第182話 手取り足取り

「じゃあ、つまり……魔法が かないってことは、意外と獣って強いってこと? もしかして、同じように魔素が身体にふくまれていない僕も」

 若干じゃっかんの期待を込めて探るように聞くと、ユリはそう来ると思った、と鼻で笑った。

「いいえ、全然。いま私が言ったのは、もし空気中に、魔素が微塵みじんも漂っていなかったら、っていう例え話だから。現実では魔法を つと、すぐに空気中の魔素と反応して――、例えばさっき例に挙げた呪文なら、着弾ちゃくだんする前には に火の玉になっているでしょうから、当たったら普通に やけどしちゃうわよ? ……それに、別に魔素が身体に れていなくても、アンタならここ」

 そういうと、ユリは不意に、ルーツの頭を小突こづいてくる。

「確かに、身体の内側からは え広がらないかもしれないけれど、代わりに髪の毛が火種になるなら意味ないでしょう? だから、あっという に真っ赤な火だるまになってもだぬような目にいたくなかったら、魔法が飛び交うような危険な空間にはなるべく近づかないこと 

 そんな、脅し文句のような言葉を かされたところで、魔法は内側から人を死に至らしめていくのではなかったのかと、ルーツはそうたずねてみたのだが、なんでも両者の力量に大きなへだたりがある場合は、その限りではないらしい。

―――――――――036 ―――――――――

「まあ、理屈の上では、魔法によって受けた なら、どんなものでも治せるはずなんだけど……、実際には、あまりにも い魔法を正面からまともに受けてしまったりすると、治す もなく、死んでしまうことも多々あるみたい。だからね、魔法がじわじわ いてくるっていうのは、魔法のことをよく知っていて、なおかつ腕も立つ、歴戦の兵士たちの で言われている言葉なの。敵と相対あいたいしたそのあとで、例え生きて戻って来られたとしても、もう既に身体の中に魔法は入り んでしまっているかもしれないから注意しなさいっていう……つまり、教訓みたいなもの 

 なぜユリが歴戦の兵士たちの格言を っているのかは分からないのだが、ルーツが納得したところでユリは けた。

「ちなみに、この場合における『力量』っていうのは、技術的な じゃなくて、平時に身体に溜め んでおける魔素の限界量に由来しているのよ。だってほら、一度に放出できる魔素の量が ければ、自然と魔法の威力は高くなるじゃない? でも、その総量は、アンタもよく っての通り、一部の例外的な人々を除けば、一歳ごろまでにもう まってしまうみたいだから、強い魔法が使えるからと言って威張いばれることじゃないんだけど 

 そういうと、ユリはルーツに同情心でも こしたのか、なんだか心なしかはかなげに笑った。だが、しかし。本当に今の に間違いがないのなら、きっと人一倍強い魔法が使えるユリの身体にはいっぱい魔素がまっているのだろう。

―――――――――037 ―――――――――

 それならどうにかして、その一部でもいいから、ゆずけることは出来ないものなのだろうかと、未だに魔法を使 うことを諦めきれないルーツがそうつぶやくと、ユリはめずらしく、つまらない冗談じょうだんに乗ってくれたのか。こんなもの、本当に かにあげられるのなら、一部と言わず全部あげちゃうわよ、と言葉を してくれる。

 それからは、おそらく夜間につきものの 高揚感こうようかんがそうさせたのだろうが、自分でもよく分からないほど話がはずんで、ようやく話が本題に戻ってきたころには、 なくとも一時間ほどの貴重な睡眠時間が失われていたのだっ 

 だがユリは、眠りにつくために をしているという当初の目的を忘れてしまったようで、ルーツにしてみれば実にありがたいことなのだが、一度切りが いても次から次へと、際限さいげんなしに、いろんな魔法の講義を続けてくれてい 

「でもまあ、魔法が使えないアンタにこんな事を うのもなんなんだけど、もし誰かに、魔素の流れをみだされちゃったとしても、戻し方をちゃんと知っていれば問題ないのよね。 えば……身体が異常をきたす前に、掛けられた魔法を識別して、瞬時にまったく の魔法を自分自身に掛けてしまえば、魔素の流れは元通り。 ? ちゃんと理解しちゃえば、魔法なんて、そう怖い物でもないでしょ ?」

 しかし、その、少し しげで、なんだかいつもより丁寧な態度はまるで、自分より年下の何も知らない男の に、物事を手取り足取り、基礎から教えようとしてくれている、どこぞの親切なお さんそのもので。話を聞いているうちに、ルーツは昨晩、ユリが奇妙なことを っていたことを思い出す。

―――――――――038 ―――――――――

『自分の家を飛び出してから十一年もの間、どこかにひそんで暮らしていた』

 その、ユリの言い が真実ならば、いったいユリは、本当は何歳なのだろう。

 突拍子とっぴょうしもない答えが返ってくることを恐れつつも、自身の直感を確かめたくて、ルーツはその真偽のほどを、ユリにたずねてみることにしたのだっ 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る