瞳にうつるもの
@byakugunneko
第1話
朝に提出するはずだった課題を放課後に出した俺は、いつもより遅い帰宅となってしまった。
でも、こんな日があってもいいかもしれない。
春の夕暮れが顔に当たり目を背けたくなるが、それでもどこか心地が良い。
もしかしたら今日がゲームの発売日だからなのかもしれない。
今歩く大通りにはたくさんの人で溢れかえっていた。買い物客や学校帰りの学生。車なども通っている。このエリアにもゲームを売っている店はたくさんあるが、俺の目指す所はまた別だ。
通りを進んで、やがて人通りも少なくなっていく。
しばらくして電気屋に着いた。
店内に入ると、今の気候には嬉しい暖房の風が肌を撫でてくれる。
店にはほとんど人がいなかった。一階は家電製品売り場。二階がゲーム売り場だ。当然の如く二階も人気が少なかった。
この店は隠れ家的名店であって。ゲームの種類が豊富な上に他の市場よりも少し安くゲームが売られている。俺一押しの店。
人が少ない上に値段が安いから、潰れてしまうんじゃないか心配で、以前店長と話したときにその事を訊いたのだが、どうやらネット販売で儲けているらしい。
なら良かった。こんないい店が倒産しなくてとても良かった。
ゲーム売り場に着いた俺は、お目当ての棚まで移動する。
したのはいいのだが……。
今日発売のFPSゲームの前に女性が居る。他人が居ると横から取るのってやりづらくて仕方がないんだよな。
端っこでなんとか女性がいなくなるまでやり過ごすか。
女性はゲームの前で思案している。
ゆるっとした白のニットに黒の膝丈プリーツスカート。黒ニーソに目深く被ったキャスケット。どこか男の心をくすぐるような女の人は……どこかで…見たことあるような……。
「あのすみません…?」
女の人は俺の問いかけに肩を震わせ、一瞬視線を合わせたかと思うと俺とは反対方向を見てしまう。
やっぱり。
「
女性は再び体を強張らせる。
「人違いでは?」
か細い声で返ってきた。
あきらかに動揺しているな。
俺の知っている四条さんは落ち着きを払うクールな人格なのだが。
いつもと違う雰囲気に、何か訳ありだろうかと思案してしまう。
もう一度問い返す。
「四条さんだよね?」
「いえいえ人違いです」
動揺しながらも否定の声が返ってくる。
怪しいなこれ。
「そうですか、すみません。何度も訊いてしまって。……ところでいつまでそちらを向いているのですか?」
四条さんはいつまでたっても反対方向を見ていた。
ややあって四条さんはこちらを振り向き、俺と視線を交わす。
俺は苦笑しながら、
「すみません。やはり人違いでした」
ほっと、四条さんは安堵したように息を吐いた。
やばい、ちょっと面白い。
俺は横に並びながら、話しを続けた。
「FPSがお好きなんですか?先程から眺めていましたけど」
「え、あ、はい。このシリーズは前からやっているゲームなんです。今日は新作の発売日だから買いに来たんです」
四条さんは口ごもりながらも俺の質問に答えてくれた。
若干声が上擦っているのは、声を変えているつもりだろうか。
面白いので、話を続けよう。
「そうなんですね。俺も昔からこのゲームは好きなんですよ。あなたと同じく俺もこのゲームを買いにきたんです」
「そうでしたか……」
ちらちらと四条さんが俺のことを見てきている。
きっとばれないか不安なのだろう。
今の四条さんの心の声を訳すと、
『いいから!雑談はいいから!!早く行って!!!』
ざっとこんな感じだろう。
でも俺は立ち去る気なんてさらさらない。
四条さんが学校で皆に見せる態度と今があまりにもかけ離れているので、とても新鮮でとても愉快だから、出て行くつもりなんてない。
「ところで何を思案していたんですか?」
俺の言葉に四条さんは大人しく答えるしかないだろう。
困惑気味の四条さんは、
「えっと、限定版か通常版かどちらを買うか迷っていたんです」
「そうでしたか。……お金の余裕があるのでしたら俺は限定版をおすすめしますよ?これの限定版は、銃とプレイヤーの特別スキンがついてくるみたいです。へ~かっこいいですねこれ」
「そうなんですね」
先程から元気がないな。ばれるのがよほど嫌なのかな?
早く行けよって目が訴えているし。
「あなたは他のゲームもやるんですか?」
俺の質問に四条さんの様子が一変する。
先程まで素直に答えてくれたのに、急にだんまりと表情を暗くしてしまった。
やっぱり。そういうものなのか。
「どうしました……?」
四条さんはやはり口を噤いでいる。
ややあって重たい視線を上げてくれた。
「あなたは……を…どう、思いますか?」
俺は聞き取れなかったので、怪訝そうに首を傾げた。
瞬間。
四条さんは顔を俺に向け、まじまじと視線を交わしてきた。
「あなたはこういったゲームをやる女子のことをどう思いますか?」
そんな事を真剣に訊いてきた。
四条さんに言われるであろうことは、さっきから気づいていたので特に驚かなかったが、俺は視線を固定したまま真剣に考えた。
四条さんはクラスでも学年でも人気の生徒だと知っている。そんな子がFPSなどグロ系のゲームをやっていたら幻滅する人間もいるのだろう。それに質問してきたということは、実際に体験した可能性だってある。
だから変装してまで人の少ないこの店まで来たのだろう。
同じクラスの俺に対して動揺していたのも理解できる。
しばらくして俺も口を開いた。
「他の人はどう思うかは知りませんが、俺個人としては、ゲームをやる女子はポイントが高いですね」
「ポイントが高い?」
四条さんはきょとんとしている。
「クソポイントが高いですね。というか彼女にしたいくらいです。良くないですか?FPSをやる女の子なんてギャップ萌えですよ!一緒にゲームしたいくらいです!!」
俺の熱弁に四条さんはたじろいでいる。
やばい。やりすぎてしまった。
「えっと、まあそんな感じです」
落ち着け俺。きもくないか俺。
「うふふふ。あははは―――」
四条さんはお腹を抱えて笑っている。
人が折角意見を述べたのにひどくないか。
暗い表情が一変したのは嬉しいが。
「ごめん。ごめんなさい。失礼ですよね、折角話してもらったのに。でもありがとうございます。なんか嬉しいです。気を遣ってもらって……」
「気なんか遣っていませんよ。本心です」
もう恥ずかしくなってきたので帰ろう。
―――爆弾を投下して。
「俺からアドバイスしてあげます。変装をするときは必要以上に飾らないほうがいいです。怪しく見えるので。それと声を変えてるつもりだろうけど少し変かな。なにより学校で使ってるリュックを変装に使うのは、ちょっとね。キーホルダーでばればれ。俺からのアドバイスは以上かな、四条さん」
満面の笑みで答えた。
四条さんはみるみるうちに顔が赤くなって、
「いつから気づいていたの、かな…」
「最初っから」
耳まで赤くなった四条さんは、いっそ殺してと言わんばかりに俺を睨んできた。
あの状況で気づかれていなかった思うほうが、おかしいよ四条さん。
俺は四条さんとは真逆に腹を抱えて笑った。
「あははっ……四条さん気づかれていないと思って、俺の質問に素直に答えてくれたからいろいろと知れたよ。ありがとう。安心していいよ、誰にも言わないから」
四条さんは恨めしそうに睨み続けてくる。
「桜くん、意地悪だよ。酷いよ。最低だよ」
「ごめんごめん。反応が面白いからつい……」
涙を拭いながら、頑張って感情を抑えつける。
四条さんはため息を吐き、バカらしくなったのか目深く被ったキャスケットを取りはずす。
「ばれているなら、もういいよね」
「変に隠すよりはいいかと」
鋭い睨みが返ってくる。
「そろそろ俺は行くよ。それじゃまた明日学校で。それと、このことは誰にも言わないよ」
限定版を手にレジに俺は向かった。
しかしすぐに背後から足音が聞こえてきた。
「桜君!えっとね、さっき言ったことなんだけど」
「さっき?」
「女子がゲームをすることについての質問」
そのことか。思い出すだけで恥ずかしくて死にたくなってくる。
「あれは忘れて……」
四条さんは口許に手を当て微笑んだ。
その姿は、周囲から人気の出る理由がわかるほどの美しさだった。
「違うの。どうこう言うつもりはないの。ただ……」
四条さんは近づいてきたかと思ったら、口付近に人差し指を当てて、
「私の秘密を知ったんだから、責任取ってもらわないと」
さらっと、小悪魔的に微笑んで言ってきた。
※更新遅めです。
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