第189話 白ずくめの人々

 しかし、まさかこんなに れ放題になってしまっているお屋敷が、今回の目的地であるはずがない。そう い、ルーツはユリの手を引いて、来た道を戻ろうと提案したのだ ……。

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「ねえ、ユリ? もしかして――、此処ここってすんごく治安が良くない通りだったんじゃな ?」

 あまりの不安にそう言っても、ユリは小さく を左右に振るばかりで、少しもその場から こうとはしてくれない。

 それどころかユリは、とがらせたくちびるの前に指を立て、落ち着きなさいと言ってくるので、ルーツは渋々口にチャックをし、押し黙ることを余儀なくされ 

 すると、ルーツが不満 げな表情になったところで、ユリは不意にこちらの耳元に顔を せ、こんなことを耳打ちしてくる。

「その表情から するに、アンタはまったく気づいていないんでしょうけど……さっきから、かなり奇妙なちをした一団が、私たちの方に近づいてきているの。しかも、 こえてくる足音は、二人や三人のものだけじゃなくて、どれだけ なく見積もっても十数人から数十人分。もし、その人たちが しかけてくるようなら、何とかうまくやり過ごすようにするけれど、 の次第によっては面倒に巻 込まれることになるかもしれないから、今からちょっと しておい 

 しかし、用心しろと われても、突然そんな事を切り出されたせいで、ルーツはしばらく まってしまっていたのだが、どうやら後を付けてきている人たちは姿を隠す気がないようで。黙って耳をませていると、ルーツにも、人の声と足音が こえてき 

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「あ、そうそう。だからと言って、変に取り った演技はしなくていいからね。そもそも、あんな一団を目にして、 がらない方が不自然なんだから」

 そう言い残すと、ユリはルーツの をポンと叩き、まるで何も見なかったように、また屋敷を め始める。

 だが、言われた としてみれば、どうしてもその一団のことが気になって――、我慢できずに後ろを向くと、そこにはユリの う通り、奇妙な服を身にまとった、どうにも気味の い人々が、十数人は存在していた。

 白いくつに、白い礼装。その上に、たけがくるぶし近くまであるような、ゆったりとしたそでなしの外套がいとう羽織はおっている全身白ずくめの人々は、二人が今来た りの道を、ひと続きになって歩いてきてい 

 見ず知らずの大人たちが、道いっぱいに広がって、此方こちらに向かって近づいてくるという、なんとも不気味な光景を にしてしまったルーツは、これは確かに怖がらない方が変だろうと、素直に顔を強張こわばらせる。

 しかし、白い色から連想するものを問われれば、清楚せいそ純粋じゅんすいなどといった肯定的な言葉しか思い かんでこないのに、こうやって、白い衣服を着込んだ人々を目にしていると、あやしい団体の一員にしか見えてこないのはどうしてなのだろう 

 と、ルーツがそんなどうでもいいことを えていると、どこからともなく明るい女の声が こえてきて、

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「ねえ、そこの貴方たち? そんなところで をしているのかしら?」

 そう われてしまったルーツとユリは、それを聞きたいのはこちらの方だと、同じことをつぶやきながら二人で を見合わせた。

 しかし、だからと ってその言葉を、そっくりそのままお返しするというわけにもいかないので。どうしたものかとだまっていると、十数人の集団の中から、おそらく先ほど話しかけてきたであろう の人が、一歩前に進み出てくる。

 しさわりがないのなら、私の質問に答えてもらえないでしょうか。……もっとも、なにか打ち けられないわけがあって、なおかつ、先を急いでいるというのなら、それはそれで、別に時間 をいただくことになりますが」

 と言われても、相手が衛兵えいへいや役人ならともかくも、こんなに怪しげな風貌ふうぼうをした人たちに、素性を明かさなければならない理由はないと うのだが。

 そうやって理屈りくつをこねこねしていると、かえって余計に面倒な事になりそうだったので、 ってしまった少年は、助けを求めてユリを見る。

 すると、ユリはひとつせきばらいをして、女をしげしげと見つめると、まるで道をたずねているような物言いで、平然と なる話題を口に出した。

「そんなことはどうでもいいけど、この り、どうなっているの? 此処ここの家はこんなに落書きされまくっているし、あっちの は燃えたまま放置されていたし……、私としては、もっと王都って平和な都市だと っていたんだけど」

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 そんなふうに、相手の質問をどうでもいいの一言で り飛ばして、さらに何食わない顔で強引に話題を差し替えてくるユリの傍若ぼうじゃく無人ぶじんっぷりに、女性はしばらく呆気あっけに取られていたようだったのだが。少し経つと、ようやく自分を取り して、本当に知らないのですか、と探るように いてくる。

 しかし、この通りの惨状さんじょうは、本当にルーツたちの知るところでは無かったので、その質問にはただうなずくだけで事足りた。すると は、考え込むような仕草を見せるので、ユリは素性を深く聞かれぬうちに、自分からいつわりの事情を打ち ける。

「私たち、王都には めてきたものだから、どちらもこの辺りの地理には明るくないのよ。それに、こんな通りに し掛かったのだって、私の後ろで困った顔をしているコイツが、王都の街並みを てみたい、とか、変なことを言ったからだし。……ともかく、たまたま りかかったらこの有り様だったってわけなのよ。だから事情を知っているなら教えてくれない? 物騒ぶっそうな事件があったっていうなら、あんまりこんなところに長居ながいしたくはないし」

 それは、真実を下敷したじきに、ほんのわずかだが嘘を混ぜ込んだ、実にもっともらしい言い分で。よくもそんなにすらすらと りの話を作り上げられるものだなあ、とルーツはそばで聞いていて感心する。

 事実、白ずくめの女の人は、あんまりユリの言葉を ってはいないようで。二言三言、言葉が交わされたのちに、再度表情をうかがうと、二人を ている女性の眼差しは、ほとんど警戒心の感じられない やかな物に変わっていたのだっ 

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