第21話 今、魔獣が喋ったように聞こえたのだが

 小さな白い花がほこる野原に、ふわりとした風がいた。純白じゅんぱくのスカートの下から、うすピンク色の物体が顔をのぞかせる。思春期ししゅんきさかりのルーツは思わず顔をあからめ 

 だが、目の前の女の子は、とくに気にしていないようだった。両手でスカートをさえつけることも、姿勢しせいえることもい。女の子は、ちょこんと三角座さんかくすわりをしたまま指先を器用きように動かしつづけている。ついさっきんだ花を使つかった花輪はなわ完成かんせいするまでは、その手を止める気はいようだ。

 女の子が、それほどまでに花輪づくりがきなのかと聞かれても、ルーツには答えることができない。ルーツはこの女の子のことをまだ も知らないのだ。ルーツだけではない。村の人も、だれもこの女の子のことを知らない。

 きわめつけに、女の子自身じしんも自分のことを知らなかった。


 七日前なのかまえ、森の中で魔獣まじゅうに出くわしたあの日、村の捜索隊そうさくたい夕暮ゆうぐどきになってようやく、ルーツたちを発見はっけんした。かれらが見たのは、たおんでいる七人と、心ここにあらずといった調子ちょうしで、びかけに一切の反応はんのうこさないルーツ。それから木々にったしぶきだった。

 翌日よくじつ、もう一度捜索隊が指揮しきされ、その血しぶきはライラプスのものだということが分かるのだが、最初さいしょの捜索隊にしてみれば、だれかがんでいると誤解ごかいしてもおかしくなかっただろ 

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 事実じじつつぎの日の朝までには村中に、だれかが体を引きかれてんだといううわさながれ、村長そんちょうは噂がう度に、そんな事実はいと村中をけ回らなければならなかっ 

 ルーツが出会った魔獣まじゅうは、すぐにきずえると言っていたが、カルロスさんの意識いしきいま不明瞭ふめいりょうで、ルーツ以外いがいの子どもは外をこわがって、家から出たがらない。カルロスさんの回復かいふくてばいい話だとも思うのだが、村としては出来るだけ早く、何が起こったかを正確せいかくに知っておく必要ひつようがあったのだろう。

 次の日には、唯一ゆいいつ、家のうら呑気のんき昼寝ひるねをしていたルーツが、村の大人たちがあつまる会議かいぎの場へと駆り出された。他の子どもではなくルーツを招集しょうしゅうした理由を、大人たちは、ひまそうに見えたからと言うのだが、ルーツにしてみれば心外しんがいだった。

 前の日、森で見つかった子どもたちは、それぞれの家へと無事ぶじおくとどけられている。ふわふわの布包ぬのづつみをかかえていたルーツも当然とうぜん、村長の家へとかつまれた。

 そのさい、ルーツはどうしても、家に着くまでつつみを開けさせてくれなかったと、大人たちは、ルーツが正気しょうきもどった後で言ったのだが。そんなもの、厄介ごとを引き受けたくないばかりについた に決まっている。

 包みの中から出てきた女の子は、ルーツの、そして大方おおかた予想通よそうどおり、そのきのまま村長そんちょうたくに身をせることになった。

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 こまったのは村長そんちょうである。いままで、男の子しかそだててきていないのだから、どうすればいいかわからない。まよった挙句あげくに村の女衆おんなしゅうび、その結果けっか、家の中に人が密集みっしゅうしてきたため、ルーツは看病かんびょう邪魔じゃまになると、外に出されていたのだった。けっして、気分がいいから外で日向ひなたぼっこと洒落込しゃれこんでいたわけではない。

 ただ、村の人からしてみれば、ルーツだけが、今回のけんであまり心のきずっていないように見えたようで、会議かいぎの場に到着とうちゃくした時にルーツにけられた視線しせんは、あたたかいものばかりではなかっ 

 急備きゅうぞなえのテントの中、風もあまり入らず、それぞれが持参じさんした布切ぬのきれであせきながら、会議はおこなわれた。会議と言っても、その大半たいはんはルーツにたいしての質問しつもんであり、大人より少し高い椅子いすすわり、目線めせんを合わせたルーツに、どんどん疑問ぎもんげかけられてい 

 村人たちはこの一件いっけんで、かなり気が立っているようで、いきひまもなく話しかけてきた。なかには、人が話している最中さいちゅうにもかかわらず、ゆくえを指でトントンとたたき、苛立いらだちをあらわにする村人もおり、ルーツはその度に体をちぢこまらせた。

 まず、カルロスさんを始め、七人が意識いしきうしない、たおんでいたにも関わらず、ルーツ一人が応答おうとうは出来ないにしろ意識をたもっていたことに質問があつまった。

 ルーツは こったことをありのままに語り、話し終わったらとっとと帰るつもりでいたのだが、第一声だいいっせいの反応を見たルーツは、自分の目論見もくろみが外れたことを知った。

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りをしていたら、砂埃すなぼこりとともに、魔獣まじゅうが――」

順序じゅんじょだてて話してくれると助かる」

 たしかに、長くなりそうな部分を端折はしょったルーツにがあるのだが、さえぎった声は氷のように冷たかった。大勢おおぜいで一人を尋問じんもんしているかのように、大人たちはってくる。ルーツは一から最後さいごまで、話さざるを得なくなった。

 砂埃を見たところまで、何とか話を続け、あと一息ひといきと安心したものの、大人たちの顔色がさらに疑念ぎねんちたものにわっていくのはここからの話。

 リカルドが魔獣に気絶きぜつさせられたところで、大人たちは一斉いっせいに下をいたが、ルーツと魔獣が出会ったところまでくると、かれらは同じタイミングでルーツの顔をいぶかるように た。

「いま、魔獣がしゃべったように聞こえたのだが、本当に、魔獣は君に、何か話しかけてきたのか ?」

 ルーツのすぐとなりすわっていた男が、確かめるように、一言一言ひとことひとこと区切りながら言う。次の言葉ことばを聞きのがすまいとしているようだった。

 当然とうぜんのように肯定こうていしかけたルーツは、すんでのところで、魔獣が会話の中で、何か がかりなことを言っていたのを思い出した。そこでルーツは、

「そう っただけ」

 とつぶやくと、後はほとんどの質問しつもんしさわりのない返答へんとうをし、ただ時間がぎるのをったのだった。

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 女の子を、女衆おんなしゅうあずけた村長そんちょう会議かいぎの場にやってくるまで、ルーツはひたすら下をいていた。

 最初さいしょに冷たい言葉をぶつけられた後、ルーツが思い出すように話しているあいだ、話がとどこおるたびに、うなずきや、いの手を入れてくれた村の人もいた。その様子ようすのどこにも悪意あくいは見えなかった。

 だが、先ほどのやり取りの中で、ルーツは、知らないうちに誘導ゆうどうされているような、みょう肌寒はだざむさをおぼえたのだった。

 ――このまま話していると、自分にとって都合つごうの悪いことを口走くちばしってしまうような がする。

 ルーツが語ったことはすべて事実じじつであり、おくするところは何もないはずなのだが、ルーツは村の人々が、自分を魔獣まじゅう共犯きょうはん仕立したて上げようとしているような気がしていた。まるで、前もってルーツを村から追い出すことをだれかがのぞんでいたような。このけんを、村の非常事態ひじょうじたいではなく、ルーツを村からほうり出すいいきっかけだと思っている人がまぎんでいるような、そんな名状めいじょうしがたい不安ふあんをルーツは感じていたの 

 事実じじつ、少しでも魔獣の味方みかたをすればどうなるか、とでも言いたげに、村人は村長が来ても、ルーツへの追及ついきゅうを止めなかった。

「ところで、君の家に女の子がてるらしいが、『アレ』はどこでひろってきたのか ?」

 それは、ルーツにとって、もっとも聞かれたくない質問だった。くわしく説明せつめいするには、ルーツは魔獣 と話していたことを、村人たちの前で語らなければならない。先ほどの反応をかえってみても、魔獣と会話をしたという一言を、この中の何人かがのぞんでいるのはたしかなことだった。

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「森の中で……森でひろいました」

 その言葉ことばに、ある人は片眉かたまゆをあげ、ある人は小馬鹿こばかにしたように鼻でわらった。

「しかし、先ほどの君の話だと、リカルドと君は、一緒いっしょ魔獣まじゅうの元へとかったんだよね。その時は、女の子を手でかかえていなかったんだろう。それならいつ、拾ったんだ 

「リカルドが気絶きぜつした後、僕は……たおれている人が、カルロスさんたち以外いがいにも、もう一人 いることに気がつきました。それで――、」

 自分にしては上手うまく言いのがれたつもりだった。だが、

「ほう、友だちを助けることよりも、見知みしらぬ女の子をきかかえることを優先ゆうせんした 

 咄嗟とっさに頭の中で考え出した架空かくうの話は、村人たちの追及ついきゅうくぐることは出来なかっ 

じつは……あの時、僕とリカルドは幻影げんえいを見ていたんです。もやの中に入ったとたんに何もかも見えなくなって、気づいた時には……魔獣が目の前にい 

「気がついたら女の子をきかかえていて、魔獣はその様子ようすを見ると、にこやかにっていったとでもいうつもり ⁉」

 村人の何人かは明らかに逆上ぎゃくじょうし、冷静れいせいさをくしていた。ルーツの発言はつげん矛盾むじゅんき、それでもルーツがみとめないのを見ると、どんどんせまりくる。

 建前上たてまえじょう真実しんじつを知りたいからなどと言ってはいるが、村長がめに入らなければ、ルーツの顔に、生涯しょうがい消えないあざが出来ていたとしても不思議ふしぎではなかった。

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 村長そんちょうに止められた一部の村人たちは、それ以上は何も言ってこなかったが、うらでは色々とやっていたようで、ルーツはこの七日間の に、ハバスやカルロスさんの家を集団しゅうだんでぞろぞろとおとずれる村人たちを何度も見た。

 だが、ルーツ以外いがいの人々は、魔獣まじゅうと会った時に気絶きぜつしており、語られるのは直前の状況じょうきょうだけ。結局けっきょく、新しい情報じょうほうは何もられなかったようで、この七日間、ルーツの元に証拠しょうこきつけにやってくることはなかった。

 あらそいの火種ひだねとなった女の子と言えば、ルーツが目にするのは部屋から出入りする女衆おんなしゅうばかりで、昨日きのうまで、ルーツは女の子の顔さえ知らないといった状況じょうきょうだっ 

 だが、それは、ルーツを女の子と会わせたくない何らかの力がはたらいたわけでもなく、ただ女の子の状態じょうたいがあまりくなかったというだけ。

 森の中にたおれていたのだから、当然とうぜんと言えば当然だが、世話せわをしていない男衆おとこしゅうは気にもめていなかったようで、森で倒れていた時の状況じょうきょうを聞きたいと言うやいなや、カルロスさんのつまのアーリーさんに、非常識ひじょうしきだとたおされていた。


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