第37話 お金だよ。お金。知らないの?

 門には左右それぞれに兵士が立っていて、王都のシンボルらしき、銀色の槍と金色の盾が交差するように大きく描かれた、赤旗を掲げていた。よく見ると、門の向こうに見える家々の屋根の間からも何枚か、同じような赤い旗が顔を出している。

 ルーツの後ろに控える家屋の屋根は、全て橙に近い色で統一されていたが、門の奥に広がる住宅の屋根は派手な物から、地味柄の物まで……色とりどりだった。

 旗を持つ兵士の横を通過すると、兵士はちらりとルーツたちを見たが、それは一瞬だけのことですぐに目を逸らした。門の下にも沢山の兵士が居て、通りかかる一人一人の顔を舐めるようにじっくりと見ている。

 見るだけで何か分かるのだろうか。こんな暗い場所で一日中突っ立っているより、もっと有意義なことがありそうなものなのだが。

 そんなルーツの考えは、門を潜った瞬間、すっかり消え失せてしまった。ルーツの村の家を全部横並びにして、ようやく塞ぐことが出来るかどうか分からない、広場と見まがう規模の大通り。その左端に、ルーツは立っていた。

 門を潜って来たのに、道の端に出るのはどういうことか。そう考え、ルーツが頭をひねっていると、ルーツが通ってきたそこは、歩行者用の門であったらしく、さらに巨大な門がその隣で大きな口を開いている。

―――――――――239―――――――――

 乗ってきた狐型の乗り物とは異なる、球体型や流線型の乗り物が、通りを凄まじい速さで通過していく。一つ一つが通り抜ける度に風も一緒に通りを駆け抜け、終いには、ルーツとユリはその風に煽られ、通りの更に奥へと吹き飛ばされた。

 ポカンとして辺りを見渡すと、手を繋いだ若い男女や、白髪交じりの老人が、口元に優しい笑みを浮かべながら、尻もちをついたルーツたちを遠巻きに見ている。ルーツとユリは顔を赤らめながら、お尻に着いた埃を払い、立ち上がった。

「なんか、アンタと同類に見られてるようで嫌」

「なんも間違ってないでしょ。心配しなくてもユリも、なにも知らない田舎者だと思われてるよ。僕とセットで」

 ルーツたちは人びとの視線から逃れるように、大通りから中道へと入り込み、建物を伝うように歩いた。だが、中道とはいってもそこは王都。風を切るとまでとはいかないが、相変わらず乗り物はビュンビュン通りを駆け抜けている。

「そういえばアンタ」

 ユリが唐突に話をふった。

「学院がどこにあるか知ってんの?」

 ルーツは顔をしかめる。

「えっ、ユリが地図を持ってるんじゃないの?」

「もしかしてアンタも持ってないの?」

 到着早々、雲行きが怪しくなって来た。事実を受け止めたくないユリとルーツは互いのカバンの中を探り合う。だが、中身を幾らひっくり返しても、現在位置が分かるようなものは何も入っていなかった。

―――――――――240―――――――――

「そこらへんを歩いている人に聞けばいいんじゃないかなあ?」

 何気なく口にしたルーツの提案に、ユリはギョッとした顔をする。

「いいけど、アンタが話しかけなさいよ。私、そういうの嫌だから」

「そういうの、ってなんだよ。まあ、いいや。じゃあ、僕が聞くよ」

 ルーツは、首を伸ばして周囲を伺った。だが、通り過ぎる人たちは、みな自分のことで忙しそうで、立ち止まっている二人のことは目に入らないようだ。となると、住民に話しかけた方がいいのだろうか。

 そう思っていると、家の玄関口で腕を組んでいる、無精ひげで筋肉隆々の男性と目が会った。大きな図体のせいか、通行人を一人一人睨みつけているようで何だか怖い。

「いや、やっぱり遠慮しとく。せっかくだし、散歩でもしながら見つけようよ」

 ルーツの申し出に、ユリは快く同意した。

「ウーレンで生まれたブランド羊! いまなら持ち帰るまでに必要な餌も十日分つけちゃう。これでたったの青貨四枚! 三頭買ってくれれば青貨十枚にするよ!」

「南方で取れたクチャの実。美容にも健康にもこれ一つ! さあ、寄った寄った、残り二十個。限定二十個だけ。この機を逃すと当分手に入らないよ!」

 随所から張り上げた声が飛んでくる。どうやらルーツたちは商店が連なる通りにいるようだった。この街に住んでいるのだと思われる女性たちが、ルーツたちの眼の前の家に列をなして並んでいる。

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『フローランの薬草直売所』

 家に取り付けられた看板には、そう書かれていた。通りを見ると、家の一階がまるっと売り場になっている店と、家の前に五段ほどの、ルーツたちの目線より少し高いくらいの棚を設置し、そこで物を売っている店。ざっと見ただけでも、店の形態は大きく分けて二種類あった。だが、どちらかというと前者の方に人びとは集まっている。

 ルーツたちは、道を塞ぐ女の人たちの列を掻い潜り、先に進んだ。

「ちょっとそこのお嬢ちゃんとお兄さん。これ、買ってかない? お土産にどう? お母さんが喜ぶわよ」

 先ほど声を張り上げていた羊売りの店主の、二つ右隣に店を構えている女が、物陰から半身だけ出し、ルーツたちに話しかけてくる。この女性に限らずどの店主も、一言目は優しげだったが、ルーツたちがわき目も振らずに歩いて行くのを見ると、すぐに表情を変えた。

「買わないなら、眼の前を通るなよ、クソガキ」

 特に、とある化粧を塗りたくっていた女が吐いた二言目は、ルーツに強烈な印象を残していった。人はここまで態度をコロコロと急変出来るものなのだろうか。

 ちなみにその店主は、腕に高価そうなブレスレットをじゃらじゃらと付けた、とある客が立ち止まるのを見ると、たちまち声のトーンを三段階は上昇させていた。

―――――――――242―――――――――

 そんなこんなで、ぶらぶらと、当てもなく人混みの中を歩いていると、

「ねえ、さっきから飛び交っている緑貨とか、青貨とかって何なの?」

 人びとの注目を引かないようにずっと押し黙っていたユリが、ルーツの耳元で話しかけてくる。

「えっ、お金だよ。お金。知らないの?」

「それは見てればわかるけど……つまり、この中に入ってるお金がどのくらいの価値を持ってるか分かんないってこと!」

 ユリは、ルーツの右腰の辺りの少し膨らんだ所を指差した。

 そういえば、ユリに半額ほどお金を渡しておいたのはいいが、まだ一切のことを教えていなかった。教えてもいないのにルーツより多くのことを知っているものだから、時々ルーツは、ユリが記憶喪失に合っていることを忘れそうになる。

「あー、えーと」

 ルーツは、腰のポケットから何枚かの貨幣を取り出すと、ユリに差し出した。

「こいつが緑貨」

 親指くらいの大きさの、深緑色の楕円がユリの手に渡る。

「そしてこっちが青貨」

 同じ形の、透き通った青色の貨幣が隣に並んだ。ユリは顔の前で貨幣を掲げると、左目をつむり、光に透かすようにして眺めている。

―――――――――243―――――――――

「分からないわね」

 ユリは、眩しいのか右目も細めて、胡散臭い物でも見ているような顔だった。

「こんな塊に価値があるなんて。もっと綺麗な石とか、そこらを探せば落ちてそうじゃない」

「なんでも、魔素が含まれてるらしいよ。魔素の含まれている割合によって、赤、青、緑の三色に変化するんだってさ。そういえば、僕。前に貨幣がどこで造られてるのかについて聞いたことがあるんだけど……」

 知識をひけらかして、得意気な顔をしたかったルーツは、うまーく話をすり替えようとするが、

「どうして魔素が多く含まれてると価値が上がるの? 希少だから?」

 ユリはあくまでも価値にこだわった。

 話の腰を折られたルーツは、一瞬分かっているふりをしようか迷ったが、それで後々知らなかったことがバレたら余計カッコ悪いと、素直に諦めて、ため息をつく。

「あんまり突っ込んで聞かないでよ。僕だって、そんなに詳しいわけじゃないんだから」

 ユリが大人しく引いてくれたので、ルーツは、話を本題に戻した。

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「緑貨は一番下のお金。百二十枚で青貨に変わる。そしてここには無いけれど、青貨を百二十枚集めれば赤貨と同じ価値になる」

「財布に入らなくなりそうね」

 そういったユリに、ルーツはよく聞いてくれたと満足そうな顔になる。

「だから、小さな奴がある。こっちは豆緑貨、こっちが豆青貨……」

「で、豆赤貨は無いのね」

「その通り。どうせそんな大金、相当な金持ちでもなきゃ一度に使う機会なんて無いからね。もし拾ったら、一年くらい遊んで暮らせるけど、そもそも持ち歩く人がいないし、目を凝らしててもしょうがないよ。豆緑貨十枚で、緑貨一枚と交換出来て、緑貨十二枚で、豆青貨一枚と交換。あとは、一緒。お金に関してはこんなところだよ」

 口早にベラベラ喋ると、ユリは腕組みをして何やら考え始めた。

「じゃあ、あそこの羊はかなり高いのね」

「餌も同時販売されてるってことは……食用じゃないからだと思うよ。ちゃんと世話をすれば、数年間はあったかい衣服を提供してくれるだろうし」

「それでもよ」

 確かにこの商店街で聞こえてくる値段は、ルーツが普段、雑貨屋で目にしている価格より数段高かった。

―――――――――245―――――――――

 自信たっぷりにユリに説明したのは良いが、実をいうとルーツは、未だかつて豆緑貨しか使ったことが無い。おやつにピラーの実を買うならば豆緑貨が数枚あれば事足りる。何回かルーツと一緒に買い物に行ったことがあるにも関わらず、ユリが貨幣価値を知らなかったのはそのせいだろう。


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