第3話

深いあくびが出る、朝方の通学路の足取りが重い。

結局昨日は師匠と夜遅くまで、ゲームをしていた。最後の最後まで俺が勝つことはなく、恵里奈は俺が負けるたびにバカにしてきた。俺は誓ったのだ。立場逆転を引き起こして、師匠を涙目にすると。そのためには練習あるのみ!

 俺と同じ制服に身を包んだ生徒が、隣を通り過ぎていく。眠くて足取りが重い。

 朝食をまだ食べていないのも原因かもしれない。

 夜遅くまでゲームをしていたのが反動としてやってきて、いつも朝はご飯を作っていたのだが、今回ばかりは出来なかった。

 だから、コンビニに寄るつもりでいる。

 朝食と昼食、ついでに3カ月分のネットチケットも買わなくてはいけないので。

 渡したとききっと恵里奈は、「ふっふーん♪」と得意げに笑いながら語尾に音符をつけるだろう。

 そうこうしているうちに、コンビニが見えてきた。

 というか俺のマンションの立地はとてもいいな。

 コンビニや公園が近くにあるし。隠れ家的電気屋や商店街、学校まで近くにある。アクセスに便利なマンションなのに家賃が安い。完璧だな。

 おにぎりとたまごサンド、お茶を取りながらそんな事を思う。

 そして忘れずに、3カ月分のネットカードも棚から取り出す。


 「おはよう~桜くん」


 「おはよう師匠。なんでそんなに血色がいいの?」


 後ろを振り向くと、恵里奈がにこやかに手を振りながら立っていた。

 まぶしい笑顔を湛えた師匠は、訝しげに首を傾げ、


 「逆に桜くんは血色が悪いけど、どうして?」


 どうしてって。

 夜中までゲームをしたらあたりまえのことでは。

 それなのに恵里奈は、何事も無かったかのように涼しげな顔をしている。普段どのくらいゲームをしているのだろうか。


 「そんなことより、約束通り、品をご用意いたしますよ」


指先で挟んだ物を、ひらひら見せつけるようにちらつかせてみると、背後に立つ恵里奈は瞳を子供のように輝かせ、


「本当に買ってくれるんだ!嬉しいよ!」


「約束したんだから、あたりまえだろ」


苦笑しながら立ち上がる。


「そういえば、どうしてここに?何か買いに来たの?」


「違うよ。桜くんの姿が見えたから、ただ来ただけかな」


そんな事を、微笑みながら言う。

この微笑みによって、うちのクラスの男子は落とされていくのか。純粋無垢って怖い。

俺は妙な高鳴りを感じながら、視線を逸らし、「なるほど……」と平静を装いながらレジに向かう。

店員が手慣れた手つきで品を捌き、会計を済ませる。なかなかにお金がかかった。

一度店を出て、レジ袋からネットチケットを取り出し、隣でそわそわしている師匠に手渡すと、


「ふっふーん♪。ありがとうございま〜す」


満足そうに受け取った。

思わず笑ってしまい、恵里奈には肩を小突かれてしまった。

そこからは一緒に学校へ向かうことになった。

いつもの道を歩く。

今日はなんだか景色が違って見える。

何故だろうか。先程まで眠くて足取りが重いと感じていたのに。

隣に恵里奈がいるから?

……うん。間違いない…それだ。


「な、なぁ。恵里奈はいつもこんな感じに登校してるのか?」


先程から道行く道を、同じ高校の生徒に見られ続けている。恵里奈を見ているつもりだろうが、隣を歩いていると俺まで見られているんじゃないだろうかと、錯覚してしまう。正直、むず痒くて気持ち悪い。


「うん……」


「よく平然としていられるよ。俺だったら死んでるかも」


「そこまで?」


隣で恵里奈は微笑む。


「もう慣れちゃったから、何も思わないかな」


「慣れたか…そんな前からこんな事が毎日続いていたのか。大変だな」


周りの生徒がチラチラ恵里奈を見ている。

恵里奈が美人である以上、仕方のないことか。

あれ?もしかして俺。今役得なんじゃ……


「おい、天使が降臨なされたぞ。今日は朝から幸運だぜ」


どこからかそんな声が聞こえてくる。

恵里奈は天使と形容されているのか。

今の声は俺にも聞こえていたのだから、恵里奈にも聞こえているはず。にもかかわらず、こんなに落ち着いているとは……は…でもなかった。若干紅くなっている。


「ところで隣の奴は誰だ?馴れ馴れしく隣を歩きやがって。……もしかして男か?男かなのか?そうなのか!?」


見られることが気持ち悪いと感じたが、これはこれで悪くないかも。


「んなわけないだろ。四条さんと釣り合う男のわけないだろ」


「だよな。アハハハハハ」じゃないわ!

たしかに釣り合わないけれども。

そんな事言われなくともわかってる。

だけどそんなに言わなくても……いや、別に悲しんでるわけじゃないから!


「大変だな……」


思わず零れてしまった。

恵里奈が見上げる。


「確かにそうかもしれないけど、良いこともあるよ」


「例えば……?」


「私が悪いことをしても、あまり咎められない」


この子凄いことをさらっと言っちゃったよ。

みんなは、恵里奈のことを天使という。だけど、どっちかというと、


「恵里奈って小悪魔だよな」


「そんなことないよ〜」


笑顔で言わないでほしい。

と、その時だった。

前方から、坊主頭のいかにも野球部に入ってそうな生徒が近寄ってきた。

察した俺は、後退する。


「あの!四条さん、これ受け取ってください!」


その手には手紙が握られていた。謂わゆるラブレターってやつか。

恵里奈は笑顔を絶やさず、それを受け取る。


「はい…」


「それじゃ、俺はこれで!」


頰を紅潮させた野球部は、神速の如き疾駆で消えていった。

漫画みたいだ。


「モテるな」


「そんなことないよ」


ラブレターはバッグの中にしまわれた。


「毎回こんな感じ?」


「毎回ってわけではないけど、多いかな」


 さもあたりまえのことのように言う。

 程なくして学校が見え始めてきたときのことだった。

 後ろから再び声がかかる。


 「おはよう、恵里奈ちゃん」


 快活に笑う男が近寄ってきた。

 同じクラスで名前は本田ほんだ大河たいが。少し茶色がかった髪をしているイケメン君。恵里奈がつるんでいるグループの一人だ。

 彼も恵里奈同様に学校では有名だ。自然と視線が集まる。

 すごく居心地が悪い。


 「桜くんもおはよう」


 「おはよう」


 大河は恵里奈を挟むように並ぶ。

そして二人の会話が始まった。俺はただ俯瞰に眺めるだけだった。

すごく画になる。唐突にそんな事を感じてしまった。それと同時に、自分の場違い感にも。

ふと、胸が締め付けられる。

なんだろうか、この感じは。


「そういえば、貸した本、読んでくれた?」


「うん、読んでるよ。まだ途中だけど、主人公が自分の思いをぶつけるところとか、とても良かったよ」


「そう!俺もあそこ好き」


大河は嬉しそうに笑う。

恵里奈はそれに応えるように微笑んだ。俺と話す時とは違う笑い方をして。

早く学校に着かないだろうか。盛り上がる二人の間に入るのは、忍びない。

仕方なく、視線を彷徨わせる。

まだ肌寒いが、天気は良好。今日は雨が降らないらしい。明日は悪いそうだが。

ぼんやりと空を眺めていると、目尻に光が当たり、視線が下がる。

視線の向かう先には、黒光りする光沢が揚々と輝き異彩を放つリムジンが停車していた。傍らには召使いだろう、スーツを着た年配の男が屹立している。

この通りにはあまりにも場違いなため、俺だけではなく、恵里奈や大河も釘付けだった。

横断歩道を待つ傍ら、リムジンを見ていると、建物から一人の少女が出てきた。年は同じくらいだろう。栗色のゆるふわヘアーが目立つ。それだけではない、グレーの上品な制服も特徴的で、それだけでどこの高校出身であるのかが予想がつく。


神明しんめい学園の生徒だね」


恵里奈が誰とはなしに、そう言った。

神明学園は、この地域では有名で、エスカレーター式の謂わゆるお金持ち学校だ。目の前の女の子は気品に溢れている。

ふと、件の女の子と目が合う。

こちらに微笑みを向け、一礼をし、リムジンに乗り込んだ。執事もそれに倣い、リムジンを発車させた。


「桜くん。知り合い?」


恵里奈が目を丸くしながら訊いてきた。


「ん。幼稚園の頃からの友人だよ。なんでこんなところにいるのかは知らないけど」


 大河も口を開いた。


 「美人な子だね」


 「まあ、そうだな」


 振り返りながら答えると、大河は微笑んでいた。








 4時間目の授業の終了を告げるチャイムがなり、昼休みが始める。

 各々好き好きに行動を始めるが、さて俺はどうしたものか。

 いつも一緒に食べている友人は、予定があるらしく一緒に食べることが出来ない。

 今日は一人か。

 しょうがない。屋上でも行くか。あそこは誰もいないし。

 教室から出るときだった。


 「桜くん、今いいかな?」


 恵里奈に呼び止められる。


 「どうしたの?」


 「一緒にご飯食べない?みんな委員会とかでいなくて……」


 「ちょうど俺も一人なんだ。屋上でいいかな?」


 「もちろん!」


 恵里奈は嬉しそうに笑った。

 教室を出て行こうとするので、俺は後を追った。


 「恵里奈、背中にごみがついてる」


 優しく肩を叩いてはらう。


 「ごめん。ありがとう」


 礼を述べた恵里奈は、思わず見惚れそうな笑顔をした。

 



 屋上にて。

 会話に花を咲かせていた。


 「桜くんも充分に強いよ」


 昨夜のゲームについてだ。

 現在の恵里奈は興奮気味で、周囲に人がいないことをいいことに、その口調はおどけている。


 「よく言うよ。後半なんて逆転不可能な点差がついていただろ。あれで俺が強いって……いや、師匠がバケモノすぎるんだよ」


 「まぁ、一応師匠ですから。弟子に負けるわけにはいかないのです」


 えっへん、とでもの言うかのように胸を張っている。嬉しそうだ。

 俺は続ける。


 「しかも、自分が一番得意なハンドガンでも負けるなんて、ショックで死にそうだよ。指切りには自信があったのに……」


 「私に言わせれば、まだまだかな」


 「いやいやいや、恵里奈はおかしいから。セミオートのハンドガンが、ほぼフルオートになってたから。マイク越しに聞こえて来る音が、壊れそうなほど軋んでたから」


 「全然全然。そんなことじゃ、師匠である私に勝てないよ?」


 にやけ顔が小癪だ。

 ぜっっっっったいにいつか俺が勝ってやる。憶えてろ!

 そんな事を胸に刻んでいると、勢いよく鉄製のドアが開け放たれる。

 すばやく視線が向く中、影の奥から出てきたのは、大河だった。その表情は重たく焦燥に駆られている様子だった。

 何事か恵里奈は首を傾げ、大河は掠れた大声を上げた。


 「やっと見つけた!恵里奈ちゃん大変だ。おじいさんが倒れたみたいだよ!」


「えっ……」


時が止まった。言葉通りに、恵里奈の動きが。

大河は身振り手振り混じえて、


「今病院に運ばれたって連絡があって!」


恵里奈身を乗り出して、大河の両肩を強く掴んだ。


「どこの病院!?」


「わからない。でも、下で先生が……」


大河の言葉を最後まで聞かず、恵里奈は飛び出して行った。あんな焦りようの師匠を見たことがない。

おじいさんとは誰のことだろうか。

俺はまだ知らないことが多すぎる。

一人状況が飲めず、呆けていると、大河が近づいてきて言った。


「桜くん放課後少しいいかな?」


別に問題のなかった俺は、頷いた。

もしかしたら、今回のことを話してくれるのかと思ったからだ。少しでも恵里奈のことを知りたいとも思ったからでもある。





 肌寒い空気が流れる。

 今は、大河と帰路についていた。

こうして歩くのは初めてだ。基本的に、大河と恵里奈たちとは学校で絡むことが少ないのだ。クラスの仲が悪いというわけではないが、大河と恵里奈のグループ、俺とまた他のグループというように、それぞれ形成されている。

だから、恵里奈とゲームで繋がることができたのは、正直嬉しいことだった。

大河がこれから話そうとしていることは、予想通り恵里奈のことらしい。

その恵里奈だが、あの後、早退をしていた。親族が倒れたとなれば、あたりまえのことだけど。

これで、恵里奈の取り乱しを見たのは2回目だ。1回目は可愛らしいものだったけど。

思わずにやけてしまった。


「桜くんは、恵里奈ちゃんのことをどう思ってるの?」


今の顔を見られたのだろうか。

面を上げたが、大河は前を見るばかりだった。


「いきなりだな。そうだなぁ、底の知れない人かな」


ゲームのことや性格のことを踏まえて。


「そうなんだ…」


静かに答えた。

再び沈黙が流れる。


「大河はどう思ってるんだ?」


逆に訊いてみる。

大河は前を向いたまま答えてくれた。


「それは着いてから答えるよ」


「今どこに向かってるんだ?学校から随分離れてきてるみたいだし」


「公園だよ。今の時間帯は人が少ないだろうから」


大河の声は普段よりも重たく答えた。

帰りのホームルームが終わるとともに、大河は俺に話しかけてきた。

「恵里奈ちゃんのことで話したい。行こう」その言葉とともに俺たちは、教室を後にした。

余程重たいことなのだろう。

だが公園まで離れる必要はないはず。

うちの高校は、部活動に所属している生徒は多い。所属していなくとも、三々五々帰っていくものだ。だから、教室からはすぐに生徒はいなくなる。人気のない場所など作りようがあるのだ。

それでも公園へ移動か。


「そういえば、恵里奈とは幼馴染なんだよな?やっぱり小学校から一緒とか?」


「まぁね」


短く答える。


「昔から、学校にいるような落ち着いた人だったの?」


「そうだね。幼い頃はもう少し活発だったけど、年を重ねるごとにあんな感じになっていったよ。静かさ本当に」


なら、ゲームをしている時やたまに俺の前で見せる幼さは、彼女の素ということか。なんだろう、むず痒い。

幼馴染である大河でさえ知らない、恵里奈の表情。それを俺だけが知っている。

……嬉しい。そんな事を思ってしまった俺。気持ち悪いぞ。自重しろ。

公園が見えてきた。

普段は親子の利用率が高いが、時間帯も遅いため公園には誰もいなかった。

前方を歩いていた大河がおもむろに止まり、こちらを仰いだ。


「さて、話を始めようか」


俺が頷いたら、


「不用意に恵里奈と話さないでくれるかな?」


雰囲気が変わった。

そのせいで、言葉を理解するのに少し時間を要してしまった。


「何を言っているんだ?」


「理解できないかな?言葉通りなんだが。ならもう一度言うよ、恵里奈に近づくな」


眼前で言ってくる。

あまりの変わりように、俺は一歩後退した。

大河の言っていることは、理解しているつもりだ。だが何故、そんな事を言い始めたのだろうか。


「随分な言い草だな。てっきり俺は、今日のことを教えてもらえると思っていたんだが、いきなり近づくな、か……そもそもお前にはそんな権限はないだろ。付き合っているわけでもなさそうだし」


静かに反論した。

大河は近くのベンチに座り、膝を組んだ。


「ああ、付き合ってはいない。だけどそんなことどうでもいいんだよ。ただの感情の問題。気に食わないんだよ」


暴論だな。

まさか大河がこんな奴だったとは思わなかった。


「だいたいなんだよ。恵里奈って、呼び捨てにしやがって。俺だって本人の前で呼び捨てで呼んだことがないんだぞ!」


「だから居ない時には呼び捨てか…」


「あぁっ!?」


激昂した大河に胸倉を掴まれる。


「落ち着けよ。逆鱗に触れたのなら謝る」


「むかつくよ。お前のそういう所。全てを見透かしたような落ち着いた態度が、癪に触る」


性格を揶揄されても困るな。


「俺だって最初は『四条さん』って呼んでたよ。だけど恵里奈自身がそう呼んでくれって言ったんだ。他人にどうこう言われる筋合いは無いな」


俺の言葉に、大河の瞳の奥深くに蠢く黒い感情が揺らめぐ。


「そもそも、お前と恵里奈はそんなに仲良くなかったろ。呼び捨てで呼んで良いと言われるほどの仲は無かったはずだ」


言葉に詰まるな。

恵里奈と仲良くなったのは、ゲームがあったからだ。だけど、恵里奈がゲーム好きなことは言えない。

対して理由なく仲良くなったなんて、大河が許すわけがないはず。


「以前電気屋で、会ったんだ。その時に探し物をしていて、それを手伝ったのをきっかけに仲良くなった。それからやりとりするようになったんだ」


嘘はついてない…つもり。

昨日の出来事で、一気に仲良くなったことを除けば。

この理由なら不自然ではないし、大河が恵里奈に訊いた場合でも、電気屋というワードがあれば、話を合わせてくれるだろう。

大河は手を収めてくれるが、追撃は止まらない。


「まだ釈然としないな」


「そんなことを言われても困る。一応事実だ」


「俺は幼い頃から恵里奈とは仲が良いんだぞ。それなのにぽっと出のお前が先に、俺よりも上をいく親密度になったのが、納得いかない」


大河の言い分に、ひどく頭痛がする。

恋はここまで人を盲目にさせるのか。そして感情的になると、理性を失い過ぎる。まったく話が通じる気配がない。泥沼にはまった気分だ。


 「しかも今日は、屋上で二人っきりで昼食を摂ってた。とても楽しげに。見たことのない笑顔だった」


 俺はわざと大河に聞こえるように、ため息を吐いた。


 「俺のことが嫌いなことは充分に伝わったよ。むかつくのも無理はない。その様子じゃ前から恵里奈のことが好きなんだろ?」


「ああ。だからどこぞの馬の骨が気に食わない。俺は小さい頃から恵里奈と一緒だ。それなのに、彼女は振り向いてくれない。いつまで経っても平行線だよ。敬称が抜けきらずに、呼び捨てだってできないし。だから、お前みたいなやつが現れて、むかつくんだよ!」


「大河は、恵里奈のことをちゃんと見ているのか?」


感情的になる大河とは裏腹に、俺は冷静に聞き返した。

目の前の男は、ただ眉間にしわを寄せるばかりだった。


「見てるに決まってるだろ。恵理奈は静かだが、よく笑う子だ。俺たちといる時なんかよく笑う。だけど、違うんだよ。笑い方に違和感があるんだ。昔とは違う。でも、でも!お前といる時だけ、そんな笑い方をしてるんだよ!」


掴まれた両肩に力が入る。

このまま俺を殺すんじゃないかと思うぐらいに、大河は怒り狂っている。

俺が思うよりも、大河の感情は揺らぎに揺らいでいるはず。十年以上も積み重ねてきた物が、荒木桜という知り合って数ヶ月の男に越されたら、まさしく怒髪天だろ。俺が大河の立場だったら、そうなっていたに違いない。

だけど、だからこそ、大河にはわかってもらわないといけないことがあるだろ!


「なら、そこまで気づいてんだったら、恵里奈の気持ちも汲み取ってやれよ!彼女だって彼女なりの苦労だってあるんだ。お前だけの欲求をぶつけたって仕方ないだろ。呼び捨てで呼びたいだって?なら呼べばいいだろ!恵里奈自身それを望んでる。上から目線な言い方かもしれないけど、俺はそれを叶えた…」


大河に掴まれた両肩の手を、振りほどいて。


「たしかに俺はぽっと出だ。何年も積み上げてきたお前からしたら、俺の存在はむかつくだろうよ。だけど、人のせいにするな!恵里奈との関係が発展しなかったのは、幼馴染という関係が壊れるかもって恐れたからだろ。全てが崩れるかもって、怖かったから…それを理由に深く何もしなかったお前にも責任はあるはずだ。行き場のない怒りを、俺にぶつけるな!」


閑散とした公園に、大音声だいおんじょうが響き渡る。

大河は明らかに動揺し、口を噤んだ。

俺は久しぶりに表に感情を出したせいで、疲れてしまった。話の終わりが見えない以上、ちょうどいい。話を切り上げさせてもらう。


「もういいだろ。大河の言いたことはわかった。だけど友達である以上、付き合いを切るつもりはさらさらない。…俺は帰るよ」


 視線を自宅に向ける。

 興奮を落ち着かせていると、恵里奈の言葉が自然と脳内に響いた。電気屋で言っていた事やゲームの最中に言っていた事。ゲームをやる女子をどう思うか。呼び捨てで呼んでほしい。

 恵里奈には恵里奈なりの苦労がある。

 それを俺だけではなく大河にも知ってもらいたい。そうすればおのずと進展だってあるだろう。果たしてさっきの言葉は、響いてくれただろうか。俺から知らせるのではなく、自分から行ってもらわないと困る。

 帰路を進める。

 大河から声が掛かると思ったが、聞こえてくることはなかった。

 今回の騒ぎの口止めを要求してくるかと思ったのに。

 でもまあ。人気の少ない公園を指定した時点で、それはないか。それに今回の事を言っても誰も信じないだろう。それだけ、あいつの人望は厚いのだ。





 ※更新遅めです。




























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

瞳にうつるもの @byakugunneko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ