第5話 ありがとう

「緊張するな……」


俺は今、実家の1階で営業している床屋をうろうろしている。

あれから2週間ほど経った。一色さんとはスマホで何度かやり取りをして、色々と事情を知った。


そして今日、ついに意を決してか、一色さんが家にやってくる。正確には美容院だけど……


「変じゃないかな?」


鏡に写る自分の顔を何度も確認する。できるだけかっこいいほうが良いしね


ピロン、とスマホが音を鳴らす。確認すると、一色さんからだ。


「もうすぐ着きます」


と、短いメッセが送られていた。


「上手くできるかな……」


彼女の相談に乗っている内に、自然と俺が髪を切ってあげる流れになった。もちろん無料で。

さすがに無料と言ったら一色さんも驚いたようで、強く拒否してきた。しかし、俺はアマチュアである。


もちろん、両親の許可もとってある。今日は店の隅っこでやるつもりだ。

色々不安はある。もちろん、一色さんにも言えることだ……


あれこれと考えていると、カランカラン、と店のドアが開いた。

見ると、女神がいた。


……落ち着け俺、これは女神じゃない。一色さんだ。いや、一色さんが女神じゃないかと言われなたらもちろん女神だって強く言うけど。


「あの、染川君………」

「あっあっ……、いっいらっしゃい一色さん!!」


なんでこんなに緊張するのだろう……

別に女性が苦手とかいうわけでもないのに


「今日は本当にありがとう……よろしくお願いします」

「いえいえ!こちらこそよろしくお願いします!!どうぞこちらに!!」


一色さんを隅に案内する。店の奥で親父が心配そうな、嬉しそうなニヤニヤした表情をしているのが見えた。


そんな顔で見ないでくれ……



「染川君、本当にいいの?」

「え?」

「その……無料なんてしてもらって……」

「ああ……」


一色さんはやはりその事が気になっているらしい。当然の反応なんだろうけども


「俺は正式に働いてるわけじゃないし、アシスタントにもまだなれてないから、むしろそれでお金を取るわけにもいかないよ」

「………そう…なんだね……分かった、そういうことならお言葉に甘えさせてもらおうかな……」


一色さんを座らせて、こちらも色々と準備をする。


ん……落ち着いてきたな…なんとかなりそうだ


一色さんは黒髪ロングが特徴的だ。前髪は少し長めである。しかし、彼女はこの髪型があまり好きではないらしい。


なぜ自分で切ったり、美容院に行かなかったのかは、まだ聞けていない。


ただ、今の雰囲気を変えたいと、彼女は言っていた。


俺はどういう髪型にしたらいいのか、物凄く悩んだ。正直、一色さんならなんでも似合うと思うし、今の黒髪ロングの状態は完成されているとまで言える。


それを、俺の手で変えてしまうのが、少し怖い。


もし彼女の満足のいかない仕上げになってしまったら……?

紅葉のときとはわけが違う。少しの失敗も許されない。

ありもしない、プロ意識が芽生えてくる。


俺は、今朝まで悩んで悩んで、悩み抜いて、ようやくたどり着いた、一色さんに似合うと思った髪型を思い出す。


「じゃあ、切るね」


そう言うと、俺は彼女の髪に手を伸ばす。ツヤツヤとした、綺麗な髪。少しずつ、丁寧に切っていく。






一色さんは、終始無言だった。

俺も話せる余裕はなく、この空間だけが静寂に包まれていた。



「終わったよ……これでどうかな……?」


鏡を持って後ろ髪を写しながら、一色さんに訊ねる。


数秒、一色さんは黙り込むと、コクリと頷いた。


良かった、ということだろうか……イマイチ分からない。


「私」

「え?」

「ずっと変わりたいって思ってたの……この性格も髪型も……でも怖かった。自分が自分でなくなってしまうんじゃないかって」

「……………」

「17年間の私が一瞬でなくなってしまうんじゃないかって……たかが髪を切ることに、なんでそんなに思いつめるの?って感じなんだろうけど……」

「どうしても、変わりたかったから。あの日、染川君に思い切って話しかけて良かった……ありがとう」


一色さんは目に涙を浮かべていいるのが鏡越しに見えた。


俺は少し困惑した。なぜ、彼女がこんなにも髪を切ることに特別な思い入れがあるのか分からないから……


ただ、怖かったのだろう……言い出すのが、決意するのが……

そして………






ありがとう。

そう言われて、俺の心は温かくなっていた。





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イメージカラー変えてみる? 就活大変 @ashmaroon

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