国王陛下は地球人との平和協定をご所望です!

岡野碧翔

第1話 空蝉の朝

 太陽がゆっくりと姿を現し、小さな雫を帯びた草花がきらりと輝く。


 この地、ウィルフレット王国の第一王子で次期国王でもあるエリック・アスター・ウィルフレット(18歳)には、一週間ほど前から始めたとある日課がある。


 それは、城からの脱走。脱走と言ってもそれほど大掛かりなものではない。ただ朝日が昇る少し前に、城から抜け出し、敷地内北にある森に出かけるだけだ。


 私は今はこうして少し大きめの木の平行枝に腰を掛け、両手を頭の後ろで組み、そのまま幹に凭れ掛かって目を閉じている。やさしい時を告げる風を肌で感じ、柔らかな雨露の香りで心を満たし、森を蛇行するように流れる小川のせせらぎとお互いに惹かれ合う小鳥の歌声を聞く。


 以前日中に来たことがあるが、ここまでの感動を覚えるようなことは無い。このまま一生ここにいたいと思ってもそうはできない。


 「「殿下ー。殿下ー。」」


 朝の幸福感でいっぱいになっていると私を呼ぶ二人の声が聞こえてくる。もう今日はこの辺にしておかないと二人が上官に怒られてしまう。仕方なく体を起こし、木の下へと飛び降りる。


 「殿下。やはりここにおられましたか。」


 「まったく、これだから殿下は。」


 最初に私を発見したのは、スティーブ・ハルフォード。18歳。ハルフォード侯爵家の次期当主。紺髪でいかにもスポーツ万能そうな爽やかな顔立ちの青年である。


 次に私を発見し、何か一度でも変なことを言えば怒りが爆発しそうなのは、リーナ・スレイド。17歳。スレイド伯爵家令嬢。流した焦げ茶色の髪は腰まであり、風に靡くととても美しい。だが、性格が目つきに表れている。そしてなぜか私に対してきつい。  

私がこの城内で彼女以上の存在をまだ知らない。


 次第にエリックは、リーナの視線に耐えきれなくなった。


 「すまない。」


リーナはエリックに近づき怒りが込み上げてくるような態度で言った。


 「すまない、ではないですよ。大体この一週間毎日この様子ですから。今日だってスティーブはちっとも起きないし、もう本当に困っていますので。」


 「分かった。分かった。」


リーナの圧力に完全に押されがちなエリックを見かねたスティーブが間に入って言った。


 「殿下、まもなく朝のお食事の時間です。それと、本日の執務の内容につきましてはお食事を取られた後に執務室にてお話致します。」


 先程まで腰を掛けていた場所に名残惜しさを感じつつも、城へと向かう。


空は青く白一つ無く澄み渡っているのになぜかエリックは踵をいつもよりも引きずって歩いている。



 ◇  ◇  ◇



 少し急いで廊下を歩き、ダイニングルームの扉を開ける。もう家族は揃っていた。いつも通りの自分の席に着く。この部屋には大きなダイニングテーブルが一つあり、それを家族5人で囲んで食事をする事になっている。昼は個々の執務などで別々になり、夜は日によっては1階の大広間でパーティーが執り行われるので、実際のところ家族がこうして一つの席を囲み食事をするのは、朝だけなのである。


 「また、どこかへ行っていたのか?」


 この国の国王であり私の父上でもあるオーガスト・アスター・ウィルフレットが呆れた口調で聞いてくる。もちろん朝早くに城を抜け出し、北の森に出かけていたことは内緒なので当然ながら口籠ってしまう。


 「あなた、最近エリックに厳しすぎではありませんか?」


 幸いなことに母上セシリア・ネスター・ウィルフレットが間に入ってくれて国王はそれ以上何も言わなかった。


 このような父上だが、つい最近まではこうではなかった。王としては今でも部下の信頼厚く、様々な改革事業を成し遂げている。だが、以前のような常にやさしく、私が国王になったときのために様々なことを聞かせてくれる父上とはどこか人が変わったようだ。

 というのも、最近国内外問わず様々な問題が上がっているらしい。地方の総督が国の目を盗んで民から取った税金を一部自らの懐に入れていたり、同盟国であるシュヴァイバル王国が北方の遊牧民に度々攻撃を受けていて、攻撃の度に我が国も援軍を送って沈静化しているが限が無かったり。このような状況下なのできっと父上も大変で落ち着かないのである。自分はここ一週間朝だけだが軽い家出をして現実逃避をしていたが、父上なら絶対そんなことはしない。むしろ王はそれが出来ないのだ。私も父のような偉大な国王になれるようにもっとがんばらなくては。


 と、エリックが考えていると、バターのふんわりとした香りと共に朝食が運ばれてきた。


 「本日の朝食をお持ちいたしました。本日は、クレシー風サラダ、ポロネギのヴィシソワーズ、トーストとオレンジやベリーなどの数種類のマーマレード、スクランブルエッグ、ベーコン、3種類のフルーツの盛り合わせにお飲み物各種をお持ちいたしました。」


 丁寧な説明をしてくれたのは、王室ヘッド・コック(総料理長)のエディー・ガレイだ。彼はこの国で一番の料理人だと言われていて、料理はこの上なく素晴らしい。だが、ここ一週間ぐらい私は彼の料理を味わった感じがしない。


 家族で囲む食卓は会話がここのところ弾まず、父上はいつも何かの書類を見ながら食事をしている。自分の今の立場、すなわち次期国王としての立場。その責務の大きさを改めて感じ行動を改めなければならないと思ったとても短い一時間だった。



 ◇  ◇  ◇



 「こちらが昨夜にお伝えした本日の御予定でございます。」


 執務室の自分の机に座るエリックにスティーブが何やら細かく書かれているスケジュールを渡してきた。


・09時00分 手紙等の資料整理

・09時45分 執務室にて安全保障学、アウレス哲学の学習

・11時05分 執務室にて軍事史学、地理学の学習

・12時15分 自室テラスにて昼食

・13時00分 剣術訓練

・15時00分 休憩

・15時35分 騎士団王都本部訪問

・16時30分 国王陛下と会談

・17時45分 客人用ダイニングルームにて会食

・20時00分 記録作成

・20時50分 入浴

・21時25分 ミーティング

・21時45分 就寝


 今日は学院が休校なので休日だがこのように朝から晩までびっしりである。このようなスケジュールを見ると毎回どうしても気が遠くなる。また、今日の夕食は普通と違い会食である。それも私が一番嫌いな上級貴族の嫡男達と食卓を囲み、食事を取りながら今後のウィルフレット王国について話すのだ。決して悪い人達ではない。むしろ良い人のほうが多い。だが、実家の権力を振りかざし自分より下級の貴族を悪く言ったり、私に媚を売りに来たりするなど嫌な奴も若干名いるのだ。立場上仕方がないことだが、困ったものだ。彼らは自重というものを知らないらしい。


 「これまた、すごい量ですね。」


 横から覗いていたリーナがぼそっと呟く。


 「だったら、もっと減らしてもらい…」


 「さあさあ、もう9時から3分過ぎていますよ。殿下。」


 「何か問題でもありますか?」と言わんばかりの涼しい顔でこちらを見てくるリーナ。彼女の圧に押され、これ以上は敵わないと思ったので執務に取り掛かることにした。


 まずは、手紙の整理。整理といってもただ並べるのではなく、中身を読み、返事を作成するまでが仕事だ。父上と違って私は王子なので、国政に纏わる事は無い。ほとんどがパーティーの招待、貴族からの婚約の申し込み、訪問・視察のお願いなどである。 

 パーティーの招待の手紙は2通、伯爵家のエイマーズ家と男爵家のプレスコット家から来ていた。どちらの家も私と同じぐらいの令嬢がいるので婚約絡みの案件だということは分かりきっているが、これも王室と貴族の付き合いのため出席することにした。勿論結婚を申し込まれたら丁重にお断りするつもりだが。


 先の通り貴族からの婚約の申し込みはかなりの頻度であり、私がこうして毎朝手紙を一通ずつ確認することを良いことに手紙で令嬢の写真と共に婚約の申し込みが送られてくることもある。中身を確認しなくても純白で長方形の封筒にバラ模様の判子で封がしてあれば、今日は3枚来ていることがよく分かる。その後全ての封を開けたが、予想は見事的中した。

 もう結婚してもおかしくない年齢だが、私には公表はしていない許婚が居るのでお断りだ。父上は第二婦人までいるから問題は無いのだが、その辺に関してはまだ自分自身よく分からない。というか恋愛経験が全く無いので分からなくて当然である。返信は書かずに破って廃棄。時すでに遅いが、手紙に入っていた令嬢の写真も同時に破ってしまったのでなんだがすごく申し訳なかった。


 訪問・視察に関する手紙が9通来ていた。まずは、王都5番街第2広場の定期市の視察願い。この定期市では、国内産の食品や雑貨がブースごとに分かれて販売されていることは勿論のこと、国内ではまず手に入れることは出来ないものも売られている。その為、開催日には多くの人が詰め掛ける。私の警護担当的には護衛任務が全うできないという理由で断るように強く言われるが、他国の珍しいものが見ることが出来てとても興味深いので毎回行くことにしている。王都商人組合長ハーリー・ボルド宛に是非行かせていただくという返事を書く。


 次は、コッツウォル村の夏野菜収穫祭への招待。コッツウォル村は国内で流通している青果の30パーセントを生産する大きな村である。「青果生産なしにコッツウォル村はない」といっても過言ではないぐらいの生産地で毎年この時期になると、今年の豊作を祝うための祭りが催されるのである。これは、今まで出席したことが無かったが行くことにした。コッツウォル村村長宛に手紙を書く。


 このような訪問や視察には、例え国内のどこであろうと、時間の許す限り赴くようにしている。理由は色々とあるが、一番の理由は多くの人私をに知ってもらうということだ。また、父上がその先代の国王が無くなってから法や制度など時には一部の民の反発を招くような政策をやったのだ。そこで反発を招いた一因として、民と触れ合う機会が少なかったことが挙げられる。「どんなに良い法律を作っても、それに縛られ生活をするのは民である。」父上に昔教わった言葉だ。その影響もあり、極力各地を回ることにしている。その後も7つほどの手紙の返信に往くことを書き本日最初の執務は終わった。



◇  ◇  ◇



安全保障学、アウレス哲学、軍事史学、地理学はそれぞれ1000ページ近くある書物を元にして日々勉強している。ウィルフレット王国が戦争をするとき、軍隊の実質的な指揮官は将軍であるが、国王が最終的な判断を下す為ある程度のことは理解しておいて損は無いと思う。


 今日の範囲、「国家と国家に属さない民族(今話では以下遊牧民とする)との衝突」はとても興味深い。それと同時にとても難しい問題であると思う。国家と遊牧民は今シュヴァイバル王国が抱えている問題でもある。シュヴァイバル王国の場合、何回も争いが起こっている原因の1つとして領土問題が挙げられる。定住型遊牧民が住み始めた時期と国家が出来上がった時期が曖昧で、仮に征服して法による統治を行おうとしても独自の文化や風習が行く手を阻むのだ。いずれ私が王になった時、同じような場面に遭遇するかもしれない。


 「世界の文化・風習を学べばより多くの国と分かり合い同盟を結べることが出来るな。」


 2時間と少しの座学が終わり、本日9時3分以降始めての休憩に入る。休憩と昼食を撮る時間は、約30分。次の予定の移動時間もあるのでこれぐらいが妥当だろう。自席を立ち、テラスへ移動する。


 「殿下、我々は一度失礼いたします。」


 私の午前の執務が終わるのを確認した二人は早々と扉の前へと向かっていく。


 「あ、ちょっと…」


 「ちょっとって何ですか? 殿下。」


 リーナがエリックの考えを読んだかの如く、冷たい視線でこちらを見てくる。


 「あのだな…、えっと…。」


 スティーブがリーナの悪巧みにはっとした顔でようやく気づく。


 「殿下やはり昼食はご一緒させていただいてもよろしいですか?」


 「ああ、勿論だ。」


他の臣下にはそれなりの態度でいつも接する私だが、この二人の前だとこのような感じになってしまう。

二人とは幼馴染でもあり、小さなうちから城内で一緒にいた。スティーブは、相変わらず気前がよく私のことを良く理解してくれる。だが、リーナは学院中等部に進学したぐらいから私に対してやたらと冷たいのだ。前は「一緒に手を繋ごー。」と満面の笑みで言って…。


彼女の顔色がさらに良くない感じに変化したのでやめておこう。


「次の予定まで時間が無い。昼食にしよう。」



◇  ◇  ◇



 エリックは、一人の昼に付き合ってくれるせめてものお礼と思って二人には、自分とと同じメニューを持ってこさせることにした。


 今、私達は執務室の外にあるテラスで昼食をとっている。ここは王城本棟の6階あるうちの5階であり、この王都全体を最上階ほどではないが贅沢に一望できるのだ。今は昼だが、夜には街明かりが溢れとても絶景である。いつか大切な人とここで過ごしたい。昼食のサンドウィッチを食べながら将来について考えていた。


 「スティーブは将来やりたいこととかあるのか? 執務中でもなく公の場でもないのだから自由に言っていいぞ。」


 「はい。私は殿下の傍で将来ずっと働きたいです。」


 「私もスティーブが隣にいてほしい。」


スティーブが軽く照れながら頭をかく。


 「リーナは?」


 ソーサーを持ちながら紅茶を啜っていたリーナがエリックに顔を向ける。


 「私は好きな人もおらず、他の貴族のところへお嫁には行くつもりは無いので、殿下が国王になられた暁には我がスレイド家の爵位をもう1つ上に上げていただければもう何もいりません。」


 と、ずるそうに笑いながらリーナは言った。


「それは…、無理なお願いだな。」


「好きな人もいないって、リーナ。前の訓練の昼休みで昼寝をしている時ずっと「殿下~、殿下~」って言っていたあれはなんだったのだ?」


 とぼけた様子でスティーブが聞くがそれと同時にテーブルの下で「ドカッ」と音がした。いつもの冷静さを保とうにも保てないリーナは、顔を真っ赤にして下を向く。一方の元凶は、椅子から床に転げ落ちて右足の脛あたりを摩りながら、痛みを堪え悶え苦しんでいる。


 本日の昼の休憩の30分間は、リーナの冷たさが崩れた表情を見て、スティーブが軽症を負って終了した。ここ最近で一番美味しい食事となった。

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