第163話 貧乏くじ

「本当に、アンタと一緒に戻っただけで村が救われるんだとしたら――私はいっそう怖いのよ。だってそうでしょう? 村人たちか、兵士たちか。私の判断一つで、生き残る方が決まる。それがホントなら、まるで私が、人の死を決定しているみたいじゃない! 私には――、いいえ、私じゃなくても。こんなの普通、選べないわよ。例え直接的に手を下したわけじゃなくても、自分の判断で誰かの死が引き起こされたのだとしたら――、可哀そうな犠牲者は、物事を決めた人に殺されたも同然なんだから。最初から正解がないと分かり切っている舵取りに、関わりたい物好きはそう多くないでしょう?」

 ルーツが声に出しかけていた言葉の中身に敢えて触れまいとしているように、ユリはルーツの口から手を退けながら言った。

―――――――――491―――――――――

「神様でもあるまいし――」

 人の生死を決めていい者が居るとするならば、それは居るかどうかも分からない神様くらいのもの。おそらくユリは、そう言いたいのだろう。

「ねえ……、答えてよ。たかが子どもの一存で――、人の生き死にってこんなに簡単に変わっちゃっていいものなの?」

 ユリの問いかけに対する答えは見つからなかった。だが、『選ぶ』という行為そのものが間違っているとは思えない。

「きっと――、選ばない人は、責任を負うのが怖いだけなんだ。結局、同じことなのに。気が付いても見て見ぬふりをして、誰かが代わりに決めてくれるのを待っている。いざとなったら嫌々従っていただけだと、決めた人に全責任を押し付けて自分だけ逃げられるように」

 尋ねかけてきたユリに、ルーツは少し、間をおいてから答えた。

 最終的に決めたのが自分以外の誰かだったとしても、その誰かを信じ切り、全てを任せてきたのなら、責任は自分にも存在する。各々がそんな心持ちで居られれば、『決める』という行為に尻込みする人も少しは少なくなるのだろう。

 が……、貴方が決めたことだから、と弱音を吐くことすらも許されず、失敗したら陰口を叩かれるが、成功すれば皆の功績にされてしまう。こんな状況で、わざわざくじを引きたがる物好きはそういないだろう。

 だがユリは、ルーツを助けるためにこのくじを――ハズレしか入っていないこのくじを、今までずっとルーツの代わりに引き続けてきたのだ。

―――――――――492―――――――――

「ごめんね、ユリ」

 記憶の部屋の時も、路地裏の時も。ルーツが背負わなければいけなかったはずの責任を、文句も言わず、一人でしょい込んできたユリにルーツは謝った。

「元はと言えば、僕が赤鎧に突っかかっていったからいけなかったんだ。ユリの忠告通り、あの親子に関わり合いになることなんかせずに早々に立ち去ればよかったのに、納得いかないことがあるからと言って、どこまでも食い下がった結果、僕は大怪我をした。しかも、助けようとした男の手にかかって。完全に自業自得だ。同情の余地もない。だけど、ユリはそんな僕を見捨てなかった」

 これからは二人で考えていく。ルーツは以前、ユリにそう約束したのに――。

 言えば言うほど、自分がどんなにユリに頼り切りになっていたか、ルーツは改めて分からされる。

「どうして兵士たちを殺すことになっちゃったのか、詳しく話してくれないから、僕はまだ状況をしっかりとは呑み込めていないけど、今回の事件が、ユリが僕をかばおうとした結果、起きてしまったことなんだって事は、会話を交わしているうちに僕にも段々分かってきたよ。だから、元凶はユリじゃない。僕なんだ。許可証の価値を守りたい赤鎧たちと、自分の娘を守りたかったあの男。僕が無神経にその間に割って入らなければ、男だってあれ以上、罪を重ねることはなかったろうに。自分でしたことの責任は、自分で背負うべきだったのに! 言いがかりをつけた僕が意識を失っちゃったから、ユリは僕の代わりに人を殺すことになっちゃったんだ!」

「そんな言い方しないで! まるで感謝してるみたいに!」

 非を自分に向けさせようとしたルーツに、睨みながらユリは言った。

―――――――――493―――――――――

「アンタがどう解釈しても、私が殺したことには変わりないの。自分でも間違ったことしちゃったって、そう思ってるんだから。アンタなんか、見捨てればよかった。助けなきゃ良かったって、ここんとこずっとそう思ってた。一人を助けるために八人も殺すなんて、そんな割に合わないこと、何でしちゃったんだろうって。アンタも言ってたじゃない! 誰を殺したとしても一人は一人だって。だったら、私が村の人――たかが百人程度を救ったところで何になるの? その過程で、兵士を百人以上殺す羽目になるのなら、差し引きゼロ。もしくはマイナス。まったく意味ないじゃない! 私はきっと、救うより多くの人を殺すことになる。良いことしようと思っても、私はやっぱり不幸しか巻き散らせないのよ!」

「そんなことない!」

 ルーツは反論しようとしたが、ユリは強い口調で言葉を続けた。

「兵士のことを、鎧を着たお化けだとでも思っているから、アンタはそんなこと言えるのよ。彼らも、アンタと同じ、人なのよ! 村の人たちともまったくおんなじ」

 私に固執しすぎて大切なことを見落としていると、ユリはルーツに警告する。

「例え、どこかの村が理不尽な被害にあっていたとしても、自分とまったく関係なかったなら、わざわざそこまで出向いて行って、手を貸そうとする人なんていないでしょう? ましてや、自分の身まで危険にさらされるのだとしたら」

 迷いながらもルーツが小さくうなずいたのを見て、ユリはさらに続けた。

―――――――――494―――――――――

「だったら私は関係ない。あんな村に知り合いなんかいないから。半年もいなかったんだもん。さすらいの旅人のようなものよ。記憶が戻るまでの短い間、ちょっと居候させてもらってただけ。確かに、看病してもらったのは感謝してる。だけど、それだけで、どうして命まで張らなきゃいけないの?」

「でも、さっきまで、ユリはその命を、簡単に捨てようとしていたじゃんか。それも、変な責任感で」

 何か思うことがあったのか。簡単に、とルーツが言ったところで、ユリは顔をしかめるようにする。

「変とは何よ。必死で考えて、考え抜いた結果、私はそうすることにしたの!」

「なら、僕より馬鹿だ」

 そう吐き捨てた瞬間、平手打ちが飛んできた。ピシャリ、という乾いた音とともに、じんわりと一瞬遅れで頬に痛みがやってくる。

 ユリは、振り切った手を胸の前で構えたまま、殺気を孕んだ視線で此方を睨みつけていた。が、ルーツは顔の痛みを物ともせずに、口を開く。

「じゃあ、言い方を変えるよ。此処で捨てるはずだったその命、僕の村のために使ってくれないか? それで大勢の命が助かるかもしれないんだ」

「でも、その代償として確実にもっと多くの人が死ぬ。私が今ここで死ねば、全てが平穏に収まる可能性も僅かながらに残されているのに――」

「本気で信じてるの? そんなこと」

 ルーツはユリから目をそらさず、続けて言った。ユリが下唇を噛んでいるのを視界に入れながら、ルーツはそのままずいっと詰め寄っていく。

―――――――――495―――――――――

「これっきりにするから。今度だけでいい。僕のわがままを聞いてくれ!」

「アンタのわがままだけのために罪を重ねる気になんてなれないわよ。未来はそう都合よく変わるもんじゃないし、流れに任せていればどうにかなるだろうなんて、私はそんな、アンタみたいな楽天的な考え方はできないもの。必死なアンタの様子から、既に計画の失敗が透けて見えちゃってるし」

 そう言い、ユリは否定したが、その口調は今までと比べて少し柔らかで、対話の余地が感じられるものだった。

「いずれにせよ、待っているのは破滅なんだよ? 例え奇跡が起こって、自然現象や運の全てが私たちに味方してくれたとしても、立ち向かえば、より多くが死ぬのは決定してる未来なの。分かって言ってるんだよね? 戦いになったら村の人も、兵士たちもたくさん死ぬことが」

「うん、分かって言ってる」

「助けられるの? できるだけ多くの人たちを。森に逃げるより、多くの人が生き残れるの?」

「うん――と言いたいけど、やってみない以上それは分からない。今、嘘をつくのは誰のためにもならないから」

「私が手を貸して、結局どっちも助からなかったら。もし、一度軍隊を蹴散らしたところで、たちまち第二波がやってきて、最初に来た兵士たちも村の人たちも全員死ぬことになったら、私は――」

「僕を殺す――?」

 不意に凍てつくような視線を向けられて、ルーツは思わずそう言ったが、ユリは静かに首を振った。

―――――――――496―――――――――

「いいえ、アンタの前で死んでやる。一生、忘れられないように。アンタが絶対自殺出来ないように、ちゃんと魔法をかけてから」

 それは、時と場合。それと、人によっては死よりも恐ろしい呪いだった。だが、ユリの顔を見るに、そこまで本気だとは思えない。

「その前に死んじゃうかも。僕は力も弱いし」

「許さない。私より先になんて、絶対死なせないから。少なくとも、借りてるもんをアンタに返し終わるまでは」

 肩をすくめておどけたルーツの言葉を、掻き消すようにユリは言った。

 まるで、口に出せば、言葉が真実になってしまうと信じているかのように、その声は大きく、心なしか何だか少し必死なようにも聞こえる。

「僕、何かしたっけ?」

「路地で守ってもらった。槍から」

 単純なルーツの疑問に、ユリは簡潔に答えた。

「そのあと手当してくれたんだから、貸しなんてないよ」

 そう言ってルーツは否定するも、ユリも譲らない。

「いいえ、手当は命を張った行為じゃない。だから明確に借り一よ」

「でも、村を救うために、今から命を張るんだし、やっぱりこれで貸しゼロだ」

 最終的にルーツがきっぱりと言い切ると、ユリもこれ以上、話をややこしくないと言いたげに、ポンと一つ手を叩いて、この話は打ち切られた。

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