのだから。

「一見して人かロボットか判別できない以上、私も機械として覚悟しなければならないでようね。でも、あなたと同じ。変な目で見られるのは前からよ」

「どこから見たって人間なのにな。しかも美人だ」

「ここまで整った顔を持つ人間なんていないわよ。作り物ゆえの美しさってヤツ」

「……私も人間と同じ容姿にしてもらおうかな」

「法律で禁止されたわよ。人と機械を区別するために」

「そういえばそうだな」

 もっともサルマンも本気で言ったわけではないが。






 相変わらず吹く風は冷たい。しかし二人はそれを感じることはない。

「これからどうするんだ?」

 サルマンが尋ねる。

「帰るわよ。お父さんに報告終わったし」

「そうじゃなくて。施行されてお前も肩の荷が下りただろ」

「あぁ、そういう意味……どうしようかな」

 運動を父から引き継いだとはいえ、社長役まで引き受けたわけではない。フェディルトグループの運営は兄がしっかり務めている。運動一筋だったフィルトは、今や自由だ。

「……今まで頑張ったから、しばらくのんびりしようかな。そういうあなたはどうしたのよ。私の護衛は昨日までのはずだけど」

「お前の兄から新しい仕事をもらってね。今日からなんだ」

「兄さんから? ふーん……で、ここで油売ってていいの?」

「サボってるわけじゃない。仕事でお前の所にきたんだしな」

「何? また私の護衛?」

「いや」

 サルマンは墓地の入り口の方を見た。つられてフィルトが視線を転じると、そこには銀に輝くアンドロイドが――

「新しいお前の護衛を紹介しようと思ってな。私の仕事はアイツに護衛任務の引継ぎをすることで……」

 フィルトは聞いていなかった。銀色のアンドロイドを見つけたとたん、走り出していたから。

「……お前の運動の熱意が、父への愛だけではないことを、兄はお見通しだったのさ。そいつは頑張ったお前へのご褒美だそうだ」

 サルマンは呟く。フィルトとフェンサーが抱き合うのを眺めながら。

 フィルトが駆け抜けたその先には、何も残ってなどいない。そのせいでフィルトの心が、冷たい風吹く墓地の如くひっそりと死んでいくことを、彼女の兄は恐れていた。

 どうかフィルトに救いを。その願いは、奇跡的に蘇らせることができた幸運な騎士に託された。

「そいつは心があっても、所詮アンドロイド。でも……お前が所有者なら大丈夫だろ」





 今はまだ、機械の心が人に受け入れられることはない。

 しかしフィルトや自分の所有者を見ていると、いずれ近い将来、似て非なる双方が平和的に共存できる時代が来るのではないだろうかと思う。

 サルマンはそんな希望をひっそりと胸に抱きながら、幸せそうに並ぶ女性とアンドロイドの元へ、ゆっくりと歩き出した。理想的な共存の形を模索する世界のように。











 今日から、人と機械の新しい生活が始まる。

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