第9話 弓は過去の遺物

「なんだい、村長そんちょうのやろう。ぼくをどうしても行かせたくなかったから、わざとあんなこと言ったん 

「落ち着いてよ、ルーツ。べつにリカルドがてもそんなにこまることないだろう?」

「ふん、どうだか。顔を見た瞬間しゅんかんに、悪口の一つや二つ言ってくるにちがいないよ。ほーら、話していたらさっそく主役しゅやくのお出ましだ」

 家を出たルーツとハバスは、ち合わせ場所の、村から見て南西なんせいの方にあるおかに向かってい 

 普段着ふだんぎに、小物こものが数個入るくらいの布製ぬのせいのカバン。それに、き出したえだしげみで手足を切らないように、少し長めの手袋てぶくろ靴下くつした。二人が身に着けているものと言えばそれだけ 

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 そんな二人を、おかの上でカルロスさんと他の二人がっているはずなのだが、あんじょうカルロスさん以外いがいにも、ルーツが想定そうていしていたより三人も多くの人影ひとかげが、ルーツとハバスをかまえていた。中央にいるのがカルロスさん、そして右隣みぎどなりにいるのがエマとカレン。昨日きのうりに行く約束やくそくをしたルーツの友だちだ。そしてすぐ左の老木ろうぼくにもたれかかっているの ――、

 たと逆光ぎゃっこうの中にいたとしても分かる。リカルドだ。

 ルーツは頭の中で、あの老木がポキッとれて、リカルドの頭を強襲きょうしゅうしてくれないかとばかり考えていた。後ろの二人は多分、いつもリカルドにしたがっているおともの二人組だろう。ルーツはリカルドのお供の名前 を知らなかった。

 なんでも、ハバスいわく、二人は双子ふたごらしいが……双子ってもっとているのだと思っていた。片方かたほうは顔のパーツがどれもペチャっとしているのに、もう片方はととのった顔立ちをしている。ひょっとすると顔の性能せいのうは全て片方がい取ってしまったのかもしれない。そのめぐまれた体形を見るに、体の性能は両方りょうほう均等きんとうあたえられたらしい 

「おっ、ハバスとルーツじゃないか。こっちこっち。これで全員ぜんいんそろったな。まったく、ここにてからもう随分ずいぶんったぞ。エマなんておれる前から待ってたんだか 

 カルロスさんは少しとがめるように言ったが、そもそも待ち合わせの時間を明確めいかくせっていしていないのだからしょうがない。朝食を食べたら集合しゅうごう昨日きのうハバスは、そう言ったはずだ。だから、ちょっとばかしおくれたところで、べつめられる筋合すじあいはない。

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 ルーツは一瞬いっしゅんそう思ったが、起きる時間が明らかにおそかったのはどう頑張がんばっても弁明べんめいできないと思いなおし、反省はんせいした。

 ちなみにルーツが、待たせてごめんとエマにあやまっている間に、ハバスはとなりおくれたことをすでわらいに昇華しょうかさせていた。ほんとに、世渡よわたりがうまいやつである。

「さて、おはようの挨拶あいさつんだかな、それじゃあ色々することがあるから……ルーツにエマ! ちょっと近くまでてくれ!」

 カルロスさんがんでいる。

 話すこともくなり、ぼうっとっ立っていた二人に白羽しらはの矢を立てたのだろう。ルーツが近づくと、カルロスさんは背負せおっていたバッグをろしていて、その中に何度も手をっ込んではいていた。

あれ 、こいつはここにいれて、その下にあれを入れたはずなんだけど、あっれぇ、見当たらん。……こうなったらいっそのこと、ひっくりかえして全部ぜんぶ出すか」

 どうやら、さがし物が見つからないようである。リカルドのお父さんは収納しゅうのうが大の苦手。そう言えば以前、ルーツもどこかでそんなうわさを耳にしたことがあったが、実際じっさいに見てみると想像そうぞう以上いじょうだった。いったい何をどうやったら、あのサイズのバックの中身 がこんなにぐちゃぐちゃになってしまうのだろう 

 結局けっきょく、カルロスさんは、ひっくり返しはしなかったものの、中身のほとんどをおかの上にほうげ、やっとのことでお目当ての物を見つけ出した。

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「ほ~ら、こいつだ。エマ! け取れ」

 け声とともに、そのお目当ての何かをほうげる。後ろをいているにもかかわらず、ねらたがわずエマの方にんでいくのは偶然ぐうぜんなのか、それとも意識いしきしてのことなのか。りに行くのだからてっきりけんか弓でも出したのかと思ったが、エマの方に放り投げられた物体は、手におさまるくらいの茶色の直方体だった。

 声をかけられて、エマは咄嗟とっさ両手りょうてを前にばす。動かなければ物体は綺麗きれいに手のひらに収まったのに、結果けっかとしてエマは直方体を手の上でお手玉てだました挙句あげく、取り落とし 

 地面に落ちたことで、ルーツにもその直方体の何かがく見えた。エマは直方体をすぐさまひろい上げると、顔を近づけてじっくりとながめる。

「なあに、これ。木、はこ?」

 至近距離しきんきょりから見てみると、どうやらその直方体にはたくさんの小さな亀裂きれつが入っているようだった。まるで年輪ねんりんのように、円状えんじょうの亀裂が中心から広がっている。

「えっ、私こわしちゃった?」

 エマが心細こころぼそそうに言う。が、心なしか、その亀裂は少しずつ大きくなっているようだっ 

「いや、そんなことないさ。そいつは収納しゅうのう可能かのう武器ぶきなんだ」

 そう うと、カルロスさんは、もう一つの直方体を放り投げるとともに立ち上がった。今度こんどは、ルーツの方にんでくる。

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「一度も持ったことがないと意外いがいだろうがな、弓ってのは見かけ以上いじょうに重いんだ。お前、弓ってピュッてひけば簡単かんたんんでくもんだと思ってるだろ」

 弓を引く真似まねをしながら言うカルロスさんに、ルーツは素直すなおに首をたてった。

「よしよし、正直しょうじきやつは、おじさんきだぞ。たとえばこいつはっと」

 亀裂きれつが入り始めていた直方体はすでに形をくし、細長い湾曲型わんきょくがたぼうになってい 。カルロスさんは、ルーツがけたそれを指さし、さわってみろと声をかけた。

「重い……けどやわらかい」

 たしかに予想よそうより重かったこともおどろきだったが、思った以上によくしなったことの方がルーツを驚かせた。直角をえてさらにがる。曲げているルーツ本人が、れやしないかと不安になってしまったくらい 

「弓ってのはどれだけしなるかがいのちだからな。だが、さっきも言ったようにこんなものを何本も入れて持ち歩くわけにはいかない。いつもはべつに、リカルドに持たせればむんだが、今日はリカルドもふくめ七人もいる。おっと、おれを含めれば八人か。これじゃ、子ども二、三人かかえているようなもんだ。他に入れなきゃいけないものもたくさんあるし、どうしたってリュックには入りっこない。そこで、やくに立つのがこいつ 

 そう言うとカルロスさんは、紫色むらさきいろの小さな結晶けっしょうをポケットから取り出す。

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「こいつは、万が一のこともあるし、 のところに入れてたからな」

 全部ぜんぶ個別こべつで持っていればいいのに、という顔をした両名りょうめいにカルロスさんは苦笑にがわらいしながらうんちくを語っ 

「これは、南方なんぽう湿地帯しっちたい生息せいそくする魔獣まじゅうかられた魔素まそだ。まあ、見ての通り。元は、どろの中で獲物えものをひたすらって、獲物がたらパクンと一飲ひとのみにするやつらしい。その習性しゅうせいに、えらい学者さんたちが目をつけて、作ったのがそれだ」

 カルロスさんが指さす先には、ルーツの手の内にある がある。

魔導具まどうぐって言うんだが。武器ぶき一部分いちぶぶんむと、勝手かってに小さく小さくりたたんでくれる。大きくしたい時は、何度もればいい。魔素になってまで意識いしきがあるのかはわからんが、どうやら目を回して、かつて だった部分を広げるそうだ。だからおれほうげると、亀裂きれつが入ったんだろうな。

 ああ、この結晶けっしょう? これも魔導具も別に高価なもんじゃないさ。ひと昔前だったらそうもいかなかったかもしれんが、今じゃそこらのまちで大量に生産されているからな。オーバットさんのところの店先に られているの、見たことないか? ……って、ああ、すまん、すまん。そういえば子どもには らないことになってるんだっけか。

 だからと言って、自分でろうなんて馬鹿ばかな気は起こすなよ。この道具の元になった魔獣は弱いことで有名なんだが、くさっても魔獣だからな。毎年、数百名単位たんい死者ししゃは出ている。おれなんかじゃ、百年かかってもれないさ。まあ、今日の獲物は、そんな奴にくらべたら比較的ひかくてき楽だから。注意ちゅういはしてほしいが、かたくなりすぎるのもよくない。そんなに気負きおってかたに力入れずに、自然体でいけよ」

 言うだけ言うと、カルロスさんはポンッとルーツの背中せなかたたき、ハバスたちの方に直方体を持ってっていった。

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 さっきまであまり意識いしきしていなかったのに、『自然体で』と言われるとぎゃくに変なところに力が入ってしまう。軽い気持ちで昨日きのうりに行こうとして、今もただ、このあと起こることを楽しみにして話を聞いていたが、自分は今からけものるのだ。ごろ、ハバスとあそんでいる時のような動かないまとではない。今回こんかいは動く的が相手あいてなのだ。

 そう思い、ルーツは少し身震みぶるいした。

 もう一度、弓を手に取って、感触かんしょくたしかめてみる。植物だけでこのしなり具合ぐあい実現じつげんしているのかと思っていたが、どうやらそうではないらしく、獣のかわなども使われているようだっ 

 全長ぜんちょうは、ルーツの手先てさきからかたのあたりまで。ルーツには巨大きょだいな弓に思えるが、きっとこの弓は小型こがたなのだろう。しなり具合もたしかに大事だが、矢は弓が長ければ長いほど遠くぶ。そのくらいは初心者しょしんしゃのルーツでもくわかる。

 カルロスさんによると、今回は森での狩りだから、射程しゃていはそこまで必要ひつようないらしい。大体、ルーツたちには大振おおぶりの弓をあつかすぐれた技術ぎじゅつも、暗い森を遠くまで見通せる目もない。小さな弓がやくに立つのは、物陰ものかげが多く機動性きどうせい重視じゅうしされる森の中だけのこと。障害物しょうがいぶつがない野原のっただ中ならそうはいかない。

 たとえば、だれかと弓で対決たいけつしたとして、相手あいてが自分よりも射程が長い弓を持っていたらひとたまりも無い。こんなに小さな があるのは、いや、小さい弓がそこいらの店先みせさきで何の精査せいさもなく売られているのは、弓が所詮しょせん、獣を狩るためだけの道具であり、魔獣まじゅうなどの強敵きょうてき組織そしきされた人間にんげんたたかうにはかないからだ。

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 この世界せかいあふれる魔法まほう、ルーツが使つかえない魔法は、弓の射程しゃていはるかに凌駕りょうがする。そしてより正確せいかくだ。

 弓は過去かこ遺物いぶつ。魔法があまり広まっていなかったころは弓とけんだけでたたかいをしていた時もあったらしいが、それは村長そんちょうも知らないくらい昔のこと。

 ――魔法かあ。使えたら、こんな重たいものもらないんだもんなあ。

 ルーツは一人、魔法が使える自分を想像そうぞうしながら、ねむそうな目をしたエマと一緒いっしょに、ハバスたちの話が終わるのをただっていた。

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