第19話 捨て子

 ルーツはその時はじめて、魔獣まじゅうが何かを大事そうにかかえていることに気がついた。あかぼうでも抱きかかえているようなやさ横抱よこだきだった。

 ふと、魔獣の顔を再度さいど見ると、魔獣の姿すがたは先ほどまでと一変いっぺんしている。を見開き、口をおおったルーツを見て、魔獣は大きく息をいた。

「あれ、その顔を見るに、けてしまいましたか。失礼しつれいしました。この姿であなたの前にあらわれたら、こしはおろか、たましいまでけ出てしまうと思ったので、軽いじゅつをかけていたのです 

 魔獣の右のほお、鼻、左足の太ももから先がポッカリと欠けていた。背中せなかからは、ルーツの背丈せたけよりも大きな蛮刀ばんとうが数本見えかくれし、傷口きずぐちからは今もなお、鮮血せんけつこぼれ落ちつづけ、地面の草木を赤くらしている。絶対的ぜったいてき強者きょうしゃだと思っていた魔獣の変貌へんぼうに、ルーツは言葉ことばも出なかった。

「時間がありません。何も言わずに、け取って下さい」

 魔獣は大事そうに抱えているものをルーツの方にし出した。体中、生傷なまきずだらけだというのに、そのやわららかい毛のようなもので包まれた物体には傷一つついていない。

「後から、あなた一人で開けておどろくといけませんから、いま言っておきます。……とは言っても、重さで大体のことはわかると思いますが。中身 は子どもです。あなたと同じくらい……いいえ、おなどしの女の子。何があったかは聞かないでください。もちろん私には、という意味いみです。もとよりその子も、何も知りはしないでしょうが。森の中に魔物まものと女の子が二人。そして女の子は無傷むきずで、私はいま、同族どうぞくから追われています。そこまで えば、あなたにもわかるでしょうか?

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 あなたのまわりには、魔物まものと名がついただけでなんでも悪だとみなしてしまう人がるかもしれませんが、魔物にも色々な個体こたいが居ます。同族どうぞくさえも見境みさかいなくころ悪党あくとうもいれば、魔物以外いがいにも分けへだてなくせっし、助けようとする、理想りそう主義者しゅぎしゃなのか、偽善者ぎぜんしゃなのかわからない個体もいる。魔物の場合は、その悪党の割合わりあいが多少人よりも多いだけで、根本的こんぽんてきなところは何も変わらないのです。たしかに、私も人の子の瑞々みずみずしい肉はきらいではありませんが……新芽しんめむのは森のおきてはんします。ようするに、私もたまには、自分の正義せいぎつらぬきたくなったということです。こんな年端としはもいかない子どもを森に一人。親御おやごさんも何を考えているんだか」

 最後さいご言葉ことばで、何があったかは想像そうぞうがついた。こんなおそろしい見た目の魔獣まじゅう心変こころがわりは知るところではないが、森に放置ほうちされた子どもがけものに食べられるという事件じけんはよくあることだ。不倫ふりんかく。そんな黒い要因よういんかさならずとも、子どもが放棄ほうきされる原因げんいんはこの国にあふれている。

 例えば一年に一度、地方の役所やくしょに納めなければならない租税そぜい。ルーツが住んでいる村は、とある国にぞくしているため、らしのためだかなんだかで、村民そんみんには税金をはら義務ぎむしょうじている。その税が、子どもがてられる一番の要因だった。

 老若男女ろうにゃくなんにょわずけられる一律いちりつの税の前では、子どもはただのおもしにしかならない。ルーツの村でもれいによらず、収穫しゅうかく時期じきになると、大人たちは決まり文句もんくのように、うちの子どもは胃袋いぶくろばっかり大きくなって、と愚痴ぐちをこぼしていた。ただ、そうは言いつつも村の人の顔はいつでも明るく、ルーツも食べ物にこまった経験けいけんいのだ 

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 冗談じょうだんが冗談として通じるのは余裕よゆうがあるうちだけの話だ。村の中だけでらしていても、外の話を聞くこともある。ある時、朝食を残そうとしたルーツを、村長がいさめたことがあっ 

 この村では豊作ほうさくつづいているが、それはむしろまれ症状しょうじょうで、他の村では不作ふさく続き。将来しょうらい見越みこして子をんだものの、長期ちょうきにわたる不作でそだてていくことも出来ず、家族総出かぞくそうで放浪ほうろうする人々や、扶持ぶちらそうと、人に見られぬように子どもを森にそっとてていくケースは年々ねんねん増加ぞうかしている、と。

 その後の長ったらしいお説教せっきょうは右から左へと聞き流してしまったが、前半部分だけは、ルーツの頭の中に何故なぜかこびりつくように残っていた。

 それにしても、このつつみはあまりにも軽い。魔獣まじゅうは重さでわかると言ったが、同じ年齢ねんれいだとは到底とうてい思えなかった。両足でしっかりればルーツでもかかえて歩くことが出来るくらいだ。三つ、四つ。いや、五歳児ごさいじといい勝負。きっと長い間、何一つ口にしていないのだろ 

 。魔獣にひろわれたという経緯けいいこそ特殊とくしゅだが、境遇きょうぐう自体はそうめずらしくも無い。包みの中に入っているという女の子が、この国に大量発生たいりょうはっせいしている子どもたちのうちの一人だということは、まず間違まちがいないように思えた。

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 しかし、森でたまたまひろっただけの女の子を助けるなんて――。

 魔獣まじゅうがそんな行動を取ること自体、ルーツの常識じょうしきからは遠くかけはなれた出来事だったのだが、無数むすう刀傷かたなきずってまでして助けた子どもを、見ず知らずの人にわたす。たったいま、ルーツにつつみをゆだねた魔獣の思惑おもわくを、ルーツはしばらくはかりかねていた。たとえ、追われ、現在進行中げんざいしんこうちゅういのち危機ききひんしていたとしても、頭がへんになったのでもなければ、普通ふつうはそんな不可解ふかかいなことはしない。

 助けたことで何か見返みかえりがあるならあるで変だし、善意ぜんいで手をべただけと言うなら、なお変だ。途中とちゅうで何もかもうっちゃるほど無責任むせきにんなら、そもそも人助ひとだすけなんてしやしないだろ 

 ならば魔獣は知っているのだ。明らかに食習慣しょくしゅうかんちがうであろう魔獣と人。魔獣がこの生傷なまきずだらけの身体からだで、なんとか同族どうぞくからげ切ったとしても、女の子と二人で食卓しょくたくかこむことはけっして出来ないということを。

 魔獣がしばしばなぞめいた言い方をするせいか、ルーツは首をひねりっぱなしだったが、この を助けたいという気持ちだけはルーツにもよくわかる気がした。

「それでは、たのみましたよ。ルーツ。えーと、あなたたちの国の挨拶あいさつはこうでしたか? 魔獣アラロスより、エルト村のルーツと、ユリに神々かみがみのご加護かごがあらんことを。ああ、そうでした。その子の名前はユリです。どこで ったかは聞かないでください、どうせたしかめるすべなどないでしょうに」

 そうルーツにげると、魔獣はクルリと後ろを向いて、のしのしと歩きながらっていった。片足は太ももからちぎれとんでいるのに、両足分の足音は確かにひびいてい 

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 魔獣まじゅうはルーツにすきを見せぬまま、あらしのように話し続けた。そして嵐のごとく、突然とつぜんっていった。ルーツがその一部始終いちぶしじゅう呆気あっけに取られていたのは言うまでもない。

 あまりにも現実感げんじつかんとぼしい出来事だったせいか、ルーツは女の子を手渡てわたされた時も、自分がたくされたというよりは、どこか遠い所から知らないだれかの人生をながめているような気がしていた。だからルーツが事の重大 さに気がついたのは、もっと後になってからのことだった。そして村長 にどやされるのも。

 今はただ、ルーツは両手で女の子とげられたあまりにも軽い物体をしっかりとかかえたまま、内股座うちまたすわりでへたり込んで、すっかり暗くなった森の中に魔獣が消えていくのを つめていた。










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