第138話 正直者

「全部、演技よ。アンタが鈍感だったから、もしくはアンタの頭が、持ち合わせの常識に合うように上手く解釈してくれたから、バレなかっただけのこと」

「演技だって! 君がしてくれたこと全てが演技だったってんなら今度こそ、僕は誰も信じられなくなる。村民も、村長も……誰一人として、僕に真実を語ってくれなかった。子どもも大人も嘘ばっかり。みんな本音を隠して、他人に嘘をついて、果ては自分自身にまで嘘をついて、上手く立ち回って生きている。だけど、君だけは、僕に隠しごとをしない。そう、僕は都合のいい――、本当に、自分に都合のいい考え方しか出来ないから――そう信じていたんだ」

 でも、思えば疑わしいところはいくらでもあった。

―――――――――348―――――――――

「やっと、君のことが少しは分かってきたって思ってたんだ。君の新しい一面を発見した時、最初は知らない君が怖かったけど、今では、違う君を見れて嬉しいって思えるようになったんだ。なってきたところだったんだ。けど――、それも――」

 ルーツは自信なさげなユリを思い出した。ルーツ以外の子どもと、楽し気に喋るユリを思い出した。花に詳しいユリを思い出した。自分たちの安全を優先して、路地裏の親子を見捨てようとしたその時の、ユリの顔を思い出した。

 どれも――、いや違う。演技じゃない。演技していたようには思えない。ユリと過ごしてきた日々は本物のはずだ。あれが、嘘にまみれた偽りの時間だったなんて――そんなことが許されるわけがない。

「信じたくないよ。でも、何より……例え、全部が嘘だったとしても、僕は記憶を貶めて欲しくない。もし、過去が君にとって、嫌な――忘れたいものだったとしても、それは僕にとって大切な思い出だったんだ。こんなふうに、後出しにされるくらいなら、ずっと隠して――君の心の中に閉まっておいて欲しかった。本音も、真実も、別に僕は知りたくなかった。嘘なら嘘で……」

 ルーツは、奥歯をギッと噛みしめながら続けた。

―――――――――349―――――――――

「僕は知りたくなかった。何もかも、知りたくなかったよ。それに、嘘なら嘘で良かったんだ。最後まで突き通してさえくれれば、気づかなければそれは、僕の中では真実だったのに……。なのにどうして、今この時に、途中でばらすような真似をするのさ。僕の目を覚まさせたのさ。僕は……僕は、ずっと温かい嘘の中で眠っていたかった。冷たい現実なんて見たくなかったよ」

「そうね。まるで、土に埋まった死体をほじくり返して、悪戯して、また埋めているみたい。確かに、貴方の言った通り、過去を侮辱するのは、良くない行為だったわ。もうしない。反省する」

 そう言うと、ユリはペコリと頭を下げてきたのだが、全部演技であったと言われたばかりであったせいか、ルーツにはその態度が、うわべだけのものであるようにしか見えなかった。

「ハバスに――、選考会の時、ハバスに力負けしたのも演技だったの?」

「うん、演技。でも単純に、魔法を使わずに戦うっていうのが、難しかったってこともあるけれど」

「じゃあ、あの案は、魔法を使わずに勝てる案は――僕のために考えてくれたの?」

「ええ、そうよ。もし、私に頼りっきりでも勝てるって分かったら、アンタ、本気で頑張らないし、やる気にもならなかったじゃない」

「魔法を隠していたのは――」

「その方が面白いから。もういいでしょ? そろそろ話すの、飽きてきたんだけど」

 ユリはげっそりした顔をしていた。

―――――――――350―――――――――

「全部、言った通りよ。私は嘘をついていた。でも、そもそも嘘をつかずに生きていくことなんてできないのよ。多かれ少なかれ、みんな嘘をついている。嘘が大きすぎればバレるし、小さければ隠し通せる。ただそれだけの話なの。嘘をつかないと思われている人は、嘘を隠すのが上手いだけ。嘘が、顔や言葉尻に出てこないから、周りの人々がまんまと騙されているだけ。正直者だと思われているだけ。

 ……正直者っていうのはね、本当はアンタみたいな人のことを言うのよ。嘘をついても、すぐに顔に出ちゃうから、本音をちっとも隠しておけずに、行く先々でトラブルを巻き起こしちゃう人がまさにそう。……だいたい、自分と全く同じ考えの人々に出会う方が珍しいんだから、本音だけで暮らしていけるわけがないでしょう? この世界では誰しもが、本音を押し殺して生きている。言いたいことを言いたいだけ吐き捨てる代わりに、こぶしをギュッと握りしめて、誤魔化しながら生きている。嘘だらけだからこそ、世界は潤滑に進むことが出来るのよ」

「僕は正直者なんかじゃない。嘘ばっかりだ、いつも自分の気持ちに嘘をついてる。他人にも――、もちろん顔色をうかがう時だってある」

「だとしても。ほら、外を見て。嘘にまみれた現実を、嘘のおかげで回って行っている世界の姿がよく分かるから」

 そう言うと、ユリは、ルーツを無理やり引っ張って立たせた。それから嫌がるルーツを窓の傍まで連れて行く。そして後ろにすっと回って――、両手で顔を挟み込むようにされたせいで、ルーツは目を逸らすことが出来なくなる。

―――――――――351―――――――――

 目線の先には一人の女性が居た。

 ルーツが先ほど見た、市民に懇願していた女性が、屈強な兵士に指を――、いや小さなコブがついた、淡い黄色の杖を突きつけられていたのだった。

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