第12話 罪から逃れるための手段

「何かあったら、すぐに らせるんだぞ」

 カルロスさんが、右耳につけた道具のあたりを指差ゆびさしながらねんした。ルーツたちは二手ふたてに分かれ、しげみの中へと出発しゅっぱつする。ハバスは最後さいごまでルーツを気にしていたが、カルロスさんが歩き始めるとしっかりと前をいて、ルーツより一足ひとあし先にっていっ 

「それじゃ、おれらも出発するか」

 リカルドが面倒めんどうくさそうな声で言う。リカルドにとってみれば、せっかくのりに初心者しょしんしゃ四人が入りんで不愉快ふゆかいなのだろう。いますぐ帰りたいと言わんばかりの口ぶりだった。だが、それでもつい先ほどまで一時いっときも休むことなく、周囲しゅういを見張り続けていたのは流石さすがと言ったところだ。もっとも、ルーツはその恩恵おんけいをほんの少し感じただけで、後はおれいも言わずにずっとすわり込んでいたのだが。

「でも、リカルド。本当は今日、大型おおがたけものらせてもらうはずだったんだろ。それが、こんなやつらのせいで」

 顔がペッチャリしている方の双子ふたごが、ルーツをにらみつけた。それを、リカルドは手でせいす。

「まあ、俺もとうさんにれてきてもらっているだけだからなあ。へんに父さんの機嫌きげんそこねて、森に行くことを禁止きんしされたらこまる。いつでも獣を狩ることは出来るんだしさ。今回は我慢がまんしようぜ」

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 その言葉ことばに、双子ふたご片割かたわれは引き下がった。リカルドに無条件むじょうけんしたがうのは、以前いぜんと何もわっていないようだ。リカルドが歩き始めると、双子は後ろをまもるようについて行く。そして、そのまた後ろに、重い足取あしどりのルーツがつづいた。

「今回、るのは小型こがたけものだったよな。西の森にいるやつだと……ヴェリー、ラーゲ、カーク。手頃てごろなところだとそんなもんか」

「ライラプスもだ。リカルド 

「ヴェリーはやめようぜ。リカルド。前に、おれ、あいつの角でたまかれかけたことがあるんだ。あいつ見かけによらずあらっぽいしさ、俺らよりでかいうしなんて、どう考えても小型 じゃないだろ」

 ルーツをりに、三人は楽しそうに会話をしながらすすんでいく。

「えー、美味おいしいんだけどなあ、あいつ」

味覚みかくおかしいだろお前。あいつかわほねしかないぞ」

「大体この時期じきだと、ヴェリーは繁殖期はんしょくきさかりだろ。そんな時期におそうのは命知いのちしらずのやることだ。……って前、父さんが言ってた 

「出ましたよ。リカルドの十八番おはこ、カルロスさんのけ売りが」

 リカルドたちは、ルーツが見たことがない獣の名前でり上がっていた。こんなことなら のことについて少しは勉強しておけばよかった。と、ルーツはちょっぴり後悔こうかいする。あの三人の に入るなんて、まっぴらごめんだが、何も言わずに いて行くのは、ひとりぼっちのようで何だかさびしくなる。まわりが盛り上がっていればなおさら 

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 ラーゲはねずみ。カークは鹿しか。ライラプスはいのしし一種いっしゅ。何もわからないわけではない。日用品にちようひん日頃ひごろ食べているものにけものから取れたものが使つかわれているのだから当たり前だ。だが、ルーツが普段ふだん目にする獣は、調理ちょうりされたものか、加工かこうされた後のもの。生きたままの姿すがたを見る機会きかいはほとんどない。

 獣の習性しゅうせいや見分けるコツ。行動や大きさ。ルーツは狩りをするにあたって重要じゅうようとなるポイントが、何一つわかっていなかっ 

「でもラーゲはいやだ。あいつ持って帰ると必ず煮物にものになるからな」

「となると、やはり第一だいいち目標もくひょうはカークか」

馬鹿ばかいえ、お前草食獣そうしょくじゅう肉食獣にくしょくじゅうより安全だと思ってるくちか。やつらは組織的そしきてきで、一頭いっとういたら周囲しゅういにあと十頭はいるって言われてるんだぞ。森は獣の領分りょうぶんだ。せまい場所でかこまれてみろ! 単体たんたい行動をとる大型おおがたの肉食獣よりよっぽど危険きけんだ。今回はりだし、どう考えてもカークを対象たいしょうにするのは駄目だめだろ」

 一歩一歩が重く感じた。装備そうびの重さだけが歩みをにぶらせているのではない。人の会話をただじっと見つめているというのは、ルーツにとって何よりの負担ふたんだった。無視むしめ込まれるよりは、ののしってくれたほうがまだいい。ルーツはそう思っている自分に がついた。

「じゃあ、 を狩るっていうのさ、リカルド。大体、ライラプスも草食だろ。この前あいつ、木の根っこってたし」

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「なら、クシーヴ とかどうだ」

 ルーツの心臓しんぞうは、リカルドの何気なにげない一言ひとことにドクンとはねた。目線が一瞬いっしゅん、リカルドの方によろよろといき、それから元のように地面に落ち 

 リカルドは、ルーツが 、サーズと会っていたことを知らない。というより、村のだれも、ルーツがクシーヴ――おおかみ仲良なかよく会話をしていたなんて知りはしない。だからクシーヴの名が出たのは偶然ぐうぜんだった。その証拠しょうこに、リカルドは一切ルーツの方をいていないし、双子ふたご依然いぜんとしてリカルドに肩越かたごしに話しかけている。だが、そうとは分かっていても、ルーツの動揺どうようは止まらなかっ 

「なあ、一応いちおうチームの一員いちいんなんだしさあ。あいつにも一声ひとこえかけておいた方がいいんじゃないか? 気はすすまないけど」

 最悪さいあくのタイミングで、顔がととのっている方の双子がリカルドに進言しんげんする。

「そうだなあ、お前らはクシーヴでいいよな。あいつら単体たんたい行動することが多いし。統率とうそつされてるれなんて滅多めったにないって、前、とうさんもいってたしさ。とりあえず、クシーヴさがして、途中とちゅうでライラプス見つけたら目標もくひょう変更へんこうってことでいこう」

 双子がうなずき、リカルドが後ろをかえる。

「おい、ルーツ。クシーヴでいいよな……ってお前、すごく顔色 悪いぞ。どこか具合でも……いや、どうかしたの ?」

 乱暴らんぼう口調くちょうで話そうとしたリカルドがつい心配してしまうほど、ルーツの顔は青白かった。おそろしいものでも見つけたような様子ようすに、リカルドは咄嗟とっさに後ろを見る。だが、かれには、鬱蒼うっそうとした森が広がっている光景こうけいしか見えなかっただろう。

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「こいつ、初めてのりだからっておびえてるんだろ」

「だな。心配しんぱいすることないぜ、リカルド。おい、ルーツ! そんななさけない顔しているひまがあったら、後ろをちゃんと見張みはってろよ。背後はいごから襲撃しゅうげきがあったらお前のせいだから !」

 双子は、自分たちも左右を見張ることをわすれていたのに、適当てきとうなことを言う。リカルドは納得なっとくがいかない様子ようすだったが、かたをすくめて前をいた。


 何をおそれているというのか。

 心臓しんぞうの音はルーツに、それ以外いがいの音を聞かせてくれなかった。

 クシーヴ。ルーツは一年前のあの時、サーズの種族名しゅぞくめいすら知らなかった。あのころのルーツは、肉食獣にくしょくじゅう草食獣そうしょくじゅう区別くべつもつかずにいた。

 ルーツがクシーヴと聞いて思いかぶのは、豹変ひょうへんした後のサーズの顔だ。岩でもかみくだいてしまいそうなするどい牙、てつくような目。たしかに、その時のことを思い出すとルーツの は少しこわばる。

 狩りの最中さなかに体が硬直こうちょくするのは十分じゅうぶん致命的ちめいてきだ。だが、その強張こわばりは恐怖きょうふまでは行きつかない。ルーツが何よりおそれているのはサーズの境遇きょうぐうだった。

 サーズは今、どこで何をしているのか。ルーツはあのばんから、る日もる日もそのことだけを考えていた。ある日はたれたおおかみを見ようとし、ある日は森のはずれに行こうとした。だが、その度に、ルーツの中にひそむ「もし」がルーツの邪魔じゃまをした。

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 狩猟隊しゅりょうたいたれてしまったのではないか。ころされてはいなくても、森の中で怪我けがをしているのではないか。そう思う度にむねが苦しくなった。

 サーズの安否あんぴたしかめたい。だが、もしものこともある。行動をきらい、時間に解決かいけつをゆだねた結果けっかおおかみ毛皮けがわになり、森のはずれには一人で行かないようにと警戒けいかい けられ 

 その 、ルーツは思ったはずなのだ。

 ――ああ、もっと く行動していれば。

 一年あっても、十年あっても、ては百年あったとしても実行じっこううつそうとしないくせに、ルーツは無責任むせきにんにもその時、自分にそう言い聞かせていた。

 警戒けいかいの眼があるとは言っても、見張みはりが四六時中しろくじじゅういるわけではない。行こうと思えばいつでも行けたはずである。ルーツは大義名分たいぎめいぶんしかっただけなのだ。サーズのことを心配するかたわらで、ルーツはサーズのことをわすれたがっていた。

 あの日、ルーツがサーズに言ったことは、すべて独善的どくぜんてきけだった。心のどこかでルーツはそのことをわかってい 

 ルーツの要望ようぼうに、サーズは森から追い出すという、一つの拒否きょひの形で答えた。出された要望ようぼうが拒否される。ごく普通ふつうのこと。すべてはそれで終わるはずだった。その後に、クシーヴ討伐隊とうばつたい編成へんせいされなければ。

 あの時、自分が事情じじょう説明せつめいしていれば。ルーツはそのことで随分ずいぶんと自分をめた。だが結局は、自分を責めることさえも、自分がしでかしたつみからのがれるための手段しゅだんにしかぎなかった。その罪から逃れられないとわかると、ルーツはサーズのことを忘れにかかっ 

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 サーズとの楽しかった思い出を、あらたな友だちとの記憶きおく上書うわがきしてわすれ、日々の愚痴ぐちをハバスに語ることで、サーズと話したことを忘れる。

 だが、完全かんぜんに忘れることはそう簡単かんたんなことではない。表面上ひょうめんじょうではいつも思い出さないようにしていても、外部がいぶからなんなしにはっせられた言葉ことばは、容易よういにルーツのうすっぺらい心のかべやぶり、記憶の欠片かけらに突きさささった。

 サーズのことを忘れようとしたことをおそれているのか。それともサーズとの記憶そのものを懼れているのか。はたまたクシーヴとして、サーズにこのりで再会さいかいしてしまうかもしれないことを懼れているのか。ルーツはいま、懼れている。たとえ、安全な街中まちなかで出会ったとしても、ルーツがサーズにたいしてかかえているはあまりにも大きすぎ 

 とはいえ、クシーヴが狩猟対象しゅりょうたいしょうと聞いて、サーズをってしまうかもしれないと危惧きぐしているのも、また事実じじつだった。

 ルーツがサーズと会っていたのは森のはずれだ。ここからは少しばかりはなれている。しかしサーズはいつも、どこからともなくあらわれていた。それに、あれからもう一年の月日がっている。サーズと会っていた時は、自分の話をするのにいそがしく、考えたこともかったが、日中にっちゅうの間、サーズはどこにいるのだろう。生息場所せいそくばしょがこの近くで無いと、だれ断言だんげんできようか。

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 できればクシーヴはりたくない。だが、リカルドが納得なっとくしてくれるような上手うまわけが思いつかない。

 肉食獣にくしょくじゅう危険きけんだと言おうか? だが先ほど、肉食獣は草食獣そうしょくじゅうよりましだとかれらは言っていた。どう えてもルーツよりでかい牛よりはクシーヴの方が狩りやすそうだし、ねずみを食べさせる理由も思いつかない。

 考えに考えた結果けっかにもかくにもリカルドに提案ていあんしてみようとルーツが思った瞬間しゅんかん

しずかにしろ、けものだ」

 あたりにリカルドのりつめた声がとんだ。

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