第22話 記憶喪失なの。き・お・く・そ・う・し・つ

 ルーツが女の子と顔を合わせたのは、昨日きのうばんのことだった。ご飯も食べ終わり、することもなく寝床ねどこの中でひまを持てあましていたルーツは、村長そんちょう手招てまねきとともに、村長が客人きゃくじんおもした役人やくにんだが)と対談たいだんするときに使つかう部屋にれていかれた。

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 晩飯ばんめし前までた村人たちはすでに帰ってしまったようで、家の中は人気ひとけく、ガランとしている。寸分すんぶん隙間すきまざされたとびらこうに女の子はるようだっ 

 っていいの?」

 駄目だめならばれるはずも無いのに、ルーツは分かり切ったことをわざわざ聞いた。

「うむ、じゃが……刺激しげきするようなことを言ってはならんぞ」

 村長そんちょうは、ルーツに用心をうながすように言う。中には、ルーツと同じくらいの女の子しかいないというのに、村長はまるで、猛獣もうじゅう相対あいたいしているかのような態度たいどだった。ルーツは村長をしのけ、扉に手をける。のぞきむようにしながら扉を開けると、女の子はそこにい 

 ベッドから上半身じょうはんしんを起こし、まどの外をじいっとながめている。部屋に入ったルーツがうしに扉をめると、女の子はルーツに気がついたようで視線しせんこした。れたようにつややかな黒髪くろかみがよく目立つ。薄明うすあかりのせいか、その容姿ようしはかなげに見え、ルーツのむね鼓動こどう荒立あらだたせた。

 キョトンとしたひとみと、おぼこい顔立かおだちが無ければ、ルーツは女の子とおなどしであることを い出せなかったかもしれない。

「あなたも私のお世話せわをする人なの?」

 第一声だいいっせいがそれだった。特段とくだん不思議ふしぎでもない。先ほどまでこの部屋には、臨時りんじで女の子の世話をする村の女衆おんなしゅうがいたはずなのだ。

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 だが、女の子の声はどこか幻妖げんようだった。疑問ぎもんに思っているから質問しつもんをしているのではなく、重苦しい空気にならないようにという親切心で、話のけとして切り出したような、そんな感じ。言葉ことばに色がいと言えばいいのだろうか。思いみなのかもしれないが、ルーツはそう じた。

「ううん、ぼくはこの家の二階にかいに住んでるんだけど……」

「それじゃあ、さっき出て行った男の人の どもなの?」

「あー、そうじゃないんだけど……。そんなものっていう 

 自分でも、何を言いたいのか分からなくなってしまったのだから仕方 ない。

 いつもそうだ。ルーツはハバス以外の どもと二人きりになると――特に同じくらいの女の子と二人きりになろうもんなら、なんだか気恥きはずかしくなってまともに すことが出来なくなってしまう。たいてい一緒いっしょにいるエマやカレンとでさえそうなのだ。ましてや初対面しょたいめんの少女となんて。

 村長をしのけて入ってきたため、女の子がすっかり回復かいふくしたのか、それともまだ完治かんちしていないのかもわからない。共通きょうつうの話題も見つからず、ルーツはすっかり会話の糸口いとぐち見失みうしなっていた。

「えーと、森で何があったかおぼえてる?」

 とりあえず手探てさぐりに思い浮かんだことからたずねてみると、女の子は、はあ、と落胆らくたんしたように深々ふかぶかとためいきをつく。同時に話口調はなしくちょう一変いっぺんした。

そろいも揃って、みんな、同じことを聞くのね。もう何度も言ったけど、私、覚えてないから。うそじゃなくて、本当に。わかったら帰ってちょうだい」

 どうやら先ほどの第一声だいいっせいは、人当ひとあたりがいように作った物であったらしく、こちらが本物のようだっ 

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 考えるに、ルーツが女の子に会えなかった六日間のあいだに、様々さまざまな人が入れわり立ち替わり、この質問しつもんをしていったのだろう。そんなことを一切知らないルーツにしてみれば、めでたく一番のはずれくじを引き当てたといったところか。

 だが、いまの質問はルーツにとって、どうしてもたずねておかなければいけないものだった。先日の会議かいぎさい、ルーツは魔獣まじゅう関連かんれんのことを話さないために嘘八百うそはっぴゃくならび立てている。森の中で起こったことを、女の子がおぼえているとこまるのだ。

「じゃあ、いいんだけど。そのまま一生、わすれたままでいてしい」

はあ ⁉」

 ルーツがつぶやくと、女の子はベッドからを乗り出した。しんじられないといった調子ちょうしでルーツの顔をまじまじと見つめてい 

 、何もかも忘れちゃってるのよ! 記憶喪失なの。き・お・く・そ・う・し・つ」

 女の子は、ルーツに一音一音いちおんいちおんたしかめさせるように言った。記憶喪失きおくそうしつと言えば、ルーツは感情かんじょうをすべてうしなったがらみたいなものを想像そうぞうしていたのだが、その想像と、目の前の女の子とでは随分ずいぶんちがいがある。衝撃的しょうげきてき事実じじつを聞いたにも関わらず、ルーツは思わず き出していた。

「なに、わらってんのよ。これ以上いじょう言うことがいなら、早く出てってよ。つかれてるんだか 

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 反抗期はんこうきさかりのようにすぐに不貞腐ふてくされる女の子は、ルーツが知っている『女の子』という言葉ことばに一番近いものだった。村の子どもとちがてんげろといわれても、かみ綺麗きれいなところしかかばない。

「いや、まだてるっていうから、相当そうとう元気がいのかと思ってたんだけど、むしろそのぎゃくだったからさ。こんなに健康けんこうならハバスにベッドをすべきだよ」

「ハバスってだれ?」

ぼくの友だち」

「ふーん、アンタ だちいたのね」

 女の子の性格せいかくは少しキツくて、まだ出会ったばかりだというのに、時おりとげこもった台詞せりふいてくる。言葉づかいもいたについているし、何を持って、何もかもわすれている。と言いるのかルーツには分からなかった。

 どこまでおぼえているのか。もう一度、さわりがいようにルーツは聞くが、女の子は幾度いくどにもわた質問しつもんのせいで、記憶きおくという言葉がなかばトラウマになっているらしく、ルーツがたずねている間中、ずっと手で耳をふさいでいるので、ルーツはとうとうあきらめて、少し尋ね方をえてみる。

「あー、分かった。もう聞かない。じゃあ逆にどこまでわすれてるの?」

「それって、結局けっきょくおんなじ質問しつもんじゃない。アンタ、ひょっとして馬鹿ばかなの?」

 女の子はあきれたように言うと、もうつかれたとばかりに、布団ふとんに顔をうずめるようにし 

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「そういうことじゃなくって……。ほら、たとえば……ぼくらの顔には目が二つ、鼻が一つ、口が一つ、ついてるもんだけど……このぐらいの常識じょうしきは分かるだろ?」

「何を常識とするかによるけどね。まあ、アンタが馬鹿ばかだってことぐらいはわかる」

 どう言ったら伝わるのか、なやみながら言うとベッドからくぐもった がする。

「だから――分かんないこと、僕に適当てきとう質問しつもんしてくれれば答えるから。一方的いっぽうてきに聞かれるばかりじゃ、つかれるだろうし」

 そう言うと、了承りょうしょう返事へんじは聞こえなかったが、女の子は頭をむくっと起こした。

「ホントになんでも えてくれるの?」

うん 、なんでも」

 いかにも無邪気むじゃきそうに首をかしげるその仕草に、思わず呼応こおうするように言葉を返してしまう。すると――、ルーツは、女の子がニヤッとわらったような気がした。

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