第195話 目的地

 当面の危険は乗り えたとみて、まず間違いはないだろう。二人がそう確信できたのは、女性たちが去って行って、かなり時間が った頃だった。

「ねえ。……もう、 にも見られてないよね?」

 ルーツが恐る恐る、小声でそうたずねかけると、ユリは目を細めるような仕草を見せて、辺りを入念に調 べまわったのちに、人の気配がしないことを、うなずくことで教えてくれ 。その上で、自分の でも人影が見当たらないことを確認すると、ルーツは めて、張り詰めていた息を吐き、小さな胸をでおろすことが出来たのだった。

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 ともかく、半獣人嫌いの人々が ってしまった住宅街は、徐々に普段の静けさを取り戻しつつあり、辺りにはさわやかな風が吹き始めている。

 そして、その心地いい風を身体全体で け止めていると、ルーツはなんだか、一つの嵐を乗り えたような気分になってきて。

「……それにしても、とんでもない たちだったね」

 まるで過ぎ去った災難をなつかしんでいるように、ルーツはちょっぴり呆然としながらそう呟いた。だが、当然同意してくれるだろうと っていた少女は、生返事すら寄こしてくれず、代わりに口に を当てて、考え込むような仕草を取っている。

 そして、時が ち、ようやく聞こえてきたのは、ルーツを試すような奇妙な言葉。

さあ 、どうかしら」

 謎めいた態度で、そう言ったユリを見て、ルーツは少し戸惑とまどったのだが。

「いくら同胞団が、差別的な理念をかかげているような怪しげな集団だとしても、その集団に属している一人ひとりが悪い たちだとは限らないんじゃない? そこを混同して考えちゃうと、私たちも、半獣人全体を だとみなしている人たちと似た物同士になっちゃうわ 

 いつも以上に手厳しい、そんなセリフを にして。確かに、一部を見ただけで全てを知ったような気になるのは くないことかもしれないと思い直していると、ユリは、すぐ隣にある落書き館には目もくれず、 りの先に向かって歩き出す。

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 そういえば、ユリは一度 たりとも、此処が目的地だとは言っていなかったのだが、ルーツは何故か、目の前のやかたに乗り込むのだと勝手に勘違いしていたため、この判断には いた。

 もっともユリは、ルーツが誤解していることに がついていたようで、誰も住んでいない館を訪問したところで意味はないでしょう。と、 きながらそんなことを言ってきたのだ 

 どうして姿 も見ていないのに、空き家かどうかが分かってしまうのか。と尋ねると、ユリは一瞬ルーツの方を振り返って、つまらなさそうに白い を指差してくる。

 に、アンタが期待しているほど、特別な推理をしたわけじゃないわよ。ただ、落書きを消そうとした がどこにもなかったからそう思っただけ。此処の住人が、まだ屋敷に住み続けて るのなら、こんなにも見苦しい景観をそのままにしては置かないんじゃないかってね。……まあ、さらなる報復をされることが怖くて、触れないでいるっていう可能性もあるけれど、近くの家々が かれてしまったことを考えれば、普通は同じ目にう前に、こんな危険な場所からはおさらばしようと うでしょう?」

 そう言い終わると、ユリは再び、高いへいに囲まれたどこかの屋敷の門の前で立ち止まり、中をのぞむような仕草をみせていたのだが、この通りの家という家がもぬけの空になってしまっている可能性は いのだろうか。

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 だったら、しばらくどこかに身を隠すことを考えるけどなあ。……特に、お金に余裕があるなら尚更なおさらに」

 ルーツが悩まし気にそう言うと、館に かりがついていたわけでも、窓に人影が見えたわけでもないだろうに、いったいどこからそんな自信がいてくるのか。

「……大丈夫。此処の屋敷にはちゃんと人が んでいると思うから」

 ユリは小声でそう言って、行く手をふさいでいる縦格子たてごうしの鉄門を、両手でがっしりとつかむようにすると、

「どうやら何軒も屋敷を る必要性はなくなったようね」

 なんだか少し安堵あんどした様子で、続けてそう呟いて、此処が二人の目的地であったことを遠回しにほのめかす。

 だが、ユリの少し後ろから同じようにしてのぞんでみても、ルーツの目に飛び んでくるのは、落書きがしてあるわけでもなければ、焼け落ちているわけでもな 

 この通りに している他の家々に比べれば、さしたる特徴も見当たらないような地味な色合いのお屋敷くらいのもの 

 肩車をしても乗り越えることは しいような高い鉄門の先に広がっている庭園からも、人が住んでいる気配のようなものは じられない。

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 しかし、この館と庭園をずっとにらむようにして見ていると、ルーツは何かの気配を感じ取る代わりに、何故だか奇妙な気分 になってきて。

 庭先にならべてある敷石しきいしと、植え込みの配置を見たところで、ルーツは自分が先ほどから抱いていた違和感の正体に づき始める。

 少しして、伝わってきたのは、何もかもが いすぎているような不自然な印象。

 遠くから ているとより分かりやすいのだが、この屋敷は玄関を中心として全てが左右対称になっていて。ルーツは屋敷を ん中でスパッと分けてしまいたいような、そんな不可解な衝動しょうどうられてしまったのだった。

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