第188話 放火魔の素性

 まず目に飛び込んできたのは、 のように真っ黒になり、先細りになったひ弱な柱。それから同じく、真っ黒になった廃材はいざいたち。

 をしたあとに服につく、あの独特の焦げ臭さがすることからも、それが焼け跡であることは らかで、そんな無残な建物が通りのあちこちに点在している様子を見て、ルーツは思わず息をんだ。

 しかし、衝撃的な光景 とはこの惨状さんじょうのことなのだろうか、と思ってすぐ隣を見ると、ユリは目をパチクリさせていて、 らないわよ、とつぶやいている。

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けむりが上がっていたとは言っても、以前ここを訪れた時には、この通りの家々はまだ普通に っていたし……、いったい何があったのかしら?」

 そう言うと、ユリはその場に り込み、まるで出火の原因を確かめているように、炭化したかすをいじり出してしまうので。手持ても無沙汰ぶさたになってしまったルーツは、ポケットに両手を っ込んだまま、辺りの様子をうかがった。

 すると、少し壁が げてしまっているものの、ほとんどが焼け残っている隣家の方を向いたところで、ルーツは何かが引っ かり、考え込んでいるユリに話しかけ 

「ねえ、ユリ。此処ここの通りって、数日間に何度も火事が起こったのかな?」

 そう言って、通りをはさんで向かい合っている家を指差すと、ユリは興味を示してくれたので、ルーツはそのまま を続けた。

「だってさあ……すぐ隣にあるこの建物はまったく けていないのに、反対側の建物は真っ こげになっちゃってるんだよ? 火元が一つだったなら、こんな燃え移り方はしないんじゃな ?」

 そこで、ルーツは めて、ユリと通りの真ん中に立ち、二人で焼けている家を数えていったのだが、そうしていると、実に奇妙な が浮かび上がってくる。

「手前から数えて、 りの右側が一軒目と、四軒目と、六軒目。そして左側が、一軒目と五軒目と八軒目……。 かに、こんなに飛び飛びに家が焼け落ちているなんて、なんだか作為的な物を じるわね」

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 その言葉 に、ルーツは何度もうなずくと、果たしてこの火災に巻き込まれてしまった人々はいったいどのくらい たのだろうかと、いろいろ考えを巡らせる。

 しかし、在りし日の光景を思い浮かべることが困難に思えてきてしまうほ 、目の前の住宅は原型を めていなかったので、ルーツは丸裸になってしまった黒焦げの立ち木を めながら、しばらく黙っていることしか出来なかったのだっ 

 だが、ルーツが住人たちの安全をじっと っているその間に、ユリはと言うと、辺りの家々をすっかり調べ げてしまっていたようで。

「でも、多分、なかには くなった人も居たんでしょうね。……こうやって見ている限りでは、うらみによる犯行の線が強そうだから」

 そう言われて り向くと、ユリは向かい側の建物から、ちょうど姿を現したところだっ 

「あんまり えたくはないんだけど、悪意を持ったどこぞの誰かが、恨みを抱いた相手の家々を放火して っていたのだとしたら、この不自然な光景にも説明がつくし、どうやらあっちの家屋に しては、正面玄関や裏口近くの床板が、中心的に焼け けているみたいなの。それに、部屋 の中央付近には、比較的損傷が激しくない家財道具も っていたし……これって同時に、二つの出入り口から火が燃え広がったっていう でしょう?」

 だけど、それでどうして、恨みによる犯行だと断定できるのかとたずねると、ユリは大きく息を いて、話を続ける。

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 えても見て? 火の不始末が原因なら、一度に複数個所から出火するわけないでしょう? それに、わざわざ住民の逃げ道をふさぐように、出入り口に火を放つなんて、これはもう、殺す気だったとしか えないじゃない」

 そう決めつけるのはまだ いような気もするのだが、確かにユリの推測にはちゃんと筋が通っているし、納得できない も見当たらない。

 だが、計画的に住人達を き殺した犯人 が本当に実在していたのだとしたら、いったいその人物はどんな思考にとらわれて、これほどまでにむごい犯行に及んでしまったのだろうと、ルーツは 不謹慎ふきんしんにも、放火魔の素性の方が になった。

 とはいえ、二人の目的の中に、犯人捜しはふくまれていないので、ルーツは若干じゃっかんの心残りを感じながらも、ユリに いて歩き出す。しかしユリは、すぐに歩みを緩めると、急にその に立ち止まり、左手でルーツを手招きした。

 するとそこには、幸運にも放火の被害にっていない大きく古風なお屋敷が建っていて――、だがなぜか、ユリは しい表情で、屋敷を取り囲んでいる高めのへいを、腕組みをしながらにらんでいる。

「ねえ……、ひどいと わない?」

 その言葉に、何事だろうと近寄っていくと、 には何やらたくさんの絵柄がそこかしこに描かれており、寂しい景色をとても楽しくいろどっている。しかし、それからさらに近づいて、塀に かれているのが芸術作品などではなく、誰かの落書きばかりであると気が いた時、ルーツはその場の惨状さんじょうに、おののき、そして絶句し 

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「……なにこれ 

 人の顔や、獣や草木。そんなものを模倣もほうした、絵心の無い悪戯書いたずらがきを始めとして、『出て行け!』や『次はお前だ』などという典型的なおどし文句まで。

 元は綺麗な白色をしていたと思われるこの屋敷の石塀いしべいは、どういうわけか、色とりどりの落書きで隅から隅まで埋め くされていて。

 その中でも、殴りつけるように書かれている『協力者の家』という意味の からぬ文言が、なぜだかルーツの目を いた。

 また、この屋敷の損害は、 の塀だけにとどまらず、その内部にまで及んでしまっているよう 

 庭の花壇は み荒らされ、敷地内にはゴミが投げ入れられ、人の形をした彫像には大きなヒビが ってしまっている。

 さすがに良心がとがめたのか、庭の先にある家屋には目立った落書きは無かったが、向かって右側の窓下には大きなバツ印が かれており、ルーツは底知れぬ不気味さを、この屋敷から感じ取っていたのだっ 

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