第176話 肌のお悩みにはこれ一つ!

 だが実際、ルーツの想像とは裏腹 に、このサービスを運営している人々は、王都では広くその名が知られている至極しごく真っ当な団体の構成員であるようで。

「まったく、災難でもなんでもないでしょう? ちゃんと利用する の諸注意は、どのチラシにも大きく書いてあったのに、それを全部読み ばして、不用意にあちこちさわってるアンタが悪いんじゃな !」

 ルーツが不服そうな をしていることが分かったのか、ユリは怒鳴りつけるようにそんなことを ってくる。

「ほら、ここ。『商品をお求めになる際は、三度続けて、ご希望の品にれてください』って、すぐ真上に いてあるでしょう?」

 見ると かに、先ほどひらけて見た時はどうして気が付かなかったのか。目の悪い老人でも見落としにくいような大きな字体で、注意の文句が かれていた。

 もしかして、間違えたふりをよそおって、意図的に軟膏なんこうを大量に買い付けようとしていたのではないか。と、あらぬ疑いをけてくるユリに必死で弁明して、ご機嫌を取るべく、その場をあわてて片付けようとしていると、気づけばユリは大きなため息をついてい 

「はー、もう勘弁かんべんしてよね。いくらシャルからお金をもらったって言っても、無限にあるわけじゃないんだか 

 そう いながら、ひー、ふー、みー、よー、と指を折って、残りのお金を数えているユリの姿がなんとも言えず微笑ほほえましくて、ルーツは怒られているのにニコニコしながら、ユリに向かって しかけた。

―――――――――007―――――――――

「でも……、男にられたはずの僕らの財布、どういうわけか、あの路地裏で見つかったんでしょ? 中身も かれてなかったみたいだし、それならまだまだ余裕があるんじゃな ?」

 不安定な後ろのたなにもたれかかりながらそう言うと、ユリはムスッとした顔になって、こちらを見 

「確かにそれはそうなんだけど…… としては、正直このお金にはあんまり手を付けたくないのよね。だってこの財布、そこの路地の瓦礫がれきの上に、まるで取ってくださいと言わんばかりに いてあったのよ? 他の手荷物は、何一つの例外な 、事件の証拠品として全部持っていかれちゃったって うのに。……シャルに聞いても らないって言うし、なんだか薄気味悪くな ?」

 もしかして、私たちをどうしても村に帰らせたい の勢力がいるのかも。と、思いついたようにユリは言うが、そんな りくどいことをして、いったいどこの誰が得をするというのだろう 

「でも……、薄気味悪いけど使 うんでしょ?」

 ルーツが言うと、ユリはどうにも歯切れが そうにうなずいた。

―――――――――008―――――――――

「だけど、それにしても りそうにないって言ってるのよ。……まず食費でしょ。それから替えの服。一泊二日か、二泊三日くらいで辿たどり着くなら我慢がまんもできるかもしれないけれど、それ以上にかかるとなる 、必要なものはいっぱいある 

 それに、 もついさっき知ったんだけど、魔脚まきゃくって丸一日借りるだけでもとんでもなく値が張っちゃうのよ。もちろん、運転手なんてやとおうものなら尚更なおさらに。かと言って、まさか まで歩いて帰るわけにもいかないし……だから、勝手に使っていいお なんてどこにもなかったの! なのに、どこぞの かさんが軟膏なんこうなんて、どう考えても必要のないものを っちゃうから。……こうなってくると、移動手段も一から考え直さなくちゃいけないわ 

 そんなふうに、ユリがちくいち嫌味ったらしく ってくるもんだから、それならそのシャルさんに、追加でお をせびればいいじゃない。と、ルーツは提案してみたのだが、どうやらそれは で言うほど簡単なことではないようで。

「あのねえ……自分のふところが痛まない人はそれでもいいんでしょうけども、シャルに頼むのは なのよ? 別にシャルは高給取りってわけじゃないし、このお金だって、私がはじしのんでお願いしたから今ここにるんだから」

 プライドが邪魔じゃましているのか、何なのか。ユリは何が何でも手持ちのお金だけで、この危機を切り けようとしているようだった。そうなってくると、やはり怒りの矛先ほこさきは、どうしてもルーツの方に向いてくるわけで――。

―――――――――009―――――――――

「まったく、こっちは残り少ないがくで、なんとかやりくりしようとしてんのに。することといえば邪魔じゃまばっかり。……ほら、いつまでもそんなところに突っ立ってないで、あっち行った! いそがしいんだから」

 そんなとげのある言葉とともに、部屋のすみでじっとしているよう命じられてしまったルーツは、不貞腐ふてくされて、ひざを抱えて座り込む。とは言っても、やることも無いので仕方なく、棚にめられた本でも読んでひまつぶそうかと考えていると、不意に軟膏なんこうのことを思い出し、ルーツは試しに自分の身体にり付けてみることにし 

 だが、綺麗きれいなお花の絵柄が描いてあるふたを開けて、匂いをいでもそこからは、いい香りも、キツイ匂いも、全く何もただよってこない。

  ったところがスーッとするわけでもなく、特に変化も感じられないので、ルーツは一瞬、まさか偽物をつかまされてしまったのかと、そんなことを疑ってしまった。が、塗り んだ部位をよくよく見ると、いつの間にか、遂先ついさきほどまで、そこに確かにあったはずの さなホクロがなくなってい 

 実は、ルーツは効能も何も見ずにこの商品を ってしまっていたのだが、改めて容器をよく見てみると、そこには、『 るだけで二十代の肌へ。シミ、そばかす、吹き出物。ベタつき、肌荒れ、乾燥肌。その他、肌のお みにはこれ一つ!』という、何やら胡散臭うさんくさそうな言葉がずらずらと書き連ねられてい 

 がいしてこのようなうた文句もんく誇張こちょうであることが多かったりするけれども、どうやらこの商品に っては、何一つ偽りはなかったらしい。となると、少し期待していたのだが、返品も かなさそうだった。

―――――――――010―――――――――

「まあ、でも、十年後くらいには に立つかもしれないから――」

 たない!」

 どうやらユリはいそがしいなどと言いつつも、コッソリこちらの様子をちらちら確認していたようで。癇癪玉かんしゃくだまが破裂したところで、ルーツは今度こそ、すごすごと後ろに引き下が 

 この軟膏なんこうを、二人が王都のお土産として村の女性陣に分け与えれば、飛び上がって喜ぶ村人もきっとたくさんいると うのだが。もちもち肌の少女には、綺麗な肌のありがたみというやつがまだまだよく からないのだろう。

 そんなことを考えながら、ユリの を見つめていると、

「何? さっきから人の なんかジロジロ見て。私の顔になんかついてるの?」

 まだ話しかけてもいないのに、ユリは不機嫌な でぶつぶつ文句を言ってくる。

「時間って うのはね、どれだけあっても困ることは無いんだから。これ以上、無駄にさせない !」

 自分だって、庭付きの赤い屋根の が売り出しにかかっているのを見て、しばらくうっとりしていたくせに、まったく って理不尽である。ルーツは、ユリがこちらを向いていない時を見計みはからって、舌を出すとクスっと笑った。

―――――――――011―――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る