シックス・デイ・ビフォア
下層、
西洋の城を模して造られたそこの最上階、城の主の部屋の扉をノックする。
「『レディ』、入っていいかしら」
「まぁ、まぁ、まぁ!どうぞ遠慮なく入っていらして、いえ、こちらから開けさせるわ――シルフィ」
部屋の中から、女として熟成されたソプラノの声が喜びを顕わに侍従に命じる。
重厚な樫の木を使った扉を開き、シルフィと呼ばれたプラチナブロンドの若い女性が「どうぞ、マダムがお待ちです」とティファリを招き入れた。
ティファリが部屋に入ると、また静かに扉を閉め、シルフィは扉の近くに控えた。
部屋の内装・調度品は全て、白と金を基調とした品のあるものでまとめられている。ほとんどが某国王室御用達ブランドのもので、一つ七桁は下らない物ばかり。外との強く太いパイプがない限りこの合法犯罪都市では絶対に手に入らない、最高ランクの超高級品だ。
部屋の最奥、大きな天蓋付きのベッドの影から、部屋の主――ライラ・イシュタリアが姿を見せた。深紅のドレスが見事なプロポーションの身体を覆い、豊かな金髪はシルクのリボンで結い上げている。新緑の瞳と美しい白い肌は若々しく、とても八十を目前とした老女には見えない。
「私の城へようこそ。歓迎しますわ、月の方!」
「急にごめんなさい、予定を開けさせてしまって」
「いいのよ、今日の客は都市内の男だけですもの。いつでも相手にできる男は待たせても構わないわ」
「男の扱いは相変わらずね、レディは」
「男も女の扱いを変えることがないのと同じでしてよ。さっ、おしゃべりは後にしましょう。アフタヌーンティーの用意をさせているの、月の方もいかが?きっと満足していただけると思うわ」
「じゃあ、ご相伴にあずかろうかしら」
「まあ、嬉しい!すぐに持ってこさせるわね。――シルフィ」
「はい、マダム。そちらに掛けて少々お待ちください」
一礼して部屋を退出するシルフィを尻目に、ティファリとライラはティーテーブルについた。まもなく、静かなノックの後「失礼いたします」と一声かけて、シルフィ含む数人の女性たちがティーセットを乗せたワゴンを押してきた。目にも鮮やかな十種類以上のケーキにスコーン、マカロンにプリンなどが数台のワゴン一杯に積まれている。
彼女らの手によって手際よくアフタヌーンティーの用意が整えられると、シルフィともう一人を残し、給仕に来た女性たちは静かに退出していった。
「今日は一段と豪華ね。どれも美味しそう」
「うふふ、月の方が来られるんだもの、腕によりをかけさせたの。ウチのパティシエたちの張り切りようったら!どれもファムのものか『外』の最高級食材で作らせているわ。期待してらして」
「どうぞ、お好きなものをお選びください。わたくしとシルフィがサーブいたします」
「そうね……ナッツのスコーンとベリーのケーキ、それと抹茶のものがあればお願いできるかしら」
「抹茶のものですと、ムース、ロールケーキ、ベイクドチーズケーキ、レアチーズケーキ、マカロン、プリン、和風パンナコッタがございます。どちらになさいますか?」
「ムースとパンナコッタにするわ」
「かしこまりました」
「私はマカロンとフルーツのタルト、ミルクレープを頂戴」
「はい、マダム」
ティファリとライラが選んだケーキらがサーブされる。シルフィが紅茶を淹れ、柔らかい香りが広がった。
まずは紅茶を一口。自然と、ほう、とため息が漏れた。
「美味しい。いい茶葉を買うことは多いけれど、ここまで美味しい紅茶は初めて」
「そうでしょう?シルフィはウチで一番紅茶を淹れるのが上手なの。新入りの子だけど、将来有望な子よ」
「そんな、ありがとうございます。恐縮です……」
ライラの《娘》自慢にシルフィが頬を染めて縮こまった。
隣にいる女性はその様子を微笑ましく見守っている。
不思議なことに、ライラ・イシュタリアの下に集う女性犯罪者たちは、そのほとんどが女性特有のマウンティング――嫉妬や優越感による醜い争い――による諍いを構成員同士で起こすことがない。この合法犯罪都市に収容されるほどの凶暴性はあるものの、《ライラ・シャルゴール》の女性たちは全員がライラ・イシュタリアの《娘》として誰もが平等に扱われる。マウンティングを行わないのはこのためか――はたまたライラのカリスマの成せる業かは《娘》にしか分からない。一つ確かなことは、ライラの《娘》たちは決して姉妹を裏切らないということ。血の繋がりはなくとも、非常に結束力の強い組織なのだ。
「ささ、ケーキもお食べになって。食べきれない分は持ち帰り用に包ませるから遠慮なく召し上がってくださいな」
「いつもありがとう、そうさせてもらうわ」
ライラに勧められるまま抹茶のムースを一口。濃厚な抹茶の風味が舌の上でとろける食感はやはり甘味にこだわる女性ならではのこだわりを感じさせる逸品だ。
和やかにスイーツを堪能しつつ、しばらく当たり障りのない世間話に花を咲かせる。
ポットに残る紅茶もほとんどなくなり一息ついた頃、ようやく
「申し訳ないのだけれど、しばらくライラ・シャルゴールのスイートを一室空けてもらえるかしら。もちろん宿代は払うわ」
「ええ、構いませんわ。『サービス』などは御入用でして?」
「そうね……食事と一般的なものだけお願い。他は追々お願いするわ」
「それでしたら、すぐにご用意できますけれど」
「今すぐじゃなくていいわ。あと五日後くらいからざっと十日程度かしら、もう少し短くなるかもしれないけれど、今は何とも言えないわね」
「かしこまりました、必ず用意させますわ」
ついさっきまでの気やすい話し方ではなく、二つ返事で了承したライラはにっこりと「そのかわりに、」とティファリに条件を付ける。
「さすがに十日ともなると少々わたくしどもの実入りにも影響しますから……」
「ええ、代金は弾ませてもらうわ。相場の三倍でどうかしら」
「まあ、そんな。月の方からお支払いいただくわけにはいきませんわ。代金は正当な利用者に正当な額だけいただきます」
「でもそれだと割に合わないでしょう」
そもそもシャルゴール・パルフェは《ライラ・シャルゴール》の所有する娼館の中で最大級かつ最高級のものである。高級娼婦ばかりを取り揃え、サービスの質と量は他地区の宿泊施設の追随を許さない。娼婦以外のスタッフも女性がほとんどであり、女性目線ならではのきめ細やかな気配りによるもてなしは『外』からのリピーター客の心を掴んで放さないことで有名だ。
本来の娼館としての利用のみならず、通常の宿泊施設として利用する外部の客もまた多い。この場合は少々割安になるのだが、他のサービスをすべて最高ランクに設定すると結局娼婦一人分の夜を買うのと同じくらいの値段となる。
それでもかまわないと大枚をはたく人間が多いのもまた事実ではある。あまりの人気ぶりに、いつでもチャンスを狙える『合法犯罪都市』の住人とは違って、外部の人間が予約をとれることはそうそうない。そも、予約する場合は『娼婦の誰かを予約する』という形式になる。宿泊目的の予約は取れないのだ。
娼婦を予約するということは、つまり部屋も利用する。娼婦との夜を買われる方が最低でも約半日ずつ二回は部屋を使え、売り上げも伸びるのは明らかだ。それをただ宿泊目的の為だけに十日間部屋を開けさせるのだから、同等の対価も必要だろう。
それに加え、今回は話を通すために今日予約を入れていたライラ自身の顧客も無理を言ってキャンセル、もしくは延長してもらっている。ライラ・シャルゴール内で最も人気があり予約もとれない
むう、と眉根を寄せ金銭以外に釣り合う報酬を考え込んでいると、うふふ、とライラは頬に手を当て悪戯っ子のように小さく笑みをこぼす。
「割に合わないのは承知の上ですわ。ですから、割に合う報酬をいただきたく存じます」
「そうは言っても、私のできることといったら用心棒くらいよ?モノだったらアンティークのものがいくつかあるけど、レディの好みには合わないだろうし」
「難しいことはありません。ただ、明日からしばらくの間わたくしのところにお茶をしに来てくださいな。そうですわね……月の方のお仕事もあるでしょうから、その間はなしにして、計十日でお願いいたします」
にこにこと上機嫌そうに条件を出すライラ。ティファリは一瞬、言葉を飲み込むのに時間がかかった。
あまりにも破格……というよりも、むしろ売り上げを考えればマイナスな気がする。最高級品扱いの甘いものを食べられる分、ティファリが得している様にしか思えないのだが。
「……それだけでいいの?」
「はい、それだけですわ。……それとも、なにか予定が入っていますの?」
「そう大きな予定はないわ。だからそれでいいなら私としてはありがたいけれど……とても割に合うとは言えないでしょう」
「いいえ、むしろ十分以上でしてよ?――ジャックの悔しがる顔が目に浮かぶよう」
あの男が地団太踏むところを直接見られないのが残念といえば残念かしら、と
微睡むための前日譚(プロローグ) 零始十五焉 @los-16gsl
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