24限目 おにから!
本当に勝ってしまった。
試合終了のホイッスルを聞き、選手たちが整列し、頭を下げる。
審判に点数と勝利校の名前を聞いても、ひどく現実感がなかった。
一方で控えの選手達は大騒ぎだ。
整列から戻ってきた仲間を手荒く迎える。
もう何か優勝したようなはしゃぎっぷりだった。
その中、猪戸先生は立ち上がる。
騒々しい選手達とは対照的に水を打ったように静かである。
それはいつもの猪戸先生ではあったが、選手達の空気が一気に凍り付いた。
しかし、猪戸先生はそれ以上何も言わない。
荷物を纏め、有名スポーツ用具ブランドのロゴが入った帽子を被ると、静かにテントを立ち去る。
その動きを、俺や選手達は呆然と見つめた。
「何をやってるの? 次の高校が来るわよ」
猪戸先生は立ち止まって、淡々と生徒をたしなめる。
はたと気付いた俺は、選手達に荷物を纏めるように促した。
「そしたら騒ぐなり、水を掛け合うなりなさい。ただし今日までよ。明日からは、地獄の練習が待ってるからね。何せ次は準々決勝なんだから」
猪戸先生の口角を上げる。
選手の顔が青ざめた。
ついでに俺からも血の気を引いた。
うちの選手達は鬼のように練習をしている。
そのさらに地獄を味わうと思うと、見ている俺ですら寒気が立った。
勝利の余韻が吹き飛ぶ。
それは良かったかもしれない。
まだ試合は続くのだから。
気を引き締めろ、という猪戸先生なりのエールなのだろう。
しかし、猪戸先生の言葉にはまだ続きが存在した。
「ともかく勝利をおめでとう。今日の試合は全員イカしていたわ」
お褒めの言葉を頂戴した。
思わぬ鬼顧問の称賛に、選手達は再び盛り上がる。
どうやら猪戸先生は喜んでいるらしい。
目深に帽子を被った彼女の目から、少し光るものが見えた。
嬉しいだろうなあ。
3年間ともにやってきた生徒たちが、最高の結果を出してくれたのだ。
俺も年甲斐もなく感動して、涙が出そうになった。
――いいなあ、こういうの……。
時に本当に小憎たらしい相手だけど、生徒とこうやって信頼関係があるというのは、単純に羨ましい。
――俺にもこういう瞬間ってあるのだろうか。
少し感慨深く思うワンシーンではあった。
すると生徒達は荷物を持ったまま走り出す。
3年間、叱り、怒鳴り、それでも最後には褒めてくれた指揮官に感謝するのだろう。
そんな姿を想像すると、涙腺が崩壊しそうにあった。
気配に気付き、猪戸先生は振り返る。
教え子を迎え入れるように、手を広げた。
だが――。
選手達はあろうことか、その横を通り過ぎていく。
向かったのは、この試合を何故か観戦していた白宮このりの元だった。
「白宮さん!」
「応援ありがとうございます」
「オレの活躍どうでした?」
「お前は控えだろ!」
「ファンです! ここにサインください」
「俺も!」
「じゃあ、オレも!!」
勝った時以上に大騒ぎしていた。
一方、手塩にかけて育てた生徒たちに総スルーされた猪戸先生は、わなわなと身体を震わせている。
密かに涙に濡れていた猪戸先生の顔が、閻魔大王のように赤くなった。
激怒しているのは明白だ。
あ~あ……。俺、知らないぞ。
明日からの練習はマジで死人が出るかもな。
生徒達に囲まれた白宮は戸惑った様子だった。
サインを求められたりもしていたが、特にアクションするわけでもなく、愛想笑いを振りまいている。
ただ何度か俺の方にアイコンタクトを送ってきた。
どうやら「助けて」ってことらしい。
「おーい、お前ら。白宮が困ってるじゃないか。とりあえず、クールダウンしてこい」
「えー?」
「なんだよ」
「けちー」
ケチってなんだよ。
別に白宮を独り占めするつもりなんてないぞ、俺は。
「お前らなあ。後ろを見て、それが言えるのか?」
俺は後ろに立つ猪戸先生の方を見るように促す。
そこに立っていたのは、サッカー部の顧問ではなく、地獄にいるという赤鬼だった。
ゾッという擬音が聞こえるぐらい生徒たちの表情が変わる。
クールダウンを始めようと慌てて、ジョグを始めた。
「あ! ちょっと待って下さい!!」
白宮自ら選手達を呼び止めた。
すると、腕から下げていた竹でできたランチバックの蓋を開ける。
現れたのは、大量のおにぎりと狐色に揚がった唐揚げ、果物各種だった。
「「「「うおおおおおおおおお!!」」」」
猪戸先生の姿を見た時、ゾンビのように顔を青くしていた部員達の顔色が変わる。
「もしかして、俺たちに?」
「これって、白宮さんの手作りですか!?」
「え? ええ……」
「「「「おいしそう!」」」」
飢えた狼みたい群がる。
じゅるり、と涎を飲み込み、喉を鳴らした。
「どうぞ、召し上がってください」
「「「「いただきます!!」」」」
生徒達はランチバックの中に手を伸ばす。
それぞれおにぎりと、唐揚げ、果物に手を伸ばした。
先ほどまで苦しい戦いをしていたとは思えないほど、食欲旺盛だ。
横で見ながら、若さってすごいなあって素直に感心してしまった。
「おいしい!」
「うめぇ!」
「塩加減が絶妙!」
「唐揚げもぱりっとしてるし」
「肉汁が……。うまい!」
生徒達は絶賛する。
試合の疲れを吹き飛ばすかのように、白宮のご飯を食べながら唸り上げた。
「玄蕃先生もいかがですか?」
「いや、俺は……。生徒に――――」
遠慮しようとしたが、お腹がグルグルと鳴る。
その音を聞かれていたのか。
最初から俺に食べさせるつもりで作ってきたのか。
白宮は小さく俺にウィンクすると、自分もおにぎりを取った。
どうやら、俺に食べさせるためにわざわざ部員の分まで作って持ってきたらしい。
やれやれ……。
そんなに俺と一緒に食べたかったのか。
「じゃあ……」
そして俺と白宮の声が、いつも通り揃う。
「「いただきます」」
俺は塩むすびを頬張る。
うまい!
海苔も具材もないおにぎりなのに、「何故?」って思うぐらいうまい。
絶妙な塩加減が、米全体に満遍なくかかっている。
特に今日は気温が高い。
身体が塩を欲していたらしく、どんどん取り込まれていくのがわかるようだった。
ギュッと握られたおにぎりの食感は最高だ。
大量の米粒がぱらりと広がり、口の中ではしゃぎ回っていた。
続いて唐揚げだ。
カリッ……!
気持ちの良い音が脳髄にまで響く。
出来上がってから時間が経っているはずなのに、衣はサクサクだ。
その衣の下に隠れた鶏肉がまたジューシーだった。
噛んだ瞬間、ジュワッと肉汁が広がる。
下味に生姜醤油を使ったと思われる肉は柔らかく、かつピリッと舌に良い刺激を与えてくれた。
輪切りにされたリンゴやバナナも、フレッシュで胃袋の中がすぅと冷えていくのがわかるほどだ。
「うまいなあ」
俺はいつも通り料理を称賛した。
そして、白宮は部屋でご飯を食べると時と同じように微笑む。
「ありがとうございます。私って実は料理が得意なんです」
知ってるよ!
と言いたいのを、ぐっと堪える。
「そ、そうか! 白宮は良いお嫁さんになれるなあ。は、ははは……」
つい動揺した俺は、子どもを褒めるような言葉を返すことしかできなかった。
だが――。
「ん? 白宮、どうした?」
「い、いえ! なんでもありません」
また顔が赤くなってる。
今の言葉を聞いて、赤くなってるのか?
いや、まさか――。
白宮がそんな子供だましみたいな褒め言葉に反応するわけがないだろう。
「具合が悪いのか」
「いいいいいえ! なんでもありませんから!」
「でもなあ」
じー……。
視線を感じた。
顔を上げると、部員達が俺の方を睨んでいる。
「玄蕃先生、何を白宮さんといちゃついてるんスか!」
「いや、イチャついてないって!」
「あやしい」
「あやしい」
「あやしい」
「あやしい」
疑惑の目を向ける。
俺は慌てて白宮から距離を取った。
それでも選手達の目が俺を追いかける。
一体、俺にどうしろと言うんだ?
「この唐揚げうまいわねぇ。ビールに合いそう!」
猪戸先生がちゃっかり白宮の唐揚げを摘まんでいた。
一応機嫌を取り戻したらしい。
あと、お願いだから子どもの前で、お酒の話をしないでください。
「猪戸先生、助けてくださいよ」
「うーん。玄蕃先生、若いからって生徒を引っかけちゃダメだよ」
にひひひ、と悪戯を完遂した子どもみたいに笑うのみだった。
俺はがっくりと項垂れる。
すると、ふとあることに気付いた。
「あれ? 俺、何かを忘れているような……」
なんだったかな?
小一時間考えたが、俺はどうしても思い出せず、会場を後にしたのだった。
一方、玄蕃文子はというと……。
「お兄~ちゃ~ん、ここどこ? お姉様、いないのぅ~。びえぇぇええんん……。この学校の出口ってどこにあるのぉ?」
何故か、会場となった学校の校舎で、迷子になっていた。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
来年の1月10日に『ゼロスキルの料理番』の2巻が発売予定です。
そちらも大変おいしい小説になっておりますので、
どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m
そして本日そのコミカライズ版の最新作が配信されました。
そちらもよろしくお願いします。
隣に住む学校一の美少女にオレの胃袋が掴まれている件(なおオレは彼女のハートを掴んでいる模様) 延野 正行 @nobenomasayuki
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