第11話 友だちの友だち

 資材しざいは、ただの小さな小屋こやだった。これではけもの襲撃しゅうげきをやりごすことは出来まい。かなり昔にてられた物のようで、屋根はところどころ穴があき、入り口のとびらいたっては何か所もへこんでいた。鍵穴かぎあながあったように見える場所も、何があったのか、大きな穴にわってしまっている。本当に緊急きんきゅう避難ひなんのためだけに使われた小屋 だったのだろ 

 それにしてもこの穴は、強い力でえぐり取られたような形をしている。雨風あめかぜに長年さらされた結果けっかくさり落ちたというわけではなさそうだ。だが、強い力とはいっても、一体どんな攻撃こうげきをすればこの分厚ぶあつそうなドアをやぶることができるのか、ルーツには想像そうぞうもつかなかっ 

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「じゃあ、みんないるかあ。いない者だけ返事へんじを……ってこんな時に冗談じょうだんを言うのはよくないな。本当にだれかいなくなってたらおれがアーリーにころされちまう。

 ……今回の作戦さくせんは、というか昨日きのうから俺はリカルドとりに行く予定よていだったから前々から考えていたことなんだが、はさちにする予定だ。二手ふたてに分かれ、どちらかのチームが目当てのけものを見つけたら十分じゅうぶん引きけ、一撃いちげきらわせるか何かして、獲物えものをもう片方かたほうのチームがかまえている箇所かしょ誘導ゆうどうする。こうすればもう片方のチームは余裕よゆうを持って、獲物の顔面がんめんに矢をき立てることが出来る」

 到着とうちゃくして、各々おのおの荷物にもつろしてその場にへたりんでいると、さっそくカルロスさんが声をかけた。どうやら少し休んだらすぐに出発しゅっぱつするらしい。

 後ろを見ると、リカルドとそのいの双子ふたご荷物にもつろしておらず、三人で、カルロスさんが見ている以外の方角に目をくばっていた。体力差たいりょくさ意識いしきちがいに、ルーツはまたリカルドとのへだたりを感じ、自分がいやになる。

「ここまでで何か質問しつもんがある子は」

 カルロスさんのいかけに素早すばやく手をげたのは、狩り初心者しょしんしゃの四人の中では、比較的ひかくてき元気そうなハバスだった。

「二手に分かれるってことは、一緒いっしょる人数が半分になるんでしょ。死角しかくえて危険きけんじゃないの? それに森の中では、少しはなれただけでおたがいの姿すがたが見えなくなるじゃん? そしたら矢をった時、暗がりにいるちがう人に当てちゃうかもしれないし……やっぱりこの作戦、ぼくはちょっとあぶないと思うよ」

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「ああ、まだ言ってなかったな。こんなに……荷物にもつを……持ってきたんだ。対策たいさくしていないわけなかろ 

 まゆせて考え込むそぶりを見せるハバスを横目に、カルロスさんは荷物の中に手をっ込むと、またしばらくかき回していたが、今回はいつもより早く何かを見つけ す。

「これは、さっきとはちがった道具だが、まあ大きく分類ぶんるいすればさっきの弓矢と同じような物――魔導具まどうぐでな。何だかわかるか、カレン」

「んと、 にはめるやつ? うちのおじいちゃんもよく耳につけてたよ。音を大きく くものじゃないの?」

 その答えにカルロスさんはしい、とばかりに手をひたいにぺしっと当てた。

「これは、少しはなれたところにいても、同じ道具をつけている人の声をひろってくれるものだ。君のおじいちゃんがつけていたのは、全ての音を大きく うもの。いうなればコイツはその上位互換じょういごかんだな。耳ってのは正しい。この部分を耳に当てがって……おい、ルーツ。お もはめてみろ」

 筋肉質きんにくしつの手からし出されたものを耳にはめると、カルロスさんは手で口元をかくしながら、ごにょごにょと し始める。しばらくのあいだは何も聞こえず、ルーツは自分の耳がおかしいのかと心配になったのだが、その、ほんの数瞬後すうしゅんご、カルロスさんの声が耳のおくから、ぼわんとひびいてきた。

 ――昨日、森でさあ、豆緑貨まめりょっかまいひろったんだ。だれが落としたのかな。もうけたなあ。

 最後さいごの『儲けたなあ』だけは、少し小さな声だった。

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「昨日、森でさ、豆緑貨まめりょっかまいひろったんだ。だれが落としたのかな。もうけたな。って言いましたか? 最後さいごの儲けたな、だけは少し声が小さめでしたけど」

「そうだ、その通りだ。昨日 森で豆緑貨を拾った。そんなことはどうでもいいが、他の子は こえなかっただろう?」

 カルロスさんのいかけに、ルーツ以外いがいはみな首をたてる。ただ、ハバスだけは少し微妙びみょうな顔をしていた。

ハバス ? どうした」

 カルロスさんが気づき、心配 そうに声をかける。

「いや、この道具自体は素晴すばらしいんですけど……」

けど ?」

「なんか、卑怯ひきょうっていうか。何も持たないけもの相手あいてに、こんな完全装備かんぜんそうびいどむのは虫がかないっていうか。獣に失礼しつれいっていうか」

 どうやら、いままで出された道具が、文明ぶんめい利器りきのオンパレードであったことが納得なっとくできなかったようだった。カルロスさんは少し考えんでから、ハバスの正面しょうめんで身をかがめ、目線を合わせ 

おれは、そんなふうには考えたことがなかったが……。ハバスよ、たしかにお前の気持ちも分からんでもないが、俺はその考え方こそ、失礼 だと思うぞ」

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 おどろいた様子ようすでカルロスさんの方を見上げたハバスに、カルロスさんはつづけた。

りってのはなあ、あそびじゃないんだ。自分のため、家族かぞくのため。金のためでもいい。どんな場合でも狩りってのは、自分が生きるために、必死ひっしこいてやるもんなんだ。相手あいてけもの。いくら世間せけんで弱っちいって言われていたとしても、人よりははるかに力が い。あそこのとびら――ぽっかりあながあいているのを見ただろう。みついてやぶったか、それとも蹴破けやぶったか。いずれにしろ、あんな芸当げいとうは人には出来っこない。ありゃ、獣だからこそなせるわざだ。力では、人は獣に到底とうていおよばない。単純たんじゅんこぶしなぐりかかっただけじゃ、十中八九じゅっちゅうはっくそのままお陀仏だぶつさ。じゃあ、人はどこが獣に勝っているのか、それは、ここ 

 カルロスさんは、ハバスの を軽くつつく。

「頭だよ、頭。落とし穴をったり、後ろからしのって不意打ふいうちをしたり。一見いっけん卑怯ひきょうに思える手も、すべてふくめて狩りなんだ。まあ、うちの村には寝込ねこみはおそわないなんてへんなルールもあるっちゃあるが。そもそも獣の寝床ねどこがあるほどおくに入ったら、生きてはもどれないだろうしな。村人が森の奥にずんずん入っていかないようにするための予防策よぼうさくだと、おれは考えている。

 つまり、狩りをするにあたってルールなどないのさ。当然とうぜん卑怯ひきょうだとも言ってられない。それに使つかえる武器ぶきを使わないのは、おろもののすることさ。そんなやつは分かってない。理解りかいしていない。自分が安全地帯あんぜんちたいにいると思い込んでいる。

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 ハバス。わすれてはいけない。りってのは、どんなに獲物えものが弱くても、どんなに自分が有利ゆうり状況じょうきょうにいても、少しの油断ゆだんぬことがある。いつ死ぬかわからない。文字通り、いのちけたたたかいだ。狩るやつはいつだって自分が狩られる可能性かのうせいを頭に入れておかなきゃならない。俺が えるのはそれだけだ」

「わかった 

 ハバスがそう言うと、カルロスさんは、少し言いぎちゃったな、と頭をでた。そんなハバス カルロスさんのやり りを、ルーツは温かい目で見ていたのだが、カルロスさんのつぎ言葉ことばで、現実げんじつに引き戻される。

「それじゃあ、さっき言った通り、二手ふたてに分かれてもらうぞ」

 はっとしてまわりを見渡みわたすと、今さっきカルロスさんと会話していたハバスは、当然とうぜんカルロスさんの近くにおり、そちらにかって、エマとカレンが二人で小走こばしりにけていくところだっ 双子ふたごとリカルドは、三人で何かこそこそと話している。

「えっと、あの、ぼく、そっちに」

「おっ、ちょうどいい。じゃあ、ルーツはリカルドの に行ってくれるか」

 ルーツのかぼそい声は、カルロスさんの大きな声にかきされた。

 カルロスさんは、リカルドがルーツのことをきらいだと知らないのだろうか。それとも、リカルドは の中では一切、ルーツのことを口にしないのだろうか。

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 助けをもとめるように、ハバスの方を見ると、

わろうか、ルーツ」

 ハバスは、いつもの頓狂とんきょう表情ひょうじょうのままそう言った。いや、カルロスさんの目の前で、ルーツがリカルドを露骨ろこつきらっていることがバレてはまずいと思ったのだろう。 ったと思ったのはルーツの気のせいだ。そう口を動かしただけだった。だが、ルーツにははっきりと分かった。その言葉ことばっていたのだか 

 しかし、ハバスが口元 を動かしたことに気がついたのはルーツだけではなかった。エマとカレンが事のきを心配そうに見つめている。


 エマとカレン、それにルーツとハバスは だちだ。

 毎日ではないが、ほぼ毎日、虫取りや、りごっこ。それに多くのあそびを工夫くふうして生み出しながら、四人で仲良なかよく遊んでいる。

 エマとカレンとハバスは、ルーツの だちだ。

 だって、こんなに何度も一緒いっしょに遊んでいるんだから。友だちでないわけがない。その中心にるのがハバス。いつも明るく、面白おもしろい。四人でいる時、場をり上げているのは決まってハバスだ。どこに行くか決めるのも大抵たいていハバス。ハバスについて行けば、面白 いものがみられる。大人だけではなく、ルーツたち子どもも、心からそう思ってい 

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 ハバスはルーツの だちだ。

 ハバスはだれとでもへだてなくせっする。最近さいきんはルーツと一緒いっしょにいることが多いけれど。以前いぜんは村の子どもほぼ全員とまんべんなく付き合っていた。ハバスが『友だち』というものをどうとらえているかは知らないが、一緒 に遊んでいて楽しい人が友だちなのだとしたら、ルーツとハバスはまぎれもなく友だちだ。

 でも――、エマとカレンは、本当 にルーツの友だちなのだろうか。

 一緒 にいると楽しい? 

 ルーツは、エマやカレンと三人だけで んだ時のことを思い出そうとしたが、そんな瞬間しゅんかんはいままで一度たりともかった。いつもルーツのまわりにはハバスがいた。一人でみ出せないルーツのわりに、ハバスは手を引いて、みんなのの中に一歩踏み出し、ルーツを明るい世界せかいへとれて行ってくれた。

 ルーツは、まだ自分 だけでは踏み出せずにいる。エマとカレンとそれからルーツ。ハバスがトイレに行っているくらいの短い時間であっても、三人の会話は途切とぎれてしまう。その沈黙ちんもくの時間をけるべく、ルーツは、ハバスがトイレに行くときは、出来るだけって行くようにしていた。

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したがっているだけで楽しいのか』

 不意ふいにそんな言葉が頭にかび、ルーツは以前村長に、リカルドといつでも一緒に居る双子ふたごについて、話したことがあるのを思い出す。

『あいつらはつねにリカルドの言うがまま。あれじゃあ友だちというより、ご主人様しゅじんさま使用人しようにんみたいだ』

 たしかこんなことを話したっけ。ルーツが嬉々ききとして語るのを聞いて、村長はとても複雑ふくざつそうな顔をしていた。その時は、どうして村長はぼくかたを持ってくれないのかと不貞腐ふてくされたものだが、いまなら納得なっとくがいく。

 よくよく考えてみればエマとカレンとルーツの関係かんけいは、双子ふたごのものとそうわりないではないか。ハバスがいないと、三人は一緒いっしょあそべない。結局けっきょく、ルーツとみんなのなかを取り持っているのはハバスで、ルーツ自身じしんだれともつながっていなかったのだ。

 エマとカレンは、ハバスの だちだ。

 ハバスはルーツの だち。

 そしてエマとカレンは、ルーツの だちの友だち。

 ルーツは、ハバスにかって、首を横にった。ハバスは不思議ふしぎそうな顔をしている。かれは、あんなにリカルドをきらっていたルーツが、なぜ自分のもうことわったのか、 からないのだろう。

「うん、ぼく、リカルドたちのチームでいいよ」

 ルーツはカルロスさんにそう言うと、リカルドたちの へと向かった。エマとカレンの方は見ることが出来 なかった。きっと、安心 しているだろうから。

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