第198話 非効率な探し方
入ってきた扉に鍵をかけ、ホコリを払って前を向くと、そこには建物の外観からすると、若干小さめの広間があった。
が、それでも。一家族が過ごす空間にしては、大きすぎることに変わりはなく、二つ、四つ、六つ、八つ……。と、左右の壁に立ち並んでいる扉の数を数えていると、
屋敷の細かな内装までもが、対称になっていることに気が付いて、ルーツは少し呆れるとともに、こだわりを感じてため息をつく。
二階へ続く階段は、左右でそれぞれ一つずつ。そして、天井に吊り下げてある、見事な装飾が施されたシャンデリアも、左右で全く同じ数。
似通っている光景が、ずっと奥まで続いているせいで、ルーツは結局、何をどこまで数えていたのか、まったく分からなくなってしまったのだが。
黙っていても湧き出てくる、新たな疑問に比べれば、そんなことはどうでもよく、取るに足らない問題であった。
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「ねえ、ユリ。お金持ちの家って、どうしてこんなに広いのかなあ。……僕としては、もう少しくらい物に囲まれていた方が、落ち着ける気がするんだけど」
ルーツがそう尋ねると、人からの信用がどうだのこうだのと、ユリは熱心な口ぶりで、しきりに色々教えてくれようとしていたのだが。頭の出来が違う以上、一から優しく語ってもらっても、理解できないことはある。
とりあえず、何となくで伝わってきたのは、今から会う人物が、何かの商人の端くれであることと、一部の商人の世界では、他人様からの信用が第一であることぐらいのもので。それでもルーツが適当に、話に合わせてうなずいていると、分かったふりをしていることが、どこかでバレてしまったのか。ユリはいつしか怒りっぽい、いつもの口調に戻ってしまっていたのだった。
「まさか、アンタ。人が真剣に説明してるっていうのに、此処で追いかけっこをしたら楽しいだろうなあとか、全く違うことを考えてるんじゃないでしょうね」
ジトっとした目つきでそう言われ、ルーツは慌てて否定したのだが、確かに、ここまで部屋数が多い建物の中ならば、友だちを呼んで、かくれんぼをしても十分楽しめそうではある。
だが、隠れる場所が多いということは、同時に、この屋敷の中から目的の人物を見つけ出すことが、困難な作業になることを意味してもいて、
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「ねえねえ。魔法で壁を透視するとかしてさあ、簡単に探すことって出来ないの?」
わずらわしさを隠そうともせず、疲れた口調でルーツが言うと、ユリはニコッと笑ったあとで、ご生憎様と、素っ気無い言葉を返してくる。
「その程度の方法なら、私もとっくに考えたわよ。だけど、この建物の床や柱には、少しも魔素が含まれていないようだから、魔法を使ってズルをするのは、どうやら無理な話みたい。……それに、時間はまだまだあるんだし。ひと部屋ずつ、扉を開けて確かめていけば、いつかは答えに辿り付けるんだから。そんなに面倒くさがってないで、ゆっくりやっていけばいいだけの話なんじゃないの?」
そこでルーツは仕方なく、隅から隅まで探すやり方に、渋りながらも同意したのだが。人に注意しておきながら、当のユリ本人も、この非効率な探し方には、少々けだるさを覚えているようだった。
「……自分で提案しておいて、先に泣き言を言うのもどうかと思うんだけど。どの扉を開けても、現れるのは物置代わりに使われている部屋ばかりだし。こうも代わり映えのない光景が幾つも続くと、さすがに探す気力も失せてくるわね」
そんなふうに、ユリがぶつぶつ言い始めたのは、まだ五つ目の部屋の中を、二人で確認している最中のことで。
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「さっきまで、家族や大勢の使用人と一緒に住むのなら、大きな家でも悪くないかもしれないって考えていたんだけど……、これだけ広いと、外に出るだけでも時間がかかっちゃいそうだし、何より掃除をするのが大変そうね。やっぱり、アンタの言った通り、家なんてものは、ちょっと狭いくらいの方が丁度いいのかも」
そう言いながら、クローゼットに寄りかかり、手を休めているユリの姿を見ていると、ルーツはなんだか珍しい物でも目にしたような不思議な気分になってくる。
「僕より先にユリの集中が切れるなんて、こんなことも有るんだね」
世間話をするような何気ない口調でそう言うと、それが嫌味に聞こえてしまったのか、ユリは少しむすっとしていたのだが。
「……上の空で悪かったわね。でも正直、私が隠れる側だったら、もう少しくらい、玄関から遠い部屋じゃないと、身を潜める気にはなれないと思うし。……今まで通り、しらみつぶしに探していくのもいいけれど。ここらで少し、息抜きでも兼ねて、二階の部屋でも覗いてみない?」
ふと思いついたような態度で、気分転換を図ることを提案すると、ユリは一足先に部屋を出て、ルーツを二階に先導していく。
……ところで。
あれこれ工夫を凝らしたり、一から真面目に頑張るよりも、時として、よりよい結果をもたらしてくれる素晴らしい人探しの方法があったことを、二人はすっかり忘れてしまっていたらしい。
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というのも、偶然という名の幸運は、何時だって思いがけない時にやってくるものらしく――。階段を上り切り、特に何も考えないままに、初めに目に入ってきた扉のノブを、二人でおもむろにひねった瞬間、
「ここから、立ち去れ!」
全てを拒絶するような強い声が、部屋の中から聞こえてきて。あてずっぽうという探し方のありがたみを、ルーツは今一度、感じ取ることが出来たのだった。
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