第10話 魔獣に立ち向かえる人たち

「じゃあ、今度こそ出発しゅっぱつするぞ!」

 ようやく準備じゅんび段階だんかいも終わり、ルーツたちは森にかって歩き始めた。真上まうえからじりじりとあつさを感じる。ルーツの短くととのえられたかみの毛もねつを持ち始めていた。

 どうやら、もう昼の時間にさしかかっているらしい。今なら、ルーツ以外いがいの子が早起きしてっていた理由もよく分かる。

 弓くらい、動かないまとになら何度かてたことがあるし、勝手かってが分かっているからそんなに説明せつめいらないだろうと思っていたのだが、今回の弓は、いつもあそびで使つかっている弓よりずっと重く、勝手がちがった。

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 両手りょうてで軽く持ち上げた時と、片方かたほううでだけでささえるのでは、やはり負担ふたんも大きくことなる。 ほどしなりを感じた時はその重さを軽く見ていたのだが、矢を引き、腕を水平すいへい姿勢しせいたもつと、ルーツの腕はミシミシと悲鳴ひめいをあげた。おろした時に、肩のほねまではずれてしまったかと思ったほどだ。カルロスさんが重いと言っただけのことはある。何よりこたえたのは、横のエマが、ルーツより軽々と矢をつがえていたことだった 

 弓の使い方……いや使い方はみな自分なりに間違まちがっておぼえていたのだから、弓の正しい使い方といったほうがいいか――は流石さすがに、全員まとめてカルロスさんから説明せつめいされた。カルロスさんのやり方が正しいかどうかは一概いちがいには言えないが、ルーツたちよりましなのはたしかだろう。自分なりのやり方で弓を引きしぼった挙句あげく、しなった弓に耳を強打きょうだされた後ならわかる。カルロスさんの方が正しい。

 あまりにもルーツが下手へたくそだったせいか、カルロスさんはなぐさめの言葉ことばおくってくれ 

 なんでも、弓がまださかんだったころは、弓を引き絞ったまま固定こていしておく器具きぐがあったらしい。いまのルーツのように、一度弓を引いてしまってからカニ 歩きをする必要ひつようはなく、げんをしならせた状態じょうたいで弓を固定したら、後は対象たいしょう矢先やさきけて少しがねに力を入れるだけで、簡単かんたんに矢がんでいくそうだ。

 ただ、そんな先時代せんじだいやつよりましだと言われても、ルーツは馬鹿ばかにされている気しかしなかっ 

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 リカルドは、いつもカルロスさんと二人でりに行っているだけのことはあり、何かとあらさがしたくなるルーツのから見ても、文句もんくがないほどさまになっている。一方、自分は矢をばすだけでせいいっぱいで、相手に文句を言っている余裕よゆうはどこにもない。経験けいけんだとはわかっていても何だかくやしかった。


 先頭せんとうを歩くカルロスさんの背中せなかは大きい。身長しんちょうは他の村の大人たちより少し大きいだけなのに、そう感じるのはおそらく、背中をおお隆々りゅうりゅうとした筋肉きんにくのせいだろ はらのあたりはそこまで太いわけではないのに、かたうではがっしりしており、その首回りときたらルーツの二倍はあった。もちろん服を着ているためはっきりと筋肉 が見えるわけではないが、服越ふくごしにもカルロスさんが日頃ひごろから自分をきたえ上げていることがつたわってく 

 そんなカルロスさんでも、先ほど言った弱い魔獣まじゅうにすら勝てないのだ。いったい、魔獣とはどんなにおそろしいものなのだろう。そして、その魔獣に立ちかえる人たちはどんな人たちなのだろう。やはり、熟練じゅくれんした魔法まほう使つかい手なのだろうか。

  きながらそんなことを考えていると、カルロスさんが話しかけてくる。

「ただ歩くというだけじゃつかれるし、何よりつまらんだろう。一つ、話をしてやろう 

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うーん ……」

 ルーツはひたいあせぬぐい、気のない声を出した。

「何だ、もうつかれたのか? りにかんする、とっておきの話だぞ。この村で唯一ゆいいつ魔獣まじゅうに立ちかって勝利しょうりした男の話だ」

べつに聞きたくないわけじゃないんだけど、その話、多分前にも聞いたと思う」

 元気はつらつといった調子ちょうしのカルロスさんに、ルーツは遠慮えんりょがちに言う。

「ズネーラスさんの話――ちがう?」

 ルーツの返答へんとうにカルロスさんはかえり、おめめをパチクリさせてルーツを見 

「その りだ、どうしてわかったんだい?」

「だってカルロスさん。口をひらけば、その話しかしないんだもの」

 ルーツのすぐ後ろを歩いていたエマが、会話 に横やりを入れてくる。

「ズネーラスさんでしょ。元親友の。弱冠じゃっかんさいにして魔獣と対峙たいじ生還せいかん。十三歳の時には単体たんたい討伐とうばつ成功せいこうし、十四で王都おうとに。家族かぞく総出そうでで引っして行ってしまった。うでっぷしも強く、だれかれかなわなかった」

 むずかしい伝承でんしょうでも暗唱あんしょうするかのように、カレンも口ずさんだ。

 普段ふだん口調くちょうとそぐわない、いささかいかめしい物言ものいいは、昔話をするときのカルロスさんの口調を意識いしきしているのだろう。おぼえてしまうほど聞きなれているという意思いしひょうだ。

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「おお、が村のほこり、ズネーラス、でしょ?」

 エマとカレンは を見合わせると、からかうようにクスクス笑った。

王都おうと憲兵けんぺいをしてるってとこまで聞いたよ」

 カルロスさんが落ちんでいるのではないかと思いルーツはたすぶねを出すが、

「ちがーう。その後アイツは出世しゅっせし、今や辺境伯へんきょうはくの元で近衛兵このえへいつとめるにいたっているの 

 何故なぜだか分からないがぎゃくおこられた。ルーツはこれ以上いじょうかどを立てないためにだまる。

「そろそろけものも出始めるころだ。さ、これからはしずかに。森に入ったら周囲しゅういの音を聞きのがすんじゃないぞ」

 いつもより少し大きな声でカルロスさんが言うと、会話はおながれになり、それからはだれもしゃべらなかった。


 西の森は、普段ふだんからエルト村の大人たちが獣をるのに使っている森だ。今朝けさのワート鳥も、昨日きのう晩飯ばんめしも、すべてはここからやってくる。長年にわたり、村人たちが幾重いくえにもわたって足元の草をたおした結果けっか、森の中には細い道が出来ていた。ルーツたちはその道を、ゆっくりとすすんでいく。

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 森の中には、途中とちゅうまよった村人のために、村人総出そうでで作った資材しざいがあり、火を起こすための道具や、獣を撃退げきたいするための武器ぶきそろっている。かつて一人でりをして、予想外よそうがい事態じたいおちいった村人は、そこにかって懸命けんめいに走った。一人でげるには村は遠すぎる。まあ、獰猛どうもうけものれに追いかけられた場合、そんなちっぽけな道具では退路たいろを切り開くことすら出来ないのだが。

 いまはもう、一人で狩りをすることは村長命令めいれいによってかたきんじられているため、資材しざい使つかわれることはない。

 相対あいたいした獣に人数で負けた場合、または危機ききを感じた時、狩猟隊しゅりょうたい即座そくざに、たがいに協力きょうりょくしながら村へとげ帰る。そして、そのさいに出る被害ひがいがはるかに少なくなったのは、最近さいきん発明はつめいされたとある道具のおかげだった。

 ともあれ、ルーツたちはそこに向かっていた。べつに獣に追われているわけではない。今日はその場所を起点きてんとして狩りを開始するのだ。

 森の中は、日差ひざしが真上まうえから差しんでいるせいか。多少のかりはあったが、頭上に広がる二、三十メートルはありそうな巨大きょだいな木々の葉っぱが光をほとんど吸収きゅうしゅうしており、数本先の木はすで薄暗うすぐらく、見えづらい。

 ――森のあさい所でも、危険きけんな獣が出る確率かくりつは十二分にある。資材置き場につくまでも警戒けいかいを怠るなよ。いつでも矢をはなてる準備じゅんびをしておけ。

 カルロスさんは出発しゅっぱつする前にそんなことを言ったが、これでは遠くから獣が近づいてきていても、目で捕捉ほそくすることは出来ない。となると、たのみのつなは『耳』ということになるわけ ……。

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 ルーツは前を行くカルロスさんの背中せなかを見つめつつ、必死ひっしで自分たちの足音以外いがいの音を聞こうとしながら歩いていた。本当なら、けものおそわれてもすぐにげ出せるよう、周りにも気をくばっておきたいのだが、キョロキョロと目をあちこちにおくっていると、音を聞くのをわすれそうになる。ルーツは二つ以上のことを同時にこなすのが苦手にがてだっ 

 森に入ってもあつさはやわらぐことが無い。光をガードしている葉っぱも、ねつふせぐことは出来ないようで、真上まうえからじりじりとしたあつさと、ルーツたちが入ってきた森の入り口の方からも、もう光は見えないのに、乾燥かんそうした風だけがやってくる。

 ルーツたちが資材しざいにつくまで、森の中は、時おりだれかが水を飲む音と、ルーツたちが歩く音。そしてたまにく風に、青々とした木々の葉がざわめく音しかしなかっ 

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