第3話 主催パーティー

 朝7時。ウィルフレット王国王都は今日、女性を中心に昼の盛り上がりになっている。もちろん話題は、今日のパーティーのことである。一国の次期王の所謂お見合いパーティーは、貴族はもちろんのこと平民までもが建国記念日かのように話題で持ちきりになり、一部の者の間では王子の妃候補ランキングまでもが出回っている。果たしてエリックは誰を選ぶのだろうか。


 「殿下ー!、殿下ー!朝ですよ。」


 いつも私の身の回りを手伝ってもらっているメイドだろうか。柔らかい声が遠くから聞こえる。


 「もう少しだけ……」


 聴覚と触覚のみが意識を取り戻した乾いた声で返すし寝返りを打つ。


 再び柔らかい声で起こされると思った刹那、バッと掛け布団が体から剥がされる。


 驚いたエリックは掛け布団に吸い寄せられるように起き上がる。声が聞こえた方向を見ると、いつもと違う人の姿があった。


 「なんだ、リーナか。」


 「なんだではないです。もう始業時間です。今日は大切な日ですから早く準備をお願いします。朝に片付け無ければならないこともありますので。」


 リーナの言う通り昨日確認した予定では本当に時間がない。着替えを済ませ、朝食は執務室に持ってもらうように言って部屋を後にする。


 「おはよう。」


 「「おはようございます、殿下。」」


 執務室に行くともうスティーブとリーナはいた。


 スティーブから今日の予定が書かれた紙を受け取る。今日はいつも以上に大変だ。


 「殿下、そしてこちらが本日のパーティーに出席される方々の名簿でございます。」


 ざっと見た感じ200組はいる。名簿には顔写真と名前、年齢、肩書き、趣味・特技まで書かれている。これを午後までに覚えるのかと思うと気が遠くなるが、やるしかない。一週間前から名簿は出来上がっているのに覚えるのをさぼっていたのだから。


 執務室にいても落ち着かないので名簿を手に廊下へ出る。今回の会場となる各場所を歩きながら名簿に目を通す。


 10時を知らせる鐘がなった頃から徐々に正面のロータリーに馬車が並び始め、11時の鐘が鳴った今、馬車の渋滞が起こりつつある。


 11時からは、執務室でパーティーに向けて最後の打ち合わせがあるのを思い出し、急いで戻る。


 部屋には、すでにいつもの二人と腰に細身の剣を付けた騎士6名が控えていた。


 「すまない。遅くなった。」


 「いえ殿下、私共も今着きましたので。早速でありますが、本日のパーティーの件でお話を申し上げたいのですが。」


 6人の騎士は、私が生まれた時から護衛として城外に出る時はもちろんのこと、こうした行事の時でさえいつも側に仕えている。私の護衛部隊を統括するレーン・ガードナーは、学院所属時代10年に一度の剣の使い手とも言われ新たに編成された国王護衛部隊入隊は確実だった。しかし当時は身分の違いに固執する貴族が多く、平民出身だった彼は虐げられ今のポジションにつくことになったのである。そんな彼だが、与えられた仕事には常に真っ直ぐ取り組み、実によく尽くしてくれるのだ。


 「話してくれ。」


 「はい。今回のパーティーですが、表向きは王子が妃を決めるパーティーということになっております。殿下の父上であられます国王陛下の時の状況から推測しますと護衛が常に付いている必要性があります。そのことをご理解いただきたく思います。」


 「分かった、許可する。」


 護衛が付くのは正直嫌なのだが、レーンの真剣な眼差しを見て許可を出すことにした。


 「会場となる本棟1階フロアには150人体制で騎士団が警備に当たります。殿下には我々6人とスティーブ・ハルフォード第一王子執務執行補佐官とリーナ・スレイド第一王子執務執行書記官と行動を共にしていただきます。」


 8人も連れて歩くとあまり色々な人と話が出来ないのではとも思ったが、父上に聞かされた通りに凄いことになるのであれば丁度良いのかもしれない。


 エリックは座り直し、窓の外のテラスの柵に止まる小鳥を見ながらパーティーの開始時刻を待った。



◇  ◇  ◇



 今日のメイン会場である500人収容可能なパーティールームは、ウィルフレット王国交響楽団がヴァイオリンの主旋律で見事に彩る。また着飾った国内外の姫君や上級貴族の娘たちが次々と入場し、その数は既に3分の2ほどになっていた。彼女たちはそれぞれの席に着き、髪や化粧を確認してお互いを牽制し合うように優雅に別々の話をしている。しかし、彼女たちの頭の中は皆同じである。


 しばらくすると騎士達が会場を出入りするようになる。それを見兼ねた花嫁候補たちはエリックがもうすぐ来ることを悟って一気に静まり返る。


 交響楽団の音楽が完全に止まると、会場一番前左の魔法で展開された拡声器の前に儀典が立つ。


 「皆さま、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。それでは、本日の主役であられるウィルフレット王国第一王子エリック・アスター・ウィルフレット殿下のご入場です。拍手でお出迎えください。」


 暖かく桃色の拍手が会場を包む。扉が一気に開きエリックが8人を連れて歩く。フライングと言わんばかりに早くもエリックと会話をしようと席を立ち上がり通路を塞ごうとする者若干名。エリック他の8名は一生懸命にそれを阻止する。


 なんとか、席に着くことができたエリックはホッと招待客に分からないほど小さく一息をつく。


 「それでは殿下、乾杯の挨拶をお願い致します。」


 儀典がエリックにそっと声をかける。


 エリックは儀典に促されるまま風素系魔法で作られた拡声器の前に立ち、側にいた執事から乾杯用のグラスを受け取る。


 「本日ここに同盟国の姫君、国内外上級貴族嬢並びに御一行の皆様をお迎えし、昼食会を催す機会を得ましたことは、私の心から喜びとするところであります。ウィルフレット王国王室を代表して衷心より歓迎の意を表します。 本日皆様には我が王国一級品の料理と様々なお飲み物をご用意致しました。また女性の皆様にはレルケルドという街にある鉱山で採掘された、ロッククリスタルをジュエリーに仕立てた物を一つずつご用意させていただきました。皆様、本日は心ゆくまでお楽しみください。

最後に、御列席の皆様の御健康、また、ウィルフレット王国と同盟国の関係の更なる発展を祈り杯を上げたいと思います。乾杯。 」


 「「「乾杯!」」」


 会場中の乾杯の声と共にエリックもグラスを口につけ、ワインを飲む。


 今日のワインは比較的甘くて飲みやすい。あとで産地を聞いておこう。


 そう思ったのも束の間、エリックが乾杯の挨拶をした拡声器の前にはすでに長蛇の列が出来ている。一瞬にして今日午前のレーンの話を完全に理解する。


 長蛇の列を見て最初に動いたのは、スティーブだった。


 「殿下は順番に皆様の席に挨拶されますのでお待ち下さい。」


 エリックが席に着くと長蛇の列も無くなった。


 スティーブが遠慮がちに言う。


 「殿下、早速ではありますが挨拶の方を…あまり時間もありませんので……。」


 「分かった。」


 エリックは、立ち上がって最初の席へと向かった。


 「殿下。本日はご招待ありがとうございます。」


 「これは、レオナルド・ファーダー・アズラック子爵。久しいな。」


 「はい。殿下の先程の挨拶といい、また更に成長されたお姿を見ることができ、私も大変嬉しく思います。」


 「ああ、私も同じだ。」


 「殿下、覚えておられますか?我が娘です。」


 「ウェンディ・ファーダー・アズラックと申します。今年で9歳になります。」


 「花を生けるのが得意と聞いいたが…。」


 「はい。3歳より生け花を習っております。是非一度殿下をイメージした作品をお作りしたいです。」


 「ああ、そうだな…いつか持って来て貰えるか。」


 「はい!是非お持ちいたしますわ。」


 娘のアピールタイムが終わると今度は父親にシフトチェンジ。9歳とは思えない態度と発言だったが、父親は更に予想を超えてくる。とにかくよく話す。

 これでは永遠に食事にも手が付けられない。


 そう思っていると、会場の優雅な旋律の中に1つ不協和音が生まれる。


 「ガシャン!」


 変に豪華なドレスを着た女性2人が言い合っている。そして、そのテーブルの上では2つの食器が重なり割れている。


 「何ですって?あなたが先に私のドレスをお踏みになられたのよ!」


 「いいえ、違いますわ。でもそんなドレスを着てエリック様の前に現れるなんて踏まれて当然かもしれませんわね。」


 ああ、こういうことか。こうなったらもう歯止めが効かなくなる。女性はいかに地位がある男性でも怖いというのはよく知っているからな。


 「レーン隊長。ロータリーまでご案内して差し上げて。」


 「か、かしこまりました。」


 エリックが珍しく強気の姿勢を見せた。流石のレーン隊長も咄嗟の一言で動揺してしまった。


 このような態度を取ったのは、たとえ偽物とは言えパーティーなのだからそのような態度を取られると不愉快だ。それと目の前の胡麻擂り子爵を威圧するため。


 ようやくレオナルド子爵は口を閉じた。


 その後も様々な招待客を相手にし、もうかれこれ2時間は色々なグループを回っただろうか。


 エリックは、お手洗いに行くと言って前の出口から出て行った。それに吊られるように招待客も後をつける。その招待客を護衛の6人の騎士が誠意一杯食い止める。何という迫力だ。


 エリックが使った出口の先には外に通じる扉がある。その扉を開けるとその先には人の晴れやかな感情を表すような庭園が広がる。


 「スティーブ、私は少し庭園を一人で散歩したいのだが。」


 「かしこまりました、殿下。少しだけなら構いません。護衛兵には私からそれとなく伝えておきます。」


 そう言うとスティーブとリーナは護衛兵の所に戻って行く。珍しくリーナは何も言わなかった。


 エリックは、テラスから階段を降り、小走りで庭園に入った。

 20メートルほど進み、大きな噴水のある区画に差し掛かった時、奇妙な気配を感じた。エリックはすぐにそれに気づき足をを止め、腰に提げている剣に手を当てた。

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国王陛下は地球人との平和協定をご所望です! 岡野碧翔 @okanonovel

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