第143話 疑いの余地はない
「なんで、そんな……嘘だ。嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だあ! 魔法か何かで、上手く文字を変えてあるんだろ! 僕に恥をかかせるために!」
思い通りにならなくて、かんしゃくを起こすことしか出来なくなってしまった赤子のように、ルーツは壁をバンバン叩いてそう叫んだ。
「どうしてそんなことをする必要があるの? アンタがさっき言った通り、そんな真似をしたところで、私には何の得も無いじゃない。……流石の私でも、理由もないのに酷いことをしでかすほど、ひねくれた性格はしてないわよ」
「うるさい。うるさい!」
ユリの言葉を聞きたくなくて、両手で耳を押さえつけ、自分の声でユリの言葉をかき消そうとする。
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「それに、アンタが頭の中で思い描いているほど、魔法は万能なものじゃないから。その証拠に、文章を書き換える魔法なんてものがあるのなら、誰も書簡を送らなくなるでしょう? ……まあ、確かに私が知らないだけで、この世のどこかには、そんな魔法があるのかもしれないけれど」
「嘘だ。全部嘘だ! そんな話、聞きたくない。言わないで。もうこれ以上、僕に喋りかけないで!」
「……とは言われても。私が兵士を殺したのは間違いないんだから、もうそろそろ、現実を見てくれないと困るんだけど」
「信じない! それにだいたい、ユリはさっきから、これが絶対正しいんだって、そんな感じで情報を押し付けてくるだけじゃんか。そんな一方的じゃ何も――」
「あら。別に私は、盲目的に私の言うことだけを信じろって、アンタにそう強要しているわけじゃないのよ?」
すっと差し込まれたユリの一言に、ルーツの力は一瞬緩んだ。だが、ルーツの前に差し出されたのは、救いの言葉ではなく、十を超える白黒の雑誌をまとめた束。
「自分で選んだらいい。記事はたくさん持ってきてあげたから、中身を見比べて、その中から正しいと思うものを見つけ出せばいい。……載っている証拠品は、どれもおんなじ物だけど、事件に切り込む角度が記事ごとに少しずつ違っていて、見てるとそこそこ面白いわよ? まあ、さすがに、事件そのものがでっち上げ……みたいな突飛な記事は、この中には無かったと思うけど」
そう言いながら、両手いっぱいに紙面を抱えた雑誌を渡そうとしてくるユリを見て、今度こそ固く拒絶したルーツの腕は、ユリの力強い手に捉えられた。だが、
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「やめて! 僕は自分の目で見たものしか信じない!」
「それなら、今まで通り、聞いてくれるだけでもいいわ。私の言うことを聞いて、それから自分で判断して」
素っ気無く言うと、ユリは意外にもすんなり引こうとする。
その変わりように、ルーツは思わず、それならと一瞬うなずきそうになってしまい、ユリの巧みな話術に一抹の恐怖を覚えた。
知らず知らずのうちに誘導されている――。
場当たり的なルーツと違い、ユリは本当に前もって計画して話しているようだった。こうなってくると、その仕草一つ一つも、驚いて見せるタイミングも、ユリの行動全てが、ルーツの反応を少しずつ引き出すための演技だったかのように思えてくる。それはまるで、今までずっと手の上で踊らされていたような――。
危険だ。その先を考えちゃあいけない。
ルーツは自分で自分にそう警告した。
裏を探ろうとする必要なんてない。ユリはただ、引っ込みがつかなくなってしまっているだけなんだから――。
その考えでは、魔法が使えることを、今の今までひた隠しにしていたことへの説明がつかないのに、ルーツは良い方へ、良い方へ考えようと必死になった。
「アンタも、どちらかと言うと、何時までも引きずってしまったり、責任を感じちゃったりするタイプだと思うから、悪いとは思うんだけど」
そう断ると、ユリはルーツが落ち着く前に、続けて話す。
「アンタにもちゃんと意識してもらう必要があるのよ。あの広場で裁きを受けている人たちが、私の代わりに犯人として殺されているだけで、実は今回の事件と何の関係もない人たちなんだってことを。つまり、彼らは私の身代わりなの。……それがどういう事を意味するのか。まだ、話の流れがつかめないような可哀そうな頭をしているのなら、試しに、私が犯人だった場合のことでも考えてみたら?」
そこまで言うと、ユリはここで、しばらく不自然な間を挟んだ。
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だが、そうは言われても――。はなっからその可能性を否定して、そんな想定を一度たりともして来なかったルーツは、ユリの言葉に混乱する。
けれども、沈黙の合間に、
――もし、ユリの言っていることが、全て本当のことだったとしたら。
――もし、ユリが殺人鬼だったのだとしたら。
ルーツはそんなふうに、ユリの発言通りに仮定してしまった。
押して駄目なら引いてみろとはよく言うが、今回の場合も、ユリの態度が、ルーツが信じるまで説得を止めないという強引なものから、ルーツにも選択権があるという消極的な姿勢へと、急に軟化したことが原因だったのだろう。
僕以外の誰かがこれらの証拠を目にした時、いったい彼・彼女らは何を思うのか。
ルーツはそんなふうに、主観的ではなく第三者の目線から。感情の介入しない少し離れたところから、ユリの主張を初めて見つめた。
犯行に使われたのはおそらく魔法。
そして、ユリは魔法が使えることを身近な人間にも隠していた。
――それは何のために? もちろん、追及を逃れるために。
現場に残されていた証拠品はユリとルーツのリュック。
中身まで、ひとつひとつが同じもの。
――それは、ユリが殺害現場にいた証拠。
そして、あの時、ルーツたちの周りには十名ほどの兵士がいた。
――死傷したのは、十一名。
紙面にあった現場の映像は、ルーツが刺された暗い路地と完全に一致。
――疑いの余地はない。
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ユリがルーツに伝えた証拠は、その全てが、ユリが犯人だということを示していて、ルーツはよろめき、悲鳴を上げた。
予想以上に――。証拠は何一つの障害も無く綺麗に――本当に綺麗に繋がって、それ以外の可能性が存在することを許さない。
むしろ、ユリ以外の人が犯人である可能性なんて、本当に存在するのだろうか?
そう思いつつも、その可能性を探して。……いや、探そうとして、ルーツは気が付いてしまった。犯人がユリである可能性が微かに存在しているのではない。ユリでないという可能性が僅かに残っているだけなのだ。それも、信じたくないとルーツが幾つかの証言を読み飛ばすか、聞き流したりしているせいで。
ルーツが一番あり得そうな可能性をかばっているせいで、彼らは――、いま疑いを掛けられている人々は、ユリの代わりに罰を受けて死ぬことになる。
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