第23話 アンタは、なんだか一緒の匂いがする

 村の位置いち。女の子を見つけた場所、というよりもけ取った場所。ルーツは結局けっきょく、本当に何から何まで話すことになった。終わった時にはルーツも欠伸あくびが止まらなくなっていたのだから、相当そうとう長い間、話しんでいたのだろう。

 不思議ふしぎだったのは、ついさっきはじめて話した女の子の前で、多くのことをさらけ出せたことだっ 

 普段ふだんルーツは、少しずつ、考えながら話している。ハバスとだったら気兼きがねなしに語れるようなことでも、村長には話せないこともある。そのぎゃくもある。だが今日のルーツは、仕事終わりにベロンベロンにったカルロスさんのように、言わなくてもいいことまで知らず知らずのうちに女の子に打ち けていた。

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「で、魔獣まじゅうしゃべったってわけね」

しんじてくれるの?」

「信じるも何も、魔獣とか言われてもよくわかんないし。それより、アンタ。絶対ぜったい、おかたい仕事にはつかない方がいいわよ。とくに、役所やくしょ役人やくにんとかには。すぐに、スパイに情報じょうほうき取られちゃうだろうか 

「スパイって ?」

「えっ……そういえばなんだろう? 多分、情報 を抜き取る何かだと思うんだけど」

 女の子は時々ときどき、ルーツが知らない単語たんごならび立てた。女の子が、記憶喪失きおくそうしつりをして、情報を抜き取っているならたいしたものだが、本当に女の子は自分の口から咄嗟とっさにでた言葉ことば意味いみを知らないようで、ルーツに指摘してきされる度に、一瞬いっしゅんだが気丈きじょう姿すがたとは正反対せいはんたい表情ひょうじょうを見せた。

「で、ほら、なんていうの」

 話も終えて、顔に眠気ねむけいてきたルーツに、女の子は言う。身振みぶりで何かをうながしているようだが、ルーツにはさっぱりわからなかった。

「ほーら。さっき言いかけたじゃん。あー、なんとかからご加護かごがどうのこうのって」

「ああ、それね。でも早口はやくちだったもんで、よくおぼえてくってさ。そもそも魔獣の名前 なんて――」

ちがう。私のよ。私の名前」

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 女の子は、なぜか少しずかしそうに言った。散々さんざん、人に色々なことを語らせておいて、いまさらどこに、恥ずかしいと思える要素ようそがあるのか分からない。

「教えてしい?」

 そう意地悪いじわるわらったルーツの頭を、女の子はポカリとたたいた。

 えなさい」

たしか、ユリって言ってた」

 か⁉」

「いいえ、まぎれもなくユリです」

 女の子は、何度も自分の名前を、イントネーションをえながら口ずさむようにつぶやくと、しまいには納得なっとくしたのか、妥協だきょうしたのか。

平凡へいぼんな名前ね」

 名づけの親にたいして、どくいた。まあ、その名づけの親とやらも、ユリを暗い森の中にてているため、同情どうじょう余地よちはないのだが。

「じゃあ、ユリってんでいい?」

べつにいいわよ。なんて呼ばれようが関係かんけいないし」

 ルーツの要望ようぼうは、こころよけ入れられた。てっきり、また気にわないとか何やら言われると思っていたので、これはルーツにとっては予想外よそうがいだった。

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 、ん」

 ユリは口をつむりながらルーツの方を指差ゆびさす。

「アンタの名前、私の名前をぶんだからアンタのも教えなさいよ」

ルーツ 

 ないやり取りと共に、ユリはふたたび、したの上で名前を転がした。

「アンタの方が いやすいからそっちにしとく」

 どうやらルーツの名前はお気にさなかったようで、当初とうしょの言い方に落ち着いた。

 やれやれとかたをすくませ、今度こそ部屋を出ようとしたルーツのそでを、ユリはつかんで引きめる。

「さっき呼んでいいって言ったけど、他のだれかがまわりにいる時は、呼ぶの禁止きんしだから。いろんな人に、れしく呼びかけられるのいやだし。でもあだ名をつけられるのも嫌だから、なんとか名前を呼ばなくてもいい状況じょうきょうを作って」

 ひど無茶むちゃぶりもあったものである。

「でも、それじゃあ、他の人と仲良なかよくなれないんじゃない?」

 外で一切、名前なしで会話するのは無理むりがある。あまり呼ばないように見えて、名前を呼ぶ機会きかいというのは結構けっこうあるものだ。友だち同士どうしあそぶだけでも、どうしてもなんらかのび名は必要ひつようになる。

 そんなルーツの疑問ぎもんたいし、ユリはしばし、え切らない様子ようすであったが、やがて何かをめたようにはっきりと口にした。

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「私、他の人とはあんまりしゃべりたくないから。アンタに言うのも何だけど、毎日世話せわをしにてくれてる人たち、いつもどこか冷たいの。きらわれてるとかけられてるとか。そこまでじゃなくても……なんていうのかな、一線いっせんを引かれてる気がする。私が村の子どもじゃないからと言えばそれまでの なんだけど。あの人たち、私のことを、自分たちとはちが異質いしつな何かだと思っているような、そんなで見るの。機嫌きげんを取るような、無理むりに作ったみで私を見てくるの。でも、アンタは……」

あんた は?」

 村の男衆おとこしゅうの中に、ルーツ共々ともどもユリを嫌う人々がるのには気がついていた。会議かいぎの時も、ユリのことを、まるで荷物にもつのように言いなしていた男たちは少なからずいた。だが、 の人の中にもいるとは――。

 会議の中では、魔獣まじゅうのことは極力きょくりょくれないようにしていた。ルーツが魔獣からユリを手渡てわたされたことはだれも知らないし、これからも言うつもりはい。なのに、なぜ村の男たちはユリをルーツと同じように毛嫌けぎらいしていたのか。ルーツはやっと、その理由が かった気がした。

 女の子の には、そして手にも、ベッドから出てきたため見えている両足にもおそらく何も余分よぶんなものはついていない。

 そう、ついていない。ついていないことが問題もんだいなのだ。

 この村の人びとなら村長の手にうろこ。リカルドに尻尾しっぽえているように、各々おのおのが何かことなるものを持っているのだから。

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 持たざる者。一年前、リカルドに言われた嫌味いやみたっぷりの言葉ことば脳裏のうりをよぎる。

 人間にんげん。森にてられていたことからしても、ユリはそう遠くない場所にある村の住人じゅうにんだったのだろう。それはこの村の近くに、人間が住んでいる村があるという可能性かのうせい意味いみしていた。

 一年前なら、ルーツは血眼ちまなこになってその村をさがしたかもしれない。だが、いまのルーツには、ハバスがる。エマやカレン。他にも友だちがたくさん出来た。村をはなれる気はとうの昔に消えうせている。

 もし村の人たちが、魔獣まじゅうあらわれるような森の中でたおれていたからという理由ではなく、人間の姿すがたをしているという理由でユリをけているとするならば、ユリは前の村に居た時と、同じような苦痛くつうあじわうことになるのかもしれない。

「アンタは、なんだか一緒いっしょにおいがする……」

 ユリはルーツにているから避けられている。ユリの言葉で言いかえるなら、同じ匂いがするからこそ けられている。

「でも、きっと気のせいだと思う。同じ質問しつもんばかりされて苛立いらだっていたからそう感じただけかもしれないし。村の人が冷たいなんて、ひどいこと言ってごめん。ほら、 てった、 てった」

 なんともいえない空気がただよい始めたのを見て取ったのか、ユリはルーツの背中せなかして、部屋から追い出した。内側うちがわからかぎけられる。

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おやすみ 

 とびらとおして聞こえたかすかな声とともに、部屋はしずかになった。人間にんげんだからけられている。ルーツはユリに うべき答えを持っていた。だが、これだけは。ルーツはユリに言える がしなかった。


おはよう 

 遠くで鳥のく声が聞こえる。んだ二つのひとみが、ルーツをのぞんでいた。いろんなことを思い出している間に、少してしまっていたらしい。吐息といきとどきそうな距離きょり。頭に乗った花輪はなわがよく似合にあっている。

心配 してくれたの?」

「帰り道わかんないからアンタが きるまで待ってただけ」

 ほおふくらませたユリに、ルーツは苦笑にがわらいした。ユリもうそ下手へたくそだ。起きるまでっていてくれたことはまんざらでもないが、昨日きのう、村のことはあらかた話した。それに、ここから村の矢倉やぐらは見えている。一人で立てないわけでもあるまいし、帰るだけなら造作ぞうさもない距離だろう。と、いうことは……。

 ルーツには、ユリの気持ちが に取るようにわかった。

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 一年前までルーツには、一緒いっしょあそべる友だちもいなかった。いまかえってみても、それはそれは、孤独こどくな日々だった。夕方になっても、あたりが黒一色くろいっしょくになっても家に帰りたくない日が続いた。どこか余所余所よそよそしく、冷たい大人たちの態度たいどいやだった。顔を見れば話しかけてくれるし、明確めいかく差別さべつがあったわけではない。はたから見れば何もわらない日常にちじょうであっても、それでもなお、当時のルーツは、疎外感そがいかんを感じていたの 

 ならば、記憶きおくうしない、いきなり知らない村のなかほうり出されたユリの心中しんちゅうはいかほど 

 表面上ひょうめんじょう気丈きじょうってはいるが、明るい態度たいどはおそらく、仮面かめんの下にある素顔すがおかくすためのいつわり。本当は、心配で、不安ふあんで、仕方がないのに、それすらも気取けどられないように感情かんじょうころして生きている。

 何もしんじられない中で、目覚めざめるとともに質問しつもんあらしに会い、何が原因げんいんかもわからぬまま冷たい対応たいおうをされて、不安がふくらまないわけがない。

 昨晩さくばん、ユリは村の人たちにけられていると言った。以前いぜんのルーツと同じだ。ようするにユリも、一年前のルーツと同じで、 に帰りたくなかったのだ。

『家に帰っても、どうせ一人ぼっち。なら、帰っても帰らなくてもわらない』

 以前 のルーツならきっとこう言っただろう。だが、いまのルーツは、もう以前のルーツではな 

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「ごめん、じゃあ一緒いっしょに帰ろう」

「なんなのよ、れしいわね」

 ユリも以前いぜんのルーツとはちがう。ユリは一人ではない。ユリにとってはいい迷惑めいわくかもしれないが、ルーツはユリを魔獣まじゅうからたくされた。約束やくそくを守る義理ぎりはないが、生憎あいにくルーツはあの魔獣のことも、ユリのことも、当分とうぶんあいだきらいになれそうにい。

 村の人はユリをけ続けるのかもしれない。かと言って元居もといた村におくかえすような残酷ざんこく真似まねもしないだろう。

 森に子どもをてるような両親りょうしんもとそだったユリ。彼女かのじょはここにるまでのあいだに、いったい何を見てきたのか。どんな人生を送ってたのか。具体的ぐたいてき想像そうぞうこそつかないが、ルーツは、おそらくは村の大人たちにも、はかることくらいは出来る。

 きっとユリは、ルーツの少ない語彙力ごいりょくでは言いあらわせないほどの恐怖きょうふかえさらされたり、とうてい現実げんじつとは思えないようなおぞましい光景こうけい目撃もくげきしたりと、いままでたくさんつらい目にってきたのだ。もしかしたらその辛い過去かこのせいで、ユリは記憶きおくふうじてしまったのかもしれない。

 だけど、もしそうだったとしても、ルーツにはユリの記憶がどうすればもどるのかなんてむずかしいことはわからない。ならば普通ふつうに、当たり前のように友だちとしてせっすることが、ルーツに出来る唯一ゆいいつのことだ。

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「家まで競争きょうそうしない?」

つかれてるからいや

 当たり前のことを当たり前にこなすのは一番むずかしいとよく言う。だが、いまのルーツには、それが世界せかいで一番簡単かんたんなことのように思えた。














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