第181話 向き不向き

「だけどね、実を言えば、ほんの少し きかじっただけっていうのが一番良くないのよ。だから、アンタが心の底から魔法のことを びたいって思っているなら本当は、例え何年かかってでも自分の力で文献ぶんけんに当たって、一つ一つ理解していったほうがいいと うんだけど」

 そう、つっけんどんに いつつも、ユリはいろいろと疑問に答えてくれた。いつもなら、しつこいと一蹴いっしゅうする、ルーツの浅はかな質問にも、ちくいち丁寧に反応を してくれ 

「だから――、アンタは魔法 がどんなものなのか、ちゃんと理解していないから、そんな初歩的な間違いを こすのよ」

 これは、狩りの際、どうして村の大人たちは に魔法を撃ち込むことをせず、わざわざ急所に たらないと一撃で獲物を仕留められないような旧式の弓を使っていたのだろう、と疑問ぎもんていしたルーツへのあきごえだ。

「魔法は獣を るには向かないの」

 断定するような口調でそう われ、ルーツはうーんと首を傾げた。

 確かにユリの言う り、場所や対象物の大きさによって多少の向き不向きはあるのかもしれないが、魔法の強大な を今まで何度も目にしてきた身からしてみれば、それでも魔法が弓に る場面があるとは思えない。

 すると、ユリもルーツがまったく納得していないことが かったようで、こればっかりは一から説明した方が早いわね、と天井を めながらぶつぶつ言った。が、

―――――――――031 ―――――――――

「そもそも、アンタ。自分がどうして魔法を使 えないのか、ちゃんと分かってる?」

 いくらルーツが世間知らずの どもだとは言っても、流石に自分のことくらいは言われなくても知っている。『魔素』という存在が身体の を流れていないからだろう、と言葉を返すと、ユリはうなずいて、話を進めた。

「そう。身体の中に、魔法の元になる媒体ばいたいが無いから、アンタは魔法を使えない。そして、これは も同じ」

 そう前置きをすると、ユリは、他者に魔法を けられた際に、身体の中でどんな現象が きているのか、ということについて語り出す。が、それは非常に分かりにくく、時おり専門的な用語が含まれる しい説明だったので、ルーツが顔をしかめていると、ユリは分かりやすく身近な を持ち出してくれた。

「分かりにくいなら、ヘビの毒でも思い かべてくれればいいわ。あの、まれるとじわじわ効いてくる痛いやつ。魔法って、 とよく似ているの――というか、ほとんど一緒。毒は血流を通じて全身に行き るけれど、魔法は体内の魔素を乗り継いで全身に回る。 いと言えば、そのくらい」

 その後、更に つか補足をしてもらい、ルーツはなんとか理解したのだが、どうやらユリは、『獣の には魔素が流れていないから、魔法が十分に効かないのだ』と、そう いたいらしい。しかし、床に大穴を開けたり、人が吹っ飛んでしまうほどの衝撃波を み出したり……。そんな魔法の一切が、都合よく獣だけに かないなんて、やっぱり納得いかないと、ルーツは再びうーんとうなった。

―――――――――032 ―――――――――

 するとユリは、眠気などまったく感じさせない るい声でこう告げる。

「それなら……せっかくだから、具体的な呪文を に挙げて、考えてみましょうか。うーんと、話を単純にするために、本来空気中に っている魔素のことは考えないっていう前提 

 そういうと、ユリは天井に かって、自身の右手を高く上げた。

「私が――別にこれは でもいいんだけど……例えば、リカルドの身体に火をつけたいと思ったとします。そうしたら、やることはただ つ。リカルドに狙いを定めて、手のひらでも向けて、魔法を ち込むだけ。ここまでは付いてこれてるわよ ?」

 どうしてそこで、リカルドの名前を したのかは分からないのだが、そこにさしたる意味は無いのだろう。そう考え、うなずくと、ユリは ける。

「魔法が当たったら、リカルドは えるでしょ」

「うん、 える」

「だからその魔法 には、人体を発火させる効果がある」

うん 

「だけど、空気中を進んでいる間は、魔法は じゃないの」

うん ?」

着弾ちゃくだんして初めて、炎になるのよ」

   

―――――――――033 ―――――――――

 もしかすると、知らず知らずの間に ってしまっていたのかもしれない。途中で急に意味が分からなくなり、頭の中がハテナマークで め尽くされてしまったルーツは、もう寝る気もがれてしまって、上半身をがばっと起こす。

 だが、ユリが言うには、ルーツはきちんと説明をすべて いていたようで……。もう一度ゆっくり ってあげるから、ちゃんと横になって聞いていなさい、とルーツをたしなめながら、ユリは かに口を開いた。

「息を ったり、獣以外の食べ物――例えば野菜や果物なんかを食べたりすることで勝手に取り込んで、日々の生活の で勝手に出て行くもの。それが魔素。これは大丈夫よね。魔素は空気とか血液とかと じように、私たちがいちいち命令しなくても、普通なら身体の中をぐるぐる循環じゅんかんしているの。そして魔法を使う時は、その れが外に向かって働いて、魔素は一度に手のひらから塊として射出しゃしゅつされる。つまり、魔法は魔素の なのよ」

 そういうと、ルーツが理解するまでの間をはさんで、ユリは続ける。

「だから、誰かに魔法を けるってことはつまり、元は自分の一部だった魔素の塊を、相手の身体の中に無理やりぶち んで、魔素の流れをかき乱すってこと。目に見えない異物を送り んでいるって思ってくれればいいわ。……ちょっと違うけど、ヘビの体液を傷口から し込まれているって言ったら、その恐ろしさがアンタでも分かるかしら? 魔法は時間を けて身体全体をめぐる。そして組織をおかして、内側から人を死にいたらしめていく 

―――――――――034 ―――――――――

 とまあ、こんなふうに、まるで魔法が悪の権化ごんげか何かであるかのように、ユリはつらつらと語っていたのだが、魔法によって日々の らしが成り立っているというのもまた事実である。となると、おそらく、魔法は と悪の両方の性質をあわせ っていることになるのだろうが、それはともかくとして、果たして、魔素の流れが少し わったぐらいで、人は死んでしまうものなのだろうか。そう思い、たずねると、ユリは大きく息を吐いて、口を いた。

「身体の隅々すみずみにまで行き渡っている物の構成が一変したら、人体への影響は計り知れないと思うんだけど。…… えば、血液が逆流したら、人なんて簡単に死んじゃうじゃな 

 確かに、 われてみればその通りかもしれないと、ルーツは自分の手首に浮き出た青筋をじっと める。そのあとで、ようやく分かってきたと伝えると、ユリは心なしか しそうだった。どうやらルーツに説明することもまんざらではなかったらし 

「魔法は魔素だけに反応 するの。だから、もし空気中に魔素が一切なければ、魔法は効果を しない。人体とか、草木とか、その草木を使って造られた建造物とか……魔素がふくまれた かに当たらない限りわね。それに――、」

 ユリはまだまだ語ることが きないみたいだったのだが、この話題だけで夜を語り かしてしまうのは、なんだか非常にもったいない。

 とすると、ようやく調子が てきたところで申し訳ないのだが、この場は一旦ここらで話を打ち切って、違う話題に移った方がいいだろう。そう い、ルーツは忘れてしまわぬうちに、話を聞いている最中に じてきた新たな疑問について、ユリにたずねてみることにしたのだっ 

―――――――――035 ―――――――――


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