第2話 王子の責務

 ある意味波乱だった昼食が終わり、次の予定である剣術訓練を受けるためにエリックは一人で一階へ続く階段を下り、外へ出る。

 外は太陽がちょうど真上に上りその存在を肌に感じさせる。いつもの稽古場である中庭にはすでに剣の師であるシオドリック・アン・エヴァンス(通称シオ爺)が練習用木剣二本を持って立っていた。そんな彼は元国の防衛現場のトップ、将軍であった。今は彼の子供が後を継いでいて、こうして私の剣の稽古に日々付き合ってもらっている。


 「シオ爺!」


 「おお、殿下。今日こそこの爺を倒してくださいませ。」


 「ああ、是非とも。」


 強気な発言をしてしまったが、このやり取りは毎回のお約束であり、私はまだ一度も爺に勝ったことが無い。

 私はシオ爺を前にするとつい考えてしまう。真の強さとは何かということを。彼と日々訓練を何年も積んでも一度たりとも彼の剣を凌駕したことはない。単純に経験の差だけなのか、爺はいつも「強さは真の意味で強さではない。」と言うが私にはまだ理解ができない。


 木剣を受け取る。向かい合い、ある程度の距離をとる。深い深呼吸をしながら両手でしっかりと剣を握る。練習とはいえ少しの力が入る。


 「殿下、いつものように肩に力が入っていますぞ。」


 爺は私の今の状態をすべて見透かしたと言わんばかりの笑みを浮かべている。もう一度呼吸を整え目を閉じる。

 さっきまで聞こえていたものが次第に消えていく。


 今日こそは勝てるかもしれない。いつもとは一際大きな考えを頭に巡らせつつも目の前の剣に意識を向ける。


 エリックの準備が出来たことを悟ったシオドリックは、手を下げ、棒立ちのままエリックにぴたりと剣尖を向けて言った。


 「では、参るぞ。」


 両足を前後に開き、両手で握った剣を肩に担ぐようにシオは振りかぶる。


 この構えは、彼が編み出した5連撃技【閃光】だ。前に出た左足の踏み切りで猛スピードで前進し、相手との間合いを一気に詰め繰り出す光の如く早い技である。

 私は4連撃目までは止めたことがあるが、4連撃目の後の一回転の後に繰り出される最後の一撃には耐えることが出来ない。


 シオドリックは左足に力を込めて思い切り前進する。前進をすぐに確認したエリックは、両足を前後に開き剣をシオの剣と垂直に構え受けに姿勢を取りつつも前進する。


 2本の剣が激しく衝突し、木剣特有の深い音が建物に反響して大きく響く。


 早くもシオドリックは次の攻撃を撃ち込む。2、3、4と連続技をエリックは絶妙なタイミングで剣を滑らせ躱す。


 次のシオドリックの一回転をするタイミングをエリックは見逃さなかった。いつもはここで踏み込んで剣を飛ばされて終わる。ならば今日は、距離をとって防御体制を整えよう。


 4から5連撃目の一瞬の時間でエリックは5連撃目を受ける体制を整えた。


 シオドリックは回転の後もう一度大きく剣を振りかぶり、エリックの木剣を破壊する勢いで迫った。


 再び2本の剣が激しく衝突し先程とは比べものにならないぐらいの音と衝撃波が生まれる。


 光を帯びているようなシオの剣をエリックは力の限り押し返す。シオも力をさらに込め鬩ぎ合う2本の刀身の接続部分が2センチほどエリックの方にずれた。

このままではいつものように負けてしまうと思ったエリックは気合いとともに足にさらに力を込めて押し返した。


 2本の剣は再び離れ、両者とも距離を取る。

 結果は、引き分けだ。


 「殿下、今日はいつもとは心持が違うようで。」


 息を切らしながらも強気の姿勢でエリックは言った。


 「ああ、今日は調子が良い。」


 「では、本日はここまでに致しましょう。」


 いつもは時間ぎりぎりまで行っているが、いつもと違うシオドリックの対応にエリックは驚いた。


 「だが爺、まだ時間はたくさん残っているぞ。」


 「いえ。老骨なうえ、本日はここまでとさせていただきます。では、また明日。」


 そう言うと、エリックの剣を持ち、くるりと向きを変え、シオドリックは城の中へと入ってしまった。


 エリックが5歳の時から剣の稽古をつけてきたシオドリック。エリックの今までとは違う大人びた剣を見ることができて、声を上げて喜びたいものを一生懸命我慢していることをエリックは知らなかった。



 ◇  ◇  ◇



 爺との稽古が終わり、シャワーを浴びて身支度を終えたエリックは、次の予定である騎士団王都本部への訪問のため、王城外壁通りを護衛馬車2台とともに馬車で西に向かって走っている。

 この辺りは王城の西側に位置し、貴族の邸宅が立ち並ぶ。壮大で煌びやかな様子から貴族の格の高さが見て伺える。

 前に父上にどうして貴族が存在するのかを聞いた時は、国を運営していくものがいてその運営にはある程度の地位を与えることが大切なのだとも言っていた。 私が国王になった時には誰もが等しく暮らせる国を作りたいが、平等は新たな差別を生む火種にもなりかねないことを十分に理解しているつもりだ。


 そんなことを考えていると馬車はとっくに貴族の邸宅街を抜け、道端には騎士の姿が多く見られるようになる。


 国旗と騎士団旗が掲げられた門を馬車でくぐり抜け、ロータリーに到着する。

 同じ馬車に乗っていたスティーブがドアを開け、外へと出る。騎士約20名が馬車のドアからまっすぐに敷かれたレッドカーペットと平行になるように両側に剣を構え並んでいる。


 その奥からは、騎士団団長アイザック・クレイグ・デイミアンが姿を見せた。


 「これは殿下。よくぞおいで下さいました。騎士団総員心よりお待ちしておりました。」


 「これは、団長。久しいな。」

 

 団長とは去年の建国記念祭の式典で話したきり会っていなかったのでおよそ半年振りの再会である。


 玄関前の扉前で2人は固い握手を交わす。彼の硬い手と騎士服の上からでもわかる体の大きさからはどんな時でも人一倍の努力を惜しまない彼の性格がよく分かる。


 団長とエリック、スティーブとリーナを含めた護衛若干名で修練場へと続く廊下を歩く。


 「最近の騎士団の様子はどうだ?」


 「はい。最近は街の治安も安定していますので、出動回数は以前より少なくなっております。しかし、日々の修練の成果を出す場が少なくなっており団員も少し不満げであります。我々の出動がないことが一番なのですがね。」


「騎士団の力が有り余っていることは分かった。父上に今後の騎士団について相談してみる。」


「ありがとうございます。」


 しばらくすると木製の厚く大きな二枚扉が見え、その先には修練場が広がっていた。エリックがここに来たのは初めてで、予想外の広さと修練場が闘技場のようになっていることに驚きを隠せない。


 「殿下。ここ王都騎士団本部には修練場が12ありまして、この修練場は中でも一番大きく、年に一度騎士団の模擬試合を行う場所でもあります。」


 修練場は天井がドーム状になっていてどこまでも高く、地面は少し粒の大きな砂で一面が埋め尽くされている。何人かの騎士団員が木剣で打ち込みをしていて、騎士が発する気合いがドーム状になった天井に反響し更なる迫力を生む。


 エリックが食いつくように見ていると団長が誇らしげに再び声をかけてきた。


 「殿下。そろそろ模擬戦が始まります。我が団の上位騎士10名による模擬戦です。よろしければ是非こちらの特等席で。」


 「ああ、そうさせてもらう。」


 エリック一行が席に着いたことを確認した団長は、場内にすでに整列が完了した騎士たちに向け太い声で話し始めた。


 「総員。本日は、かの偉大なる王の第一王子であられ、次期国王でもあられるエリック・アスター・ウィルフレット殿下がおいでになられた。今から殿下にお言葉を頂戴する。」


「皆、先ほどの見事な出迎えご苦労であった。今からの模擬戦も楽しみにしておる。今の騎士団の真の強さを私に見せて欲しい。以上だ。」


「「「おお!!!」」」


 観客席中央部2階まで聞こえる、騎士団員による拍手喝采。エリックの背筋に再び力が入った瞬間だった。

 エリックの開会宣言が終わり、上位騎士10名による模擬戦が披露された。200名ほど集まった下位騎士も客席で上位騎士達の見事な剣技を瞬きするのも忘れ、見入っている。

 天井がドーム状になっているからか木剣を使っていても音が凄くよく響く。城の中庭とは大違いだ。

 

 時間が経つにつれ修練場の盛り上がりもヒートアップしていき、エリックが時計を確認した時はもうすでに終了時刻をさしていた。

 興奮冷めやまぬ修練場を後にし、廊下を歩くとさっきよりも肌寒い感じがする。


 「どうですか、殿下。お気に召しましたか?」


 「ああ、王都内に留めておくのはもったいないな。」


 王都騎士団の基本的な業務は、王都の治安維持である。騎士団は各都市ごとにあり、他国と国境が近い場所は国境警備にも当たるが、ウィルフレット王国のほぼ中央に位置するこの都市はその必要がない。


 ここまで良い騎士がいて、活用しないのはなあ…。


 エリックの頭には、都市治安維持と国境警備の分業化をすると効率が良いという考えが浮かんでいた。



 ◇  ◇  ◇



 父上との対談のため再び服装を整える。

 正装は青を基調とし、王家の家紋が金で書かれたボタンが5つ付き、肩にはエポレットが付いている。この服を着ると自分が国を背負う王家であることを改めて自覚し一層気が引き締まる。王になるのはまだ20年後ぐらいのことなのであまり想像出来ないが、今から自覚させるほどの大きさである。


 「父上、失礼致します!」


 中に誰か人がいるのか、王の執務室の二枚扉は片方だけ空いていた。


 「おお、エリックか。入れ。…という訳だ。あとは頼む。」


 国防担当だと思われる10人がぞろぞろと部屋を後にする。

 最後の人が扉を閉めると部屋はエリックと国王二人だけとなってエリックは少々緊張気味だ。


 エリックと国王は足が低めで長方形のテーブルを対面で囲み二人用で一つにつながっているソファーにそれぞれ腰を下ろした。


 「どうだ、今日は騎士団に行ってきたのだろ?」


 「はい。騎士団の模擬戦を観戦しました。それと父上、騎士団長から聞いたのですが、騎士団の人員配置に些か問題が生じているようです。」


 「おお、よく気が付いたな。実は今、中央集権化を完成させるために防衛体制を見直しているのだ。国防省の管轄で軍隊を編成し国境の防衛に専念させ、国務省の管轄で騎士団を編成し国内の警邏に専念させることとした。だが、元領主の一部の反感を買っていてなかなか終了しないのだ。国王とてここまで制度改革ができないというのには全く困ったものだよ。」


 国王はため息混じりにエリックに話す。エリックはどうフォローをすべきか分からずに苦笑いする。


 自分の発言で困り果てている息子にようやく気付いた国王は、咳払いで自分の思いを吹っ切ると座り直し新たな話題を切り出した。


 「そうだ。今日は宗教国家について少し教えてやろう。エリック、宗教国家とはどのように習った?」


 「はい。一つの宗教を国家として信仰しその宗教の教典がその国の国法となる国家です。」


 「そうだ、正解だ。ではその国を支配したとしてエリックはどうやって統治する?」


 「…あまり考えたことが無かったですが……。ですが、我が国の法律では問題があると思います。」


 「そうだ。いかに我が国の法ができているからといって、宗教国家には長年信仰してきて絶対的な存在がある。それを無理に変えるとなると当然反乱が起きる。そうやって多くの大国が滅んで来た。我が国も時機にこのような国家を統治することになる。よく覚えておくのだぞ。」


「はい。心得ておきます。」



 ◇  ◇  ◇



 「殿下がこのままいけばあと20年で国王になられますが…」


 始まった。今日の予定で一番嫌なもの。会食。立食形式のパーティーの方がよっぽど楽だ。席に座る以外話す方法がないのは実に息苦しい。こういうものが今後も続くなら私が王になったら、王家との会食は禁止という国法を作ってしまうかもしれない。


 「殿下、私の故郷は国境に近く騎士団の人員が足りません。増援をお願いしたいのですが。」


 王位の話になると厄介だったが、エリックの考えを察したかのようにそれぞれの問題を話してくれた。


 「それについてだが、今日王都騎士団を見学してきた。なかなかのもので力を持て余しているようだった。父上ら聞いた話なのだが、軍隊と騎士団の違いを明確にするために今動いているそうだ。だが、一部貴族から反感を買い停滞しているそうだ。皆も今一度中央集権化への理解を深めてほしい。」


 毎度このように硬い政治の話から入ってしまうが、次第に打ち解けておかしな方向に話題が傾いていった。


 「ところで殿下。婚約はまだされないのですか?」


 「違うぞ、マート殿。殿下ほどのお方をお支え出来る女性など滅多におらないのだよ。」


 やはり言われてしまった。そして、すっかり油断をしていた。王位の話の次に厄介な話。


 「そ、その通りだ。私に見合う人などそうそうおらんからな。」


 「「ハッハッハー」」


 後ろめたさを押し切るようにエリックは無理に笑った。それにつられて他の全員が大きく笑う。きっとエリックが強がっていることを他の皆は気づいている。


 私は王位の話をするのはあまり好きではないが、学院の夏季休業中の今は同年代の者と会話する機会も減ってしまったのでたまには良いのかもしれない。大人には話しにくい色々な話もできるから。


 いつもより少々楽しめた会食が終わりの時間が近づいた。城の正門からは迎えの馬車が続々と入ってきた。



 ◇  ◇  ◇



 会食の後、入浴を済ませて執務室に戻る。中には自身の机でエリックの今日の執務の事後処理を行なっているスティーブとリーナがいた。


 「殿下、お疲れ様です。明日の予定のご確認をよろしくお願いします。」


 エリックが席に着くと時系列でしっかりと整理された一枚の紙をスティーブが手渡してきた。


 「げッ!」


 エリックは立ち上がりながら音にならない声を上げた。


 「明日だとは聞いていないぞ、スティーブ。」


 「ですから、今お伝えしております。まあ、殿下は大丈夫だとは思いますが、リーナには少々酷な予定かと…」


 「ドンッ! バサッ。」


 それなりに距離があるリーナのいる机から王都1番街の全ての住所が書かれた本が勢いよく飛び出し、スティーブに後頭部左に直撃する。


 ついに来てしまった。誕生日パーティーではない王子主催パーティー。いわゆる王家代々伝わる王子が妃を決めるパーティーである。私には例外的に許嫁がいるらしいが形だけこのようなパーティーをやらなければいけないらしい。当初の予定では冬に開催されるはずだった。これも先ほど父上が言っていた話の影響だろうか。


 スティーブとリーナのいがみ合いがようやく終わり、再びスティーブが話し始める。


 「殿下、パーティーは立食形式ですのでご安心を。殿下が各テーブルを回っていくということになっておりますので殿下が予想されていることにはならないと思います。」


 正確な射撃を成功させ少々スティーブより上に立ったリーナがスティーブを押しのけるように机の前に立つ。


 「殿下。国王陛下よりお手紙でございます。」


 「ああ、読ませてもらおう。」


 父上とは先程会ったばかりだというのに。滅多に手紙を自分で書かない父上なので恐る恐る開けてみると、確かに父上の字で書かれていた。


【あの件だが、パーティー後に紹介する。パーティー終了後に1階の第一応接室まで来ること。】


 ただこの二文だけ。このタイミングで手紙が届いたということは、「あの件」は、つまり婚約のことである。その関係からいくと「紹介する」は許嫁のことである。許嫁がいるということを知っているのは、父上と母上と私、あとは相手側のご両親なのでこのような感じになってしまったのだろう。


 父上と母上にはあまり興味がないと言っていたが実際のところとても興味がある。明日のパーティーの後までまだ結構時間があるが、今日は全然寝付けそうにない。


 エリックにとってのお楽しみの時間の前にある、形だけのパーティーを乗り越える大変さをエリックはまだ知らない。

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