第14話 人は魔獣には勝てない

「あっ、とうさん? もうすぐそっちにライラプス一頭いっとう行くから。ん、距離きょり? おーい、今、どのあたりまで った?」

おれに話しかけてんの、リカルド? 今、北東ほくとうにさっき休んだボロイ家が見えてる」

「カルロスさん、もうすぐだね。ぼく、ワクワクしてきたよ」

関係かんけいないやつだまってろ! どれが重要じゅうよう情報じょうほうか分からなくなる。リカルド、今、ちょうどボロ家の横を通過つうかしたぞ」

 頭の のあちらこちらから声が聞こえる。ルーツはそのうるささにえかねて、耳にはめていた道具を した。

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「ねえ、リカルド。結局けっきょくぼくたちは、ライラプスを追いかけなくてもいいの?」

「ああ、うん。それで。そう、ぐでいい。そのまま北進ほくしんしてくれ」

「ねえ、リカルドって 

「うん、鼠色ねずみいろの木が見えるまで。そうしたら、左右にってくれ……なんだよ、ルーツ。関係かんけいないやつだまっていろって言われたはずだが、聞いてなかったのか?」

 耳に手を当てたまま、リカルドがルーツをにらみつける。ルーツは咄嗟とっさに、ずっと前から耳の道具は外していたと、うそをついた。

「リカルドがさっき、急いで出発しゅっぱつするって言ってたからさ」

「もう、今から出発してもに合わない。後は二人が、父さんの所まで今晩こんばんのおかずを誘導ゆうどうしてってくれる。もたもたしていたせいで、お前のねがどおり、今日の役目やくめはもう終わり 

 嫌味いやみたっぷりではあるものの、朝からずっと周囲しゅういに気をくばらせていたせいか、リカルドもつかれがたまっていたようで、ルーツと同じように木に背中せなかすべらせる。

「そう、ん? まだ見えてこない? おかしいな、とうさんの方は、もう遠くから足音が聞こえてきてるって ってるんだけど」

 かたい地面にこしかけながら、ルーツはリカルドの言葉ことばだけを聞いていた。

「えっ、大きいって? 馬鹿ばか言うなよ。おれたちが引っっていってるのは、せいぜい一メートルくらいのライラプスだぞ 

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「うん、間違まちがいない。右目の下と、左目尻めじり一発いっぱつずつくわえた。他に怪我けがはしていないと う」

「はあ⁉ 間違っても片足ったりなんかしてないって。とうさん、大丈夫だいじょうぶ⁉」

 以前いぜん、いじめられていたこともあって、リカルドのことはいやなところしかないやつだと思っていたが、父親との会話を聞いているだけだと、リカルドの話口調はなしくちょうは、村長そんちょうとルーツの日々の会話とそうわりない。ルーツがおこって、村長がお道化どけて……。ルーツの毎日はそんな じ。

 ――意外いがいとリカルドもそんなに悪くない奴なのかもなあ。さっき助けてくれた 

 一瞬いっしゅん、リカルドのことをゆるしかけてしまい、はっとする。助けてくれたことはありがたいが、いつものリカルドはいつものリカルドだ。人が わったわけでもない。なんだか、最近さいきん感情かんじょうながされすぎている気がする。ルーツは深いためいきをついた。

「おかしい! それは絶対ぜったいにおかしい! まださっき、資材しざいの横を通過つうかしたばかりだぞ。そんなに早く くもんか」

 ルーツの思考しこうは、リカルドのいつもよりうわずった声にち切られた。リカルドのあわてた様子ようすなんてはじめてだ。リカルドはいつも冷静沈着れいせいちんちゃくかならず、行動するより前に、思考しこう完了かんりょうしているような奴だったのに……。

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「そいつはちがう! おれらの獲物えものじゃない。お前ら、帰ってこい! ライラプスはほっとけ! いつでもれるだろ、あんなの!」

 リカルドはととのえられたかみの毛をきむしり、いままでに見たことがいほど取りみだしてい 

「どうしたんだよ、リカルド。そりゃあ、リカルドにとってはいつでも取れる獲物 かもしれないけど、ぼくはめったに森に行けないんだよ」

「早く、とうさん。げて! そんな、そんな……十メートルをえるけものなんて、この にいるはずがない!」

 ルーツのいかけも耳に入らないようだ。リカルドは必死ひっしで、カルロスさんにびかけつづけている。

 何かが起こっている。それは明白めいはくだった。

 ルーツは一向いっこうに返事をしないリカルドをあきらめ、外した道具をいそいで耳に当てる。

 ルーツたちが狩っていた個体こたいとはべつの獣があらわれた。しかもそれは大型おおがたの獣だった。無学むがくなルーツが予想よそうしていたのは、そんなレベルの小さなハプニングだった。だが、その直後、ルーツが耳にしたのはもっと異質いしつな何かの声。

 たしかに聞いたはずなのに、声に当てるべき言葉ことばが思いつかない。いままで聞いたことがある、どの獣とも違う声。あえて表現ひょうげんするならば、重厚感じゅうこうかんが乗ったかすれ声。矛盾むじゅんしているようにも思えるが、ルーツが一番にいだいた印象いんしょうはそれだった。

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 人の声とは歴然れきぜんたるちがいがあるが、しわがれ声の老人ろうじんがそのまま千年以上いじょうながらえたら、そんな声が生まれる がする。

「聞いたか、リカルド。これがやつらの声だ。四人一緒いっしょに、いますぐ村に帰れ。そうしたら村の人にこういうんだ。絶対ぜったいに森に入るなと」

 カルロスさんの声がした。リカルドに ち着いて行動するよう、言っている。

「でも、とうさん。それじゃあ、父さんは」

「リカルド、おれはいまからのこりの子どもをがす。絶対に逃がす。助けはらない。俺一人で充分じゅうぶんだ。だから、先に帰って、村長さんにつたえるんだ。他の子どもたちも、後からかならもどってくると」

「そんなこと らない。父さんは、父さんはどうするの?」

 しばしの沈黙ちんもくがあった。しずけさが場を支配しはいする。時間になおせば、ほんの数秒であろう静寂せいじゃくが、長く、とても長く感じられた。

 現状げんじょう把握はあくできないルーツは、必死ひっしにいま何が起きているのか、考えようとす 

 カルロスさんたちがおそわれている。それは分かった。だが、カルロスさんはルーツとちがって、はじめてのりにのぞんでいるわけではない。長い狩猟しゅりょう生活の中で、想像そうぞうより大きなけもの遭遇そうぐうすること、それ自体は不思議ふしぎなことではないはずだ。想定外そうていがいのことにいちいちルーツのようにおどろいているようでは、長いりキャリアをむ前に、獣にころされてしまうことは想像にかたくない。

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 では、カルロスさんたちは何に出会ったというのだ。熟練じゅくれん狩人かりうどである、カルロスさんがいのち危機ききを感じるもの。

 ――おれなんかじゃ、百年かかっても狩れない。

 ルーツの頭に、森に入る前にカルロスさんが話していた、とある言葉ことばかんだ。

 だが 、それは。

 西の森には魔獣まじゅうはいない。ルーツは村の人からそう聞いていた。

 ここは西の森のどなか。森の外れのように境目さかいめ位置いちしているわけではない。

 ――毎年、数百人の死者ししゃが出ている。

 でも 、それは遠いどこかの話で。

 カルロスさんがさけせきで聞いた与太話よたばなしであって。

 魔獣なんて、僕とは一生えんのない、ちが世界せかい存在そんざいであるはずなのに。

「お前はとうさんの自慢じまん息子むすこだ。強く生きろ。人は魔獣には勝てない」

 耳にはまった道具は、音をうしなって落ちた。





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