第146話 連帯責任

「ところで、アンタ。この街にやってきたばかりの時に、半獣人たち――言い換えるなら、エルト村の人たちに対して、常軌を逸しているほど敵意をむき出しにする人間たちに出会ったのを覚えてる? ……そうそう。半獣人、と言う言葉を耳にした瞬間に態度をコロッと急変させてくる人や、無理にでも理由をこじつけて、食って掛かろうとしてきた役人もいたわよね」

 すっかり気落ちしてしまったルーツに、ユリは丁寧な口調でそう言った。

「それこそ、見ただけでも虫唾が走ると言わんばかりの嫌いよう。身寄りも金も無い浮浪者たちの方が、門前払いされずに話を聞いてもらえるだけ、まだましだった。まあ、どっちも人としての扱いには程遠かったわけだけど」

 声は、どこか心をかき乱される不快な響きを持っていた。

「国にはびこる二つの害。浮浪者と、半獣人。どうせ邪魔なら一回で二つとも、まとめて処分できた方がお得だと思わない? それが、兵士がまだ真犯人を捕まえていない理由であって、現場に重大な証拠品を置いてきてしまったにも関わらず、ろくに隠れもしていない私が未だに捕まっていない理由。そして、私がアンタに手間暇かけて長々と色々説明してあげた理由よ」

 先ほどからこんな感じで、試すような奇妙な問いかけがなされる度に、ルーツはショックを受けている気がする。

―――――――――392―――――――――

「何も浮浪者を一掃したいだけだったなら、どさくさに紛れて私も一緒に処刑してしまえば良かったのよ、きっとバレないから。でも、彼らはそうしなかった。

 それに――、さっき私、アンタの要望にお応えして、かなり威力の強い魔法を、床に向かって撃ったんだけど……あれだけ大きな音を立てたら、誰かしらが気が付きそうなものじゃない? たとえ近くに住んでいる人が全員、倒壊の危険がある住居から退避させられていたとしても、そういう事件現場には、たいてい見回りの兵士がいる。好奇心に駆られた人々が連れ立って悪戯しに来ても、追い返せるよう複数ね。だから普通、不自然な音には何かしらの反応を起こすはず。なのに、誰も此処まで来ないってことは――、希代の殺人鬼を懼れているか、それともどこかから放っておくようにという通達でもあったのか。当然、考えるまでもなく後者が正解。どうやらお偉いさんたちは、この事件を使って、殺人鬼を野放しにしておくことに十分見合うほどの大きな利益を得ようとしているみたい」

 ユリは含むように言った。だが、その意味を考えるまでも無かった。

「裏路地で兵士たちを殺したのは半獣人。そんな噂が広まり始めている」

「ユリは人間だろ、半獣人じゃなくて」

「ん……半獣人じゃないってことだけは確かね。尻尾も鱗も私の身体には無いし」

 石のように固くなっていたルーツが言葉を発したことで、少し流れを崩されたのか、ユリは一瞬目を泳がせた。

―――――――――393―――――――――

「でも、勘違いされちゃうことがないとは言えないんじゃないかしら。なんと言っても、私はあの半獣人の巣窟である、エルト村の出身なんだから。……以前、役所に入った時、名前を確認されたでしょう? その情報と私たちのリュックに入っていた物を組み合わせれば、出身とか大体のことは分かっちゃうし」

「で……半獣人が殺したからってどうだってんだ。誰かが罪を犯したからって、まさか村ごと裁かれるなんてことがあるわけないだろ?」

 ユリが言いたいことが、ぼんやりとだが見えてきた気がして。声を震わせながらルーツが言うと、ユリは続けた。

「そう。確かに、普通は無いでしょうね。連帯責任なんて悪しき風習が残っているのは、晩秋の納税くらいのものだから」

「じゃあ、やっぱり僕の勘違い――」

「でも、もし村長が大規模な反乱を計画していたとしたら? 手始めに王都で騒ぎを起こして、その混乱に乗じて半獣人全体が蜂起する計画を、今の社会に不満を覚えた村人たち全員が練っていたとしたら?」

「考えすぎだ!」

「そう、これはあくまでも、王都の街中で広まっている根も葉もないうわさ話。でもね、今回のように真犯人が出てこない場合、もしくは真偽が誰にも分からない場合。そんな時は、ほぼたいてい、大勢から支持されている言い分や、前々から好かれている者たちの言い分が好感を持って受け止められるのよ。そして、普段から素行が悪かった人の主張は、信用に足るものではないとされて聞き流される。だから――、国中の人たちに嫌われている半獣人が処刑台で命乞いをしたとしても、誰も聞く耳は持ってくれないでしょうね」

 その言葉を聞いて、不意に抑えていた感情の制御が利かなくなり、ルーツは今まで発したことのないくらい甲高い声で叫んだ。

 兵士でもいい。誰でもいい。誰かに此処まで来てほしかった。たったひとりで、ユリと向かい合って、こんなおぞましい話を聞いていたくなかった。

 そう思っていると、ユリは続ける。

―――――――――394―――――――――

「それに、事件の数日ほど前に、差出人が半獣人になっている、いかにも不審な手紙を受け取った子どもたちがいたことを、役人たちは記憶しちゃっているわけだし。今ごろ役所の役人たちは、あの手紙には、殺人を実行せよ、などという命令が書かれていたに違いない、といった感じの風説を、熱心に広げている頃なんじゃないかしら」

「そうでないことぐらい、知ってるだろ! あれは、総長に向けての手紙だった。僕たちを、孤児にするっていう」

「でも、その手紙は私がびりびりに破いてしまったから。あれが出てこない以上、アンタが何を言おうが、子どもの戯言を信じてくれる人は誰もいない。それに、たとえ手紙が見つかったとしても、別の意図が隠されていたんじゃないかって、彼らはそう疑うんじゃないかしら。元々、あの手紙は一見、他愛もない文章にしか見えないように細工してあったんだし。【編入試験の最終日、王都の警備兵を人気のない所まで誘導して殺し、周囲の住居を爆破せよ。出来るだけ大きな騒ぎを起こす事が望ましい。】こーんなメッセージに取れるように、頑張ってこじつけたりするんじゃない? 斜め読みとかしてさ。なんか、やたら言葉遊びが得意な人っているし」

「だったら、今すぐ言いに行けよ! 僕なんてどうでもいいから!」

「計画殺人なら、関わった者全てに裁きを下せる。この場合は、村人全員が。もしくは、虐げられていた半獣人たちが総出で反乱を企てたと見なせば、半獣人全体を。今回の殺人は、いい民族虐殺の道具になったってわけよ」

 その落ち着いた顔を歪ませてやりたい。ルーツはそう思った。

―――――――――395―――――――――

「アンタが起きるちょっと前に、新しい広報が売られてたんだけどね。昨日の今日なのに、北方に軍隊を派遣することが決まったらしいわよ。腐っても自分の国の住民なのに、対話も無しにいきなり。まるで、前々から準備してたみたいに、円滑に事が進んで、世論に押されて議会も承認したみたい。ケダモノどもに目にもの見せてやるって、街中でいい年した人たちが騒いでた」

「ユリは誰かに命令されてやったんじゃないんだろ!」

「ええ。私はいつも私の意思でだけ動くから。誰に言われてやったことでもないわ」

「なら……そんなバカな話、あるもんか!」

「言ったでしょう? 信じるかどうかはアンタに任せるって。だけど、私はあの村の人たちが一方的に殺される姿は見たくないから、出来れば信じて欲しいんだけど」

「見たくない? だったら、どうしてこんな真似を――」

「私はね、新芽を食いつくしちゃうのは、阿保のやり方だって思ってるの。だって、ひとり残らず死んじゃったら、次の代に命を繋げなくなっちゃうでしょ。だからアンタには、村に王都の軍隊が攻めてくるって情報を持って帰ってほしいってわけ。そうすれば、多少なりとも生き残れるかもしれないじゃない? 貴重な研究材料が確保できなくなるのは、私としても望むところではないし――」

「よくも……よくもそんなことが言えるな! 材料だって! モノみたいに! 村の人たちのことを言ってんのか!」

 憎しみが噛みしめた歯の合間から零れてくる。荒い息でルーツは言った。

―――――――――396―――――――――

「情報を持って帰れだって? じゃあ、何さ! 君は此処で、僕と別れて、とんずらここうってわけなのか? こんなことをしでかしておいて、抜け抜けと……いったい何が目的で――」

「目的? 好奇心だって、そう伝えてなかったかしら?」

「僕は!」

 そうしてみせれば、馬乗りになっているユリが怯えるとでも思ったのか、ルーツは何かを噛み千切る真似をした。

「僕は、君を殺してでも、広場まで連れて行くぞ! そして村の人たちの無実を証明してみせる!」

「騙されて、疎まれて、あんなに酷いことばかりされたのに、私より村の人たちの方がいいっていうの?」

「お前みたいな怪物より、良いに決まってるだろ!」

「私が大人しく捕まってあげると思って? それに、アンタいま、殺すって言ったわよね。人にその言葉を言う時は、自分も殺される覚悟をしなくちゃね!」

 その言葉が聞こえた瞬間、ユリの眼が糸のようにすうっと細くなった。とともに、右手が高々と振り上げられていく。

―――――――――397―――――――――

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