⑦
どれくらい経っただろうか。インターフォンの音がして、私は反射的にマイクをオンにしてしまった。
もしかしたら由美子さんがいて、全て悪い冗談だったのだと言うかもしれない。そしたらストーカーの件は不問にして、またホラーについて語り合えるかもしれない。
しかしそうはならなかった。外は明るくなっていて、今度はただの宅配便だった。震える手でお歳暮のオリーブオイルを受け取ると、「顔色悪いっすよ」と馴染みの配達員に言われた。
次に私はこう考えた。あれは私が夜怖い話を読んで見た悪夢だったのだ、と。現にあれだけの惨事があったにも関わらず玄関にはシミひとつ無かった。ということは、やはり現実にあったことではないのだと私は結論付けた。
次の「まるだいの会」に由美子さんは来なかった。一番親しいと思われていた私に皆が「由美子おばさんどうしたの」と尋ねてきたが、私も知らないので答えようがない。そのあと少し由美子さんの悪口で盛り上がったが、すぐに他のもっと楽しい話題に移行した。
私はしばらくの間夜一人で過ごすのが怖くなり、夜間はインターフォンの電源を落とし、弟や彼氏に何度も泊まってもらった。しかしその恐怖も徐々に薄れ、今ではホラー映画を観ながら寝落ちなんていうことも可能だ。
私は結局、あのストーリーを漫画にすることはなかった。もっと言えば今後漫画を描くこともないだろう。
怪談話は今でも大好きだが、漫画にしようとすると詳しく調べたり話の由来を考えたり、とにかく怪談が生活に侵食してきてしまう。怪を語りて怪至る。私はそれが恐ろしくなってしまったのだ。
そもそも私の漫画はSNS経由で話題になっただけで、本来プロとして活動できるようなレベルにない。これからこの活動で食べていくという気概もなかった。いち消費者に戻ることにする。藪をつついて蛇を出す、と昔の人も言っていたのだから。
あれから由美子さんから連絡はない。ひょっとしてあのストーリー自体幻だったのかもしれないと思ったが、やはりメールボックスには彼女の書いた物語が残っているのだった。
一週間くらいして知らないメールアドレスから「ある達磨の顛末」というタイトルのメールが送られてきたが、それも読まずに消去した。
最後に■■旅行のことだが、念のため、場所は伏せる。
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