第2話

時刻は9時。

俺はマンションに一人で暮らしているため、食事や衣類の洗濯、掃除などの家事全般を自分でやらなくてはならない。最近は慣れてきたから、全作業を終える時間は短くなったし、苦ではなくなってきた。

長風呂を終えた俺は、ソファに寝転がり、ゲームを起動する。

今日は約束がある。

何時間か前の電気屋で、四条さんが言い放った、責任とってよね宣言。

漫画のようなイチャラブ展開を一瞬でも期待した俺はバカではないと思いたい。

返ってきた言葉は、ゲームへの招待だった。

女子とゲームが出来るのはそれはそれで嬉しいのだが、あんな男性心をくすぐる言い方をした四条さんは小悪魔だと思う。

ホーム画面で、四条さんから貰ったフレンドコードを入力して、申請が返ってくるのを待つ。すぐに戻ってきた。

パーティに招待して、ボイスチャットを始める。


「こんばんわ〜桜くん!ごめんね。いきなり誘っちゃって」


「気にすることないよ。俺も新作をやりたいと思ってたし、こうして誰かと出来るのは嬉しいから」


俺はソファに寄りかかりながら、そんなことを言っていると、向こう側からくすりと小さな笑い声が聞こえてきた。


「FPSをやる女子はポイントが高いんだよね?」


体が熱くなるのを感じる。

四条さん完全に楽しんでやがる。このまま一生ネタにされるんじゃないだろうか。


「あ〜あ。言っちゃおうかな〜。四条さんが大のゲーム好きだってこと…」


「わーぁ!ごめんなさい。すみません。調子こきました!」


今度は俺が笑う番だった。

ジド目で俺を睨む四条さんが、簡単に目に浮かぶ。


「それじゃやりますか」


「そうだね!やろう!じゃんじゃんやりましょう!」


学校で見る四条さんとは大違いだ。

それはそれで面白いから良いのだが。


「四条さんテンション高いね。そんなに嬉しい?」


「もちろんだよ。誰かとゲームが出来るなんて今までになかったからね」


「そうなんだ」


四条さんは四条さんなりに苦労してきているのだろう。

美人や美少女というだけで、色々な理想像が作られ、変にプレッシャーを受けてきていたはずだ。

俺とのゲームで気休めとなるのなら、俺はいつまでも相手をしてあげてもいいと思っている。


「変かな?」


恐る恐るといった感じに、四条さんは訊いてきた。


「別に変じゃないと思う。ただ学校と少し感じが違うからさ」


「そうかな…?その、訊いてみたかったんだけど、みんなは私にどんなイメージを抱いてるの?」


「そうだな……」


どんなイメージか。

学校での態度や容姿から察するに、


「『オホホホホ。今日も良い天気ですわね。あっ、小鳥さんあはよう。お花さんもおはよう。今日も美しいですわね』的な?」


「ねぇ。バカにしてない!?」


「ごめん、ちゃっとふざけた。確かに話し方はこんなじゃないよ。オーラの問題じゃないか?普段は落ち着いて静かなイメージがあるから。みんなは、深窓の佳人と思ってるんじゃない?」


遠くから、「そっかぁ」と聞こえてくる。


「桜くんは今もそう思う?だから、私のことを四条さんって呼ぶの?私は呼び捨てされたいな……」


どこか悲しむようでいて、拗ねているような声音が静かに漏れた。

つくづく、美人は大変なんだと思ってしまう。


「確かに俺も最初はそう考えてたよ。でも今回の件があってからは、ゲーム好きの普通の女の子って思うようになったかな。それに四条さんって呼ぶのは、入学して間もない頃から、女子に対しては、さん付けで呼んでたからその癖が抜けなくて」


「そう?」


四条さんは機嫌を取り戻したのか、声のトーンが少し上がった。

でも、完全ではないようだ。


「みんな私のことを、さん付けだったり、苗字で呼ぶんだよね。あ〜、誰か名前で呼んでくれる人いないかな?」


あれ?これは呼べと言っているのか??そうなのか???

なんだろう。期待の念がマイク越しから伝わってくるし、チラチラ見てくる四条さんが、脳裏をちらつく。

俺は、動悸を落ち着かせ、


恵里奈えりなちゃん……」


「呼び捨てがいいかな〜」


「えぇ……」


おほん。


「恵里奈、そろそろゲームをやろう…」


「うん!やろう!」


いやーーーーー!むず痒い!!!

高校で出会って、まだ日の浅い女子に対して呼び捨てはなかなかに、心に来るものがある。

しかも相手が四条さんとなると余計に。

あぁ。なんとか今日のゲームで慣れなくては。恵里奈にからかわれているのは、気のせいだろうか。

ゲーム画面でオンラインを選択して、パーティを作成する。


「何やる?新ゲームが追加されてるみたいだけど、それやる?」


「んー、最初はマルチでやろうよ。そっちだと武器が揃ってるから、新武器を使ってみたいんだよね」


迷わず俺はモードを選択する。

ふと、恵理奈が笑った。

俺は武器を選択しながら、


「どうかした?」


「せっかくだから一対一で勝負しない?」


特に問題はないので、了承した。


「それじゃ、砂戦でもしない?自分で言うのもなんだけど、結構強いからね、俺」


「へぇ〜」と好戦的で愉快そうな声が聞こえてくる。

TDMではいつも上位に名を連ねるほどの、実力は兼ね備えている。いくらこのシリーズをやっている恵里奈が相手だとしても、負けるつもりはさらさらない。

鼓動が高鳴るのを感じる。


「そんなに自身があるんだ。なら賭けをしようよ。負けた方は、相手に3ヶ月分のネットチケットをあげるってどう?」


「乗った!」


すぐに砂戦用のクラスを作成する。

絶対買って、3ヶ月分を頂いてやる!

画面がホームからロード画面へ移動する。

今、とても充実感がある。誰かとゲームをすることがこんなに楽しいことだなんて。FPSをやる友達が周りにいなかったから、ずっと一人でやってたんだよな。しかも相手が女子となるとなおさら嬉しい。

ステージが構築される。今回は船だ。比較的狭いエリアだから、砂戦にはもってこいだろう。

クラスを選択すると、カウントダウンが始まる。


「私、結構強いんだからね」


「へぇ、お手並み拝見といこう」


お互いがにやりと笑う―――





「やった〜!3ヶ月ゲット!!」


「嘘ぉぉぉおおお!!!ま、待って、嘘でしょ!えっ、恵里奈強くない!?」


動揺する中、「3ヶ月分ありがとうございます」という、恵里奈の興奮声が耳朶を舐めた。

恵里奈とは30点先取で戦った。つまり相手を30回殺せばいいのだ。結果は12対30で俺の負け。自分の腕には自信があったのに。


「納得いかない!もう一度、もう一回やろう!」


「しょうがないな〜。でも、また賭けをすることになるけどいい?」


小馬鹿に笑ってくるのがまた腹だたしい。

俺の長年やり続けているプライドが、このまま終わることに待ったをかけた。


「賭けの内容は?」


「んーどうしよ。……負けたら相手のことをゲームの時だけ師匠呼ばわりするのは?」


「わかった。今からでも、俺のことを師匠呼ばわりしてもいいんだよ?」


冗談混じりに笑いながら言うと、


「私負けないので」


おっと。これは舐められてますね。

次こそは勝って目に物を見せてやる。そして、涙目になるほどにボコボコにしてやる―――!






 今日この日から俺は、弟子となった……。




 ※更新遅めです。


















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