第七章 困惑の王都
第36話 ひぇ~相変わらずでっけえなあ
「こいつで決める!」
ルーツは残り少なくなった山札の上から、祈りを込めてカードを引いた。
「来た、来た、来た、やっと来た~!」
「早く出しなさいよ、後がつかえてるんだから」
喜ぶルーツに、ユリは欠伸をしながら言った。ユリの防御カードは残り一枚。行ける、同時に出せば、鉄壁だったあの守りを打ち砕ける。
ルーツはカードをテーブルに叩きつけた。すると淡い光とともに、乳白色のしなやかな肢体をした手のひらサイズの人型が――、いわゆる妖精が場に飛び出し、ルーツを見つめる。主人の命令を待っているのだ。
「一歩、前に進んで」
ルーツがそう呟くと、妖精は、人で言う肩甲骨の辺りに生えている、翡翠がかった半透明の美しい羽から光の粉をこぼしつつ、ゆっくりと前に進んだ。
「そこで、こいつを同時召喚して、その効果で妖精をもう一歩前に……」
だが、勝利を確信し、一気にまくしたてるルーツの口を、ユリが塞ぐ。
「残念、そこはトラップよ」
テーブルの上を見ると、先ほど場に出したばかりの妖精が暗黒の渦の中に吸い込まれ、消えていくところだった。
―――――――――233―――――――――
「ちょ、ちょっと、待って。やっぱ無し、今の無し」
掴めそうな位置にあった勝利が遠ざかっていく。
「だーめ、ハイ、ここをこうして私の勝ち」
あっという間に、ユリの手駒の鎧が粗末な青銅から、煌めく赤色に変化し、ルーツの駒をなぎ倒す。ルーツがあたふたしている間に、周囲を取り囲んでいた髭面の猛将はすべて消失し、ルーツはこれまた掌くらいの兵士に剣を突きつけられていた。
「負けました……」
そういうと、兵士たちは次々にポンという軽快な音とともに消え、後には百枚近くのカードだけが残った。項垂れたルーツを他所に、ユリはテーブルの上に現れた二人分のお菓子を美味しそうにほうばる。
「もう諦めたら? これで、何回目だっけ? ほら、どれだけやったのかもわかんなくなってきたし」
乗り物の中で暇を連呼し始めたユリを見かね、ルーツはカバンの奥底にしまってあった魔獣カードゲームを取り出した。だが、ルーツが勝ったのはユリがルールを把握しきれていない最初の数回だけで、後は惨敗。ユリはもう覚えていないだろうが、これでユリの二十三連勝となっていた。
―――――――――234―――――――――
「納得いかない、もう一回」
「納得も何も、これだけ負けてるんだから運だけの問題じゃないでしょ。あーあ、そろそろ到着しないかなあ」
ユリの嘆きとともに、車内は大きく揺れた。カードが宙に舞い、ルーツはダイビングキャッチをかまして、その中の一枚をなんとか捕まえる。
「お二人さん、もうすぐ着くよ」
前方で談笑していた役人が二人の方を振り返った。ユリは、やっと逃れられたとばかりに希望の光を目に溜める。ルーツがようやくカードを拾い集め終わったところで車内はもう一度大きく揺れ、ルーツの何分間かの苦労を台無しにして止まった。
上部からは眩しい光が差し込み始めていた。目をしょぼつかせながら上を見ると、狐型の魔脚の背中が大きく開いている。
役人は、出入口付近に居たルーツたちに後ろに下がっているよう言うと、助走をつけ、外目掛けて飛び上がった。指先が辛うじて扉部分を捉え、役人は腕の力だけで外へと消えていく。
「え? もしかして同じことしないと此処から出られないの?」
「な、わけないだろ。あれは、あいつが勝手に好き好んでやってることだ。本当は……こっち」
重厚音とともに、乗り物の床が一部抜けた。もう一人の役人はそこから這い出るように消えていく。
体が汚れるのをとるか、届きそうにない出口に向かって飛び上がるか。ルーツが真剣に悩んでいると、陽気な笑い声が何処からともなく聞こえてきて、上から二本の手が突き出された。
―――――――――235―――――――――
「ほら、お二人さん。掴まれ」
ルーツたちは役人の力を借りて、腹ばいになりながらも外に出る。
「こいつが王都だ。俺も見るのは三回目ぐらいだが、ひぇ~相変わらずでっけえなあ」
眼の前に壁があった。見上げても、空との境目が分からないくらいの大きな壁。白い壁は光を反射し、ルーツの眼を眩ませた。
「こっちだ」
その声に促されるままに横を向くと、役人は斜面をよじ登っている。
「すまん、勢い余りすぎて堀の中に転落したらしい」
結局、手や靴を、妙に粘っこい土で汚しながらも、ルーツたちは堀をよじ登り、永遠に続いているのかと思えてくるほど終わりが見えてこない白い壁の周りを、役人に付き従って歩いた。
「止まれ!」
いい加減、白い壁の美しさより、壁が反射する熱に苛立ちを隠せなくなってきたころ、前を歩く役人の足が止まった。
先ほどルーツたちが遊んでいたゲームに出てきた兵士にそっくりの、銀色に輝く鎧を着けた何者かが、光沢を放つ鋭い槍の先端をこちらに向けている。
―――――――――236―――――――――
「所属と目的を」
頑丈でたくましい声がした。警備兵ということは、ルーツたちに同行している二人と同じく、役人という立場に属するのだろうか? だが、二人から漂うどこか親近感が湧く物柔らかな雰囲気は、槍を突きつけている人物からは感じ取れなかった。
「オーバトン関所第一部隊所属……」
役人が、そこまで言ったところで、目の前の鎧が視界から消える。
「誰が声に出せと言った。紙に書いたのを渡せ」
気がつくと、凄んだ声とともに、役人の喉元には槍の切っ先が当てられていた。
しゃくれ顔の方が、特におびえた様子も無く、胸元から一枚の紙を出す。その紙はルーツの眼に触れる前に、鎧を着た人物の手に渡った。
「ふん、通れ」
興味を無くした様子で了承する。すると、辺りが急に喧騒に包まれた。見上げればそこに天に迫るほどにそびえたっていた壁は既に無く、巨人でも通行するのかと問いかけたくなるほどの巨大な門がその口を開いていた。
きめ細やかに編まれた籠を背負った行商人。ルーツたちが見たことも無いような上質な布切れを身にまとう女性たち。それから真っ昼間だというのに、酒瓶を片手に持ちながら談笑する男性たち。多くの人がルーツたちの眼の前を通り過ぎていく。
振り返ると白い壁は地平のかなたに遠ざかっていた。
ルーツたちが動いたのか、それとも壁の方が動いたのか。ルーツには分からなかったが、とにかくルーツたちは既に王都の中に居た。
―――――――――237―――――――――
「それじゃ、俺たちはここらへんで」
予想はしていたが、王都で行動をずっと共にしてくれるわけではないようで、ルーツたちは、壁の方に去って行く役人を見送った。しかし、後ろ向きに歩き始めたところで、しゃくれ顔の方が慌てた様子で戻ってくる。
「危っねえ、あぶねえ。こいつを渡し忘れてた」
先ほど、鎧を着た人物に迫られた時と同じ胸のポケットから、茶色の封筒が顔を出した。
「なんですか、これ?」
「村長さんからだってさ」
だったら手紙ではなく、口で言ってくれればいいのに。そう思って裏返すと、王都第二学院総長、レンバル殿に渡すこと。そう書かれた便箋が付いていた。
編入試験の受験者風情が、総長と直接話せるはずも無い。きっとこれはレンバルという人の部下に渡せということなのだろう。そう一人で合点がいったルーツは、落とさないよう、手紙を右ポケットの中にギュッと押し込む。
「じゃあ、俺らは一旦帰るから。試験が終わったらまたここに来てくれ。ちょっとばかし早めに来たとしても構わんぞ。余裕を持って待つようにしてるからさ」
そういうと今度こそ、役人は手を振りながら壁の方へと向かっていった。どうやって壁を抜けるのか見ておきたかったルーツたちは、その場に立ち止まったまま見送ろうとしたが、途中で役人が、先ほどルーツたちの眼の前を通過していった酔っ払いたちに絡まれていたため、諦め、歩き出す。
―――――――――238―――――――――
役人たちは明らかに困り顔だった。だが、ルーツたちが関わればもっと面倒くさいことになるだろう。
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