月のプレゼント

煌花(こうか)

【1】月が池に浮かぶ夜。

 満月の夜。京子が目の前に立っていた。


 月明かりが京子の顔を照らし出す。絵に描いたような整った顔が俺をゆっくりと見て、優しく微笑んだ。

 綺麗だった。久しぶりに見た京子は、俺の記憶にどんなに補正をかけても敵わないほど、綺麗だった。


 京子がゆっくりと俺に歩み寄る。


 俺は優しく京子を抱きしめた。華奢な体がふわりと胸に落ちてきて、それを俺が受け止める。


「おかえり」

 俺は耳もとでそっと囁いた。

 すると、京子は何も言わなかったが、代わりに少しだけ目を細めた。


 それから俺たちは星を見ながら、ゆっくりと歩いた。


「この公園から見る星が好きだったんだよなあ、京子は」

 立ち止まって、京子に言った。


「そこの池に映る星空を飽きもせず、ずっと眺めたよなあ」

 俺は、目の前で鏡のように月明かりを反射する大きな池を指差して、独り言を呟くように小声で言った。


 それから、俺たちは月明かりの下で二人の出来事を思い出していった。公園のベンチで寄り添うように座り、過去を懐かしんだ。


 そうしてゆっくりと時間が流れていった。


 彼女との記憶が徐々に蘇っていく感じは、とてつもなく嬉しかったが、同時にとてつもなく辛かった。このもどかしさだけは、何年経っても消えやしない。


 不意に京子が立ち上がった。


「もう、行くのか……?」


 京子は背を向けたまま何も言わなかった。


 ……そうか。


 俺は心が裂けそうになるのを必死に抑えた。出来れば笑顔で別れたい。だから出来るだけ、必死に抑えた。


「……京子!」

 笑顔で京子を呼び止め、そして言った。


「好きだよ。 ずっと、これからも」


 振り返った京子は泣いていたけど、多分笑ってくれたと思う。その笑顔を見る前に彼女はいなくなっていた。

 誰もいない公園。いつのまにか月明かりが雲に遮られてしまい、真っ暗な公園。


「また……渡せなかったなあ」

 ポケットに入れていた指輪を取り出して、俺はそう呟いていた。


 恐らく俺の時間は止まってしまったのだろう。あの日、俺が想いを伝える前に。京子が居なくなってしまった時から。

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