第180話 枕を並べて

 それから、時間は ぶように過ぎた。一、二回、トイレに立った時を除けば、ルーツはずっと、ユリが本日新たに買い んだ雑貨の扱い方を指導されていて、ようやく説明地獄から解放された時には、お はもう真っ暗だった。

 どこからともなく聞こえてくる客寄せの を聞いていると、一日が過ぎるのがこんなに早く じたことはない、とそう思えてきて、ルーツはユリに共感を めてみたのだが、よくよく考えてみれば、午前がまるまる睡眠時間にてられているのだから、短く感じるのは当たり前のことであ 

 そんなふうに欠伸あくびをしながら毎日を無為むいに過ごしていると、あっという間に月日がって、気が付いたときには白いおひげのおじいさんになっているかもしれないわよ。と、ちょっと冗談めいた口調でたしなめら 、なんだか し気恥ずかしくなってしまったルーツは、どうせ れやしないのに、明日から規則正しい生活を送ることをここに宣言したのだっ 

 それはともかく、ろくに動いていなくともお腹はどうにも いてくるので、二人は軽めの夕食を る。

 ルーツとしては、王都での最後の くらい、豪勢なものが食べられると思ってちょっぴり期待していたのだが、残念なことに、本来必要な物がいくつか えなかったくらいには懐事情ふところじじょうきびしいらしいので、仕方なく、二人は恨めしい顔で軟膏なんこうを眺めながら、味気のないパンを口に運ぶことになっ 

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 そうそう。どこぞの かさんが勝手にお金を使いこんでしまったせいで、結局、リュックは一つしか新調できなかったらしい。それも、やっとのことで に入れたのは、誰かのお がりとして売りに出されていた、状態がすこぶる悪い、しかもわけありの中古品。これを選んだユリの言うことを じるならば、この価格帯の大きなリュックはもうほとんど れてしまっていたらしいのだが、ひょっとすると、どこかで空前の旅行ブームでも き起こっているのだろう 

 唯一、誰にも見向きもされずに売れ っていたというこのリュックは、訳ありと言われるだけのことはあり、 らく掃除がされていない汚い煙突えんとつの中でももぐってきたみたいに真っ黒くすすけているし、底もあんまり安定していない。それに、左の肩紐かたひもなんか、根元の部分から取れかかっていて、ユリが で補修してくれなければ、まったく使 い物にならないところだっ 

 とは言っても、二人が元々持っていたリュックは、殺人事件の遺留品いりゅうひんとして憲兵たちに押収されてしまっているので、それを たに使うより他はなかったのだが、平時であれば、絶対に に取ることはなかったろう。

 それからは、どういう り行きでそうなったのかはもう忘れてしまったのだが、移動手段を手に入れるまでの荷物係を めることになって、すったもんだがあった挙句、結局ルーツがおんぼろリュックを背負う羽目になっ 

 どうせうことになるならば、率先して自分から き受けると言っていれば、少しは格好もついたのかもしれない 、それはあくまでも結果論。実際には、ルーツは、 い荷物は力が強い方が運ぶべきという自分に有利な持論を展開した に、くじ引きで負けて持つことになったので いようがない。

 全てが決まってしまったそのあとで、やっぱり荷物は わりばんこで持った方がいいのでは。と、ルーツは自分勝手な を持ち掛けたのだが、ユリはまったく同情してはくれなかっ 

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 その後は他にすることもなくなり、もう朝を つのみとなると、明日は出来るだけ早く王都を発ちたいということで、二人は早めに寝支度を整え、とこいた。

 その際、ユリは昨晩のルーツの寝相ねぞうの悪さを思い返していたのか、しばらくどこで寝たらいいのか っている様子だったのだが。

 離れて寝るのも奇妙な話だと思ったのか、少し戸惑とまどうようなそぶりを見せた後で、自分の布団をルーツの側まで せてく 

 結局二人は、枕を並べて寝ることになった。だが、起きた時間が かったせいなのか、明かりを消し、毛布にくるまっても、ルーツの目はまだえていて寝られない。

 寝返りをうっても、ただじっと になっていても、一向に眠くなってくる気配がしないので、ひとりでもぞもぞしていると、そんなルーツの姿 を見かねたのか、ちゃんと ないとまた明日起きられなくなるから、とユリはそう警告してきた。だが、理由は違えど、どうやら れないのはユリも同じだったようで……。おそらく眠れないのは辺りが静かすぎるせいに いない、ということになり、二人はどちらともなしに昨日の話の きをすることになった。

 片方が疲れて ってしまうまでの条件付きで、ユリは昨日話しきれていなかった自身の過去や、思い出した知識をとくとくと る。だが、聞き手であるはずのルーツが、たびたび口をはさんでいたせいか、昨晩と異なり、その話の内容は、苦労話や、シャーロットさんとの しい思い出に帰着することになった。

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「だから、こうやって手を広げるでしょ? で、 の中で、イメージを増大させる。そうしたら、いつの間にか、手から が出ていたの」

 特に、魔法の話にルーツはかれた。だが、魔法の技術に関しては、ユリは意外にも感覚派であったらしく、ざっと話を聞いた限りでは、魔法の神髄しんずいらしき部分はその影すらも見えてこな 

 選考会の はあれほど苦心しても何一つ習得できなかった魔法が、今では簡単に使えるようになっているところを るに、おそらくは思い出した記憶の中に、魔法を使 うコツのようなものが含まれていたのではないか。と、ルーツとしてはそう っていたのだが、その点に しては、本人も未だによく分かっていないらしく、細かいところは のまま。

 ところで、ルーツは一縷いちるのぞみにかけて、魔素が身体に流れていない人でも、魔法が使えるような裏技を知らないか、とユリにたずねかけたのだが、そんなものは存在しない 、見事に一言で切り捨てられた。ユリが得意気に雄弁ゆうべんを振るっているかたわらで、 もこういう時だけ理論的にやっつけてくれなくてもいいのにと、ルーツがこっそり半べそをかいていたのはここだけの である。

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