23限目 奇跡の白宮

 げっ! なんで、ここに白宮がいるんだ!?


 文子が来るのは知っていた。

 RINEでしつこく聞いてきたので、教えてしまったのだ。

 俺が出場するわけじゃない、とは言ったのだが……。

 本当に応援に来るとは。


 まあ、それはそれとして……。

 なんで白宮まで。

 2人は何か?

 友達なのか?

 一緒の屋根の下で、特別な友情でも育まれたというのだろうか。


 白宮×文子か……。


 いやいや、ダメだろう。

 お兄ちゃんは許しません! 尊いけど……。


 なんて考えていると、本日の第3試合が終わった。

 両校の生徒がテントから引き上げていく。

 いよいよ次は二色乃高校の出番だ。


 猪戸先生の前で、部員達は1度円陣を組む。

 先ほど、変装した白宮を見て、舌を伸ばしていた生徒たちの姿はない。

 一流の選手を思わせるように、顔を引き締めていた。


 猪戸先生も気合いが入っている様子だ。

 居酒屋では、ただの酔っ払いだが、今の彼女はタイムスリップしてきた戦国武将の面持ちさえある。


「いつも通りやれ。いつも通り、蹴って、走って、点を奪え。自分たちのサッカーをすれば、お前たちの勝ちだ! いいな!」



「「「「「「うす!!」」」」」」



 気合いも入った。

 整列し、いよいよ試合が始まる。

 各人ポジションに着くと、ホイッスルが鳴った。


 俺は思わず息を飲む。

 これが固唾を呑むというヤツか。

 大会の試合に、もう3回も引率しているが、いつも以上に緊張している。

 それにいつもより空気が重たく感じた。


 ミーティングを聞いていたから知っている。

 相手は地方大会では必ずベスト4に入るような強豪校なのである。

 ちらりと相手陣内を見ると、本当に高校生かよ、と思うほど屈強な選手が揃っていた。


 序盤から防戦一方だ。

 自陣に押し込まれ、ボールを掻き出すのが精一杯という状況が続く。

 相手は序盤から試合を決めにきていた。

 前半に点を取って、後半からはメンバーを変えて、主力を温存する腹づもりだろう。

 トーナメントではよくある戦術らしい。


 だが、猪戸先生は相手の動きを読んでいた。

 自陣で戦うことは想定済みだ。

 ディフェンダーの枚数を増やして、ゴール前にブロックを作る。

 これを練習でも徹底してやらせていた。


 猪戸先生の狙いは後半だ。

 足が止まり、相手が焦ったところでカウンターを仕掛けるつもりだった。


 そして、軍配は猪戸先生に上がる。

 相手の猛攻を受けきり、前半を0点で抑え、ハーフタイムを迎えたのであった。



 △ ▼ △ ▼ △ ▼ (白宮視点)



 ま、まずい……。


 どうしよう。

 これ絶対いつかバレるよね。

 今はまだ文子ちゃんは、勘違いしてるようだから大丈夫だけど。

 サッカー部の人に指摘されたら、文子ちゃんに私のことがバレてしまう。


 そんなことになったら。


『へ~。妹って偽ってたんだ。この泥棒猫! 2度とあたいの家の敷居をまたぐんじゃないよ(注:あくまで白宮の中の心象風景です。実際の玄蕃文子とズレがある場合があります)』


 それだけは避けたい。

 文子ちゃんかわいいし。

 できれば、家族になっても愛でたい。


 そのためにも、このピンチから一旦脱出しなければ……。


「このりお姉様ってば!」


 いきなり文子ちゃんの声が飛び込んできた。

 私はハッとなって顔を上げる。

 横で文子ちゃんが裾を引っ張っている。


「お姉様、トイレってどこにあるかわかりますか?」


 文子ちゃんはモジモジと太股を動かしている。

 頬を赤くするその仕草もなかなかキュート――っていってる場合じゃないわね。


「わかったわ。一緒に行きましょうか?」


「うん!」


 試合はハーフタイムに入った。

 私と文子ちゃんは、トイレへ向かう。

 その時、私の頭の中にはある策略が浮かんでいたのだった。



 △ ▼ △ ▼ △ ▼ (進一視点)



 後半が開始された。

 相手はメンバーを変えず、前半と同じく怒濤の攻めを展開する。

 よっぽど監督に灸を据えられたのだろう。

 先ほどのハーフタイムの時に、「格下の高校に何を手こずっているんだ!」という怒鳴り声を俺は聞き逃していなかった。


 まさに戦場のバーサーカーのように二色乃高校陣内に襲いかかってくる。

 前半は崩し方の形にこだわっていて、ややパスやドリブルに消極的なところが見られた相手だったが、後半は全くの逆だ。

 小さなスペースに身体をねじ込み、まるでブルドーザーみたいに突進してくる。


 そして、後半7分だった。

 とうとう先取点を献上してしまう。

 さらにその2分後にも失点。


 後半の早い段階とはいえ、2失点は大きい。

 自選手の中にも疲れが見え始めていた。

 当然だ。前半あれだけの猛攻を受けきったのだ。

 1点でも失えば、それだけメンタルに来る。

 まして高校生……。

 この2点の重さは計り知れない。


 猪戸先生は2枚替えを決行する。

 こうなったら攻めるしかない。

 攻撃の選手を増やし、一転攻勢に出る。

 この展開も想定通りらしい。

 ちゃんと向こうの形に合わせた崩し方も、しっかり練習してきている。


 だが、やはり足が重い。ゴールが遠い。


 じり貧になる中、奇跡は起こる。

 いや、舞い降りたといっていいだろう。


 初めに気付いたのは、控えの生徒だった。


「あれ? あれって、白宮さんじゃね?」

「え? ホントだ!」

「白宮さんだ」

「なんでここに?」

「俺たちを応援しにきてくれたんじゃね?」


 にわかに騒がしくなる。

 その声を聞き、俺は試合から目を背けた。

 そして、件の白宮の姿を探す。


「な! あいつ! なにやってんだ!?」


 そこにいたのは、間違いなく白宮このりだった。

 俺が知るロングのウィッグに、眼鏡姿ではない。


 肩の辺りで切りそろえた髪に、華奢な身体。

 真っ白な肌を夏の太陽にさらし、二色乃高校の制服を着ていた。

 特徴的な色素の薄い、ブラウンの瞳は間違いない。


 二色乃高校が誇る才女に、美少女――白宮このりで間違いなかった。


 そして、そのフィールドプレイヤーたちにも伝わる。


「おおおおお!!」

「白宮さんが!」

「白宮さんが俺たちを応援に!」

「ここは負けられないぞ!」

「おう。見ててください、白宮さん!!」


 そして二色乃高校の怒濤の攻めが始まった。

 うちの選手の動きに、キレが戻る。

 あれほど遠かったゴールを脅かし始めた。

 前半の猛攻のツケもあったのだろう。相手の動きが鈍い。

 そこを漬け込むような形になり、とうとう1点を奪うことに成功する。



 △ ▼ △ ▼ △ ▼



 えっと……。

 何が起こっているのかしら。


 文子ちゃんから離れるために、変装を解き、有事のために持っておいた学校の制服を着てみたのだが、見事に文子ちゃんから逃れることはできた。

 文子ちゃんには申し訳ないのだけど、この方法しかなかったのだ。


 ――で、帰ってきたら、この騒ぎである。


 あれ? うちの高校負けてるの?


 どうしよう。

 勢いでグラウンドに来ちゃったけど……。

 応援してあげたらいいかな。


 なんか私が来て、盛り上がってるみたいだし。


 ともかく私は皆の視線に答えるように手を振った。

 そして――。



「がんばってぇ! 二色乃高校!!」



 声をかける。

 すると、怖いぐらい二色乃高校のサッカー部員の目が変わった。


 前半あれほど攻められていたのに、猛反撃を開始したのだ。

 立て続けに2点を返し、同点に。

 さらに後半ロスタイムに、劇的な1点をもぎ取り、二色乃高校は勝利してしまったのである。





 後にこの試合は『白宮の奇跡』と呼ばれるようになったとさ。



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